現状と追憶

盛嵜 柊

思い出すのは

私には三分以内にやらなければならないことがあった。


…あったはずだ。

はて、それは何だっただろうか?


私はそれを思い出そうと、懸命に思考を巡らせるが全く思い出せる気がしない。

そして一巡した考えは別の方向へ…その前に自分は何をしていたのだったろうかと私は思考を飛ばした。




私はファンタジーの世界に転移した、元女子高生だった。

始めてこちらの世界に来た時は、知らない街並みの中に、知らない間にいきなり立っていたのだった。

その一瞬前に私は、学校から帰る為に下駄箱の扉を開けていたはずだ。

それが下駄箱から靴を取り出そうと下駄箱を開けたところで、いきなり転移…なのか異世界が視界に広がっていた。


それに目を白黒させている暇もなく、「ああ、これがラノベで言う“異世界転移なのか“」と思い至り、即座に現状を確認するように周辺を見回して、自分の姿とスマホの確認、所持金の確認をしたことを未だに覚えている。


しかしそれは、無駄な事だったのだと後から考えればわかる。

ここが異世界であったなら、所持金もスマホも使えない事は解っていたはずだ。しかし何故かその時は、そうしないといけないのだと思い込んでいた。

「ああ…しんどい」

私はその後、そう思った。

知らない世界を魅せてくれる小説ならば、面白い・続きが見たいと思った事だろうが、それが自分の身に降りかかるのであれば、話は変わってくる。


私は唖然とするしかなかった。


知り合いがいる訳でなく、所持金も使えない。ついでに言えば住むところも、ここにいる目的もない。

「は~」

私は一つ大きな息を吐いて擦り切れそうな気持を振るい立たせ、顔を上げた。


そのタイミングで、視線は道の先にいる一人の人物と絡んだ。

その人が目を見開いた様な仕草をした後、私の方へと急ぎ足で進んできた。


「君…住む所はあるのかい?」


言葉はわかるし優し気な声で話しかけてきた人は、私より少し年上に見えたうえに私の好みの男性だった。


(うわ~異世界の美形…半端ないっ)


金髪に青い目で外人の様な容姿をした男性が、私の前に立って話しかけてきた。

そしてその人は「住む所はあるのか?」と再度、私に語り掛けてきた。

しかし混乱が続く私は、言葉を返すことができなかった。


そこまでを思い出して「ああ…」と思った。


私は転移者。

そこでその青年に拾われた私は、そのあと彼の家で住むことを許され、4年に渡って彼の家に世話になった。

後になって聞けば、私を一目見て、自分には必要な人であるとすぐにわかったと言っていた。


彼は初めに抱いたイメージ通り私に優しく、いつしか彼に好意を寄せるまでとその想いは育っていた。

しかし、それは言葉にする勇気もなく、ただ流れゆく時間を共に過ごす事を幸いとした。

そして…。



“ああ、私は勇者の補佐と言われた聖女で、勇者を護る為に勇者一行について行ったのだった“と思い出す。

それで私はどうなったのだろうか…。


未だ自分の状況を認識できずにいると、私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

「%&#()"…%&#()"」

何を言われているかは分からないが、たぶん私を呼んでいるのだと感じる。


それで、どうしたっけ…今はどうなっていたのだったか…。


何も思い出せない意識の中で、勇者と呼ばれた青い目のガッツが、金髪の髪を揺らしながら、私を揺すぶっていたのだと思い至った。



私を見つけ、一緒に旅を続けた勇者“ガッツ“と共に、私は異世界の聖女として魔王と戦う一行に付き従った。

そして、その魔王の攻撃を受けそうになった彼に代わって、私は身を入れ替えてそれを受けたのだったか。


後3分以内に私は自分に治癒魔法を掛けなければ、失血してこの世界からも消える事になるのだろう。

しかし、大量に血を流している今となっては、自分の体も思うように動かせず、治癒魔法を発動させることも出来ないのだろうと、暗闇が迫る視界の中で冷静にそう分析した。



「あ…りがと…」



ここまで面倒を見てもらったガッツに、私は感謝の言葉を伝える事を最優先にした。

その為、もう話す事もできない程に自分の身体なのに自由もない。


異世界転生も話を読む分にはとてもワクワクしたが、ここで終わるのであればそれを日本の皆に伝えておいた方が良いだろうなと、ぼんやりと最後の思考を飛ばす。


程なくすれば予想通り、視界が暗転して音も何もなくなった。

“終わったのか…私の人生…“

そう思考が辿り着いた時、聞こえないはずの私の耳に耳障りな音が飛び込んできた。





ぴぴぴぴ…ぴぴぴぴ…ぴぴぴぴ…



無造作に手を伸ばせば四角く硬い異物に当たり、薄目を開けてそれを見れば、オレンジ色の四角いところを、何も考えずタップする。

そうすればそれは止まるという事を知っているし、また少しして鳴る事も知っている。



私はそんな事を考えながら、これは小説になるのではとうつつと夢のはざまで、次の音が鳴るまでと、まどろみの中を漂っていたのだった。







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現状と追憶 盛嵜 柊 @big-tiger

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