第三十三(※ホラー描写有り※)

※今話は、ややホラー風味の描写がございます(でもあんまり怖くない)。苦手な方は次話へどうぞ※




――――――――――



「――暗闇が恐ろしゅうございますか?」


 男か女かも判然としない笑い声が響いて、段々、黎駽と巫師がこちらへ近づいてくる。

 旣魄も、少なくともあの巫師に用はある。まだ向こうはこちらに気付いていないらしい。


 岩陰に身を隠し、黎駽と巫師の様子を窺う。


 あの巫師を、一刻も早く――殺さねばなるまい。それ以外の方法など、旣魄の頭に元より無い。頼んで解呪する位なら、最初から呪詛など施すまい。


 一体、彼らは何が目的なのだろう。単に旣魄達を追ってきたばかりではないと思われた。


 窺おうとして、二人が持っている松明の火に、目が灼かれて何も見えなくなる。どころか、燃える世に肌がひりつき、何か、心の臓を掴まれるような圧迫感があった。まるで、白日の光の下にいるときのような。


「……あの火……妙な」


 先程、鄧敬義が持っていたそれでは、こうはならなかった。すると、普通の火ではないかもしれない。


 はっとして、妃を窺う。


「……確かに、呼吸が苦しくなった気がします」


 先程よりも、妃の呼吸が荒い。どうやら、妃も同じような状態だと察する。否、呪詛を受け、弱っている分、旣魄よりも影響が大きかったらしかった。


「失礼します」


 少しでも火の光に当たらないよう、大きく震える肩を抱き寄せて斗篷で覆い、岩陰に殆ど軀を押しつけるようにして身を隠す。


「……着いたようですね」


 巫師の声が響いた。


「それで? ここがなのか」

「お焦りにならぬよう。私の云う通りにすれば、貴方の目的は果たされましょう」

「……それにしても、小虎に呪詛を掛ける必要が?」

「またですか? 我ら積年の悲願の為です」

「だが、呪詛を使うのが気に食わんと言っている」

「昨日も申しました。――手段を選んでいては、大事はなりませぬ、と」


 何かを置くような乾いた音が響いた。巫師の低い声が響く。何か始めたようだった。

 術を完成させてはいけない。だが、旣魄は光に灼かれた視力がまだ戻っていなかった。その上、無理に軀を動かせば、針で全身を刺されるような痛みが広がる。

 

 一体、何をしようとしているのか。


 巫師がくぐもった声で何事かを唱える度に、何か、妙なが、辺りに充満してきたように感じた。肌が僅かに粟立つ。


「――起き上がれ!」


 巫師の声が響いた。直後である。


 ごぼっ、と。


 何か重たげな液体が泡を弾いたような音が、その耳に届く。

 音に驚いて、妃が身動ぐ。

 旣魄からほど近い地面でまた、音がした。


 そちらに目を見遣った旣魄の視線の先。地面から、何かが突き出していた。だが、ぼんやりとして、何か、までは見えない。


 旣魄、と小さく妃が己を呼ぶ声にかがむと、耳元で小さく彼女が「……手です」と告げた。改めて見返す。


「――!」


 妃の云う通り、土にまみれた青白い手が、にゅっと突き出していた。


 何かを求める様に、緩慢にその指先が動く。


 不気味な白い花のようにぎこちない動きでゆらゆら揺れていたと思うと、思い出したようにガッと、地面を掴む。直後、傍の土が盛り上がり、もう一方と思しき手が、土を掻き分けて現れた。それに続くように、彼方此方の地面から、同じように白いはなが次々咲いた。それは、子供と思しき小さなものから、肉の削げ落ちた老人のものまで、様々だった。


 

 巫師が、自身の手元の火の勢いを弱め、黎駽のそれも同じようにする。矢張り、何らかの術のようだった。それで漸く視力が回復し、肌を刺すような痛みが、少し和らいだ。


「なんだこれは……何をするつもりだ」


 そうこうする間に、地面から生えた手から腕が伸び、頭、肩、胴と次々露わになっていく。その動きは傀儡あやつりにんぎょうの様にぎこちない。いずれも透き通る様に白い肌が、闇にぼうと浮き上がるようだ。

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