第71話 隠し撮りの寝顔
昼休みを挟んで体育祭も後半戦。
といっても午前でやった競技の決勝戦的なのをやったり、組対抗リレーなど目玉競技をやるだけだ。俺には全く関係ない──と言いたいが騎馬戦で生き残ってしまったので少なくとも1回は出番が控えている。
昼休みを挟んだのか、それとも目玉競技が控えているからなのか午前よりも会場全体の熱気が強まっている、ような気がした。
昼ご飯を食べた影響かクラスメイト
「寺川君、眠そうだね」
「まぁな。食後だし、変なドリンクのせいで疲れたしな」
「そんなこと言わないの」
白守さんはそう言って軽く肩を叩いてくる。なんとなくいつもより威力が低いような気がした。
心なしか白守さんの綺麗な瞳も少しだけ閉じ気味なような気も──
「もしかしなくても白守さんも眠い?」
「えへへ、バレちゃった?」
小さな
開き直ったのか白守さんは少しだけ肩を寄せてきた。
「いつもはこの時間に眠くならないのになぁ」
「やっぱ栄養ドリンクのせいだな。俺達には早かったのかもしれん」
「でもみんなが私達のためにくれたんだし。それに寺川君もみんなの親切心を無下にしたくなかったから飲んだんでしょ?」
「……まぁな」
クラスメイトはみんなうろうろしたり会話に夢中なのを確認してから答えた。
いつからかは分からないが入学当初よりクラスメイトと話す機会が増えたような気がする。
俺からってことはあまりないが男女別の特別授業系は特に実感していた。
白守さんと話している時ほどではないが心地良く感じているのは間違いない。
LANEも白守さん以外のクラスメイトの連絡先も増えていっている。
「ふっ」
「いきなり笑いだしてどうしたの?」
「いや、なんでも」
「本当?」
思わず出た笑いに白守さんが眠そうながらも楽しそうに訪ねてくる。
答えるのも面倒なほど眠く時間が遅く感じた。この際、いいか。
「最近、な。みんなと話すことが多くなったなぁ~って」
「そうだね。私は嬉しい、な」
「なんだよそれ。白守さんは俺、の親か?」
「そう、でもないよ。だって同時に少し寂しいもん」
白守さんの言った意味を頭が理解できなくなってきている。
視界がゆっくりと明滅して暗転する時間が少しずつ増えてきた。
「それより、も騎馬戦は?」
「ま、だ先」
「そうか」
それなら良かった。と言えたのか言えなかったのか分からず、肩に重いものが乗っかるような感覚とともに眠りへと落ちてしまった。
***
「白守さん、寺川も起きて!」
夢の世界から引き戻したのは少しの揺れとクラスメイトの声だった。
次に感じたのは肩の少ししたコリと熱。
「う~ん」
「白守さん、もう少しで組対抗の女子リレーだから」
「あ、ごめん。寝ちゃってた」
起床ラッパを聞いた自衛官のように起き上がる白守さん。その様子に驚いてしまい目が覚めた。
大きな伸びとともに空に向かって大きなあくびを放つ。
「2人ともおはよ。いい眠りっぷりだったよ」
「もう恥ずかしいから~。すぐ起こしてよ」
「え~白守さん、可愛い寝顔だったからな~」
「うぅ……」
恥ずかしさで白守さんは俯いてしまう。なんだって、俺も見たかったんだが……。
いやいや、そうじゃなくて。
『組対抗リレー女子の部参加の生徒は入場門で待機してください』
自分を戒めていると業務的な放送が入る。
放送の途中で白守さんは立ち上がって軽くストレッチをしていた。
「じゃあ、行ってくるね」
「おう、いってらっしゃい」
昼の暑さのせいか、先程クラスメイトに寝顔を見られた恥ずかしさなのかその色はほんのりと白守さんの顔を染めていた。
白守さんの名誉のために気付かないフリをしよう。さて、白守さんも出ることだし応援しなくちゃな。寝たおかげか少し体も軽くなったし。
そんな事を考えて席でゆらゆらと揺れていると目の前の席に座っていたクラスメイトが良からぬ笑顔で振り返ってきた。
「兄ちゃん。いいもん送っといたよ」
「はい?」
何事かと開くと目の前のクラスメイトとのチャットに何かしらが送付されていた。
「見てみなって」
「はぁ……」
相も変わらず意味が分からなく返事らしい返事が出なかった。
言われた通り、彼とのチャットを開くと──
「こ、これは……」
「ふっ」
俺のリアクションにクラスメイトは意味深な笑みを浮かべる。
彼から送られたのは白守さんの寝顔の写真だ。あどけなく無防備なその表情に胸が高鳴った。
いや、これはいかん。こんなのが出まわったら大変だ。保存して厳重に保管せねば……。
「と、盗撮だぞ」
「明らかに保存したような素振りをしたやつが言うことか? 次に送るのはこれはおまけだよ」
「ほほほほ、保存なんかしてないし!」
図星をさされて動揺しながらも否定はするものの自分でも分かるくらい説得力のないものとなった。
歯の白い俳優みたいな笑顔を浮かべクラスメイトが何かしらの操作をするとまた画像が送られてくる。
今度送られてきた画像は俺と白守さんがお互いに寄りかかりながら寝ている写真だった。
「──」
「安心しろ、さっき送ったのも消すから何も言わず保存しな」
思わず『心の友よ!』と叫びたくなったが冷静に考えれば普通に盗撮だよな。
チベットスナギツネみないな目をサムズアップしているクラスメイトに向けながら画像を保存する。
全く、こういうやつがいるから怖い思いをする人がだな……。
『組対抗リレー女子の部を始めます──』
放送が入って生徒が入場し始める。こっそりと先程保存した画像を眺めながら白守さんの姿を探した。
どこか緊張した様子ではあったが俺と目が合うと笑顔で小さく手を振ってくる。それに周りのクラスメイトは歓声を上げた。
***
女子の部の方は2位というなかなかの成績で幕を閉じた。
白守さんは前の生徒を抜いて1位に躍り出たが他の生徒の小さなミスが重なり、順位を落としてしまった感じだ。
申し訳なさそうな雰囲気で帰ってきた白守さんに皆は暖かな言葉をかける。小さく笑い、それらに応えると俺の隣に腰を下ろす。
「白守さんお疲れ様」
「ありがとう」
「そう落ち込むなって。団体競技なんだから白守さん1人のせいじゃない」
「うん」
白守さんは俺の言っている意味を分かっているとは思うがどこか納得できていないようだ。
ボーッとグラウンドを眺める白守さんの肩に優しく手を置く。白守さんは拒絶することもなく小さな笑顔をこちらへと向けた。
「勝つことより楽しむこと優先だろ?
「──うん」
俺の言葉が白守さんにどれだけ響いたかは分からない。でも再びグラウンドに向けた横顔には先程までの落ち込みは見られなかった。
『騎馬戦決勝に参加する生徒は入場門へと集まってください』
白守さんの様子に胸を撫で下ろしているとアナウンスが流れる。
一瞬、他人事のように聞き流してしまったが自分の出番だと思い出し立ち上がった。
「頼んだぞ! 名馬副委員長!」
「よっ、名馬!」
「……」
褒められているのかけなされているのかよく分からない野次を受けながら待機席から入場門へと足を向ける。
すると白守さんが俺の体操服の裾を摘まんできた。
「寺川君。お馬さん頑張ってね」
「白守さん、お前もか……」
「冗談だよ。怪我だけはしないでね?」
「ああ」
陽だまりのような笑顔に背中を押されながら再び入場門へと歩みを進めた。
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