第72話 五つ巴の決戦

 騎馬戦の決勝戦。各組から1組ずつ騎馬を出す一騎打ち──ならぬ五騎乱戦。

 順当に1対1で戦うと余った1騎がフリーになり漁夫の利を狙われやすくなる。つまり少しでも判断を間違えるとこちらの騎馬が打ち取られてしまうということだ。

 制限時間以内に残った、もしくは1騎だけが勝ち残った場合、その騎馬を残して次の騎馬が入り、同じことを繰り返す。といった感じだ。

 厳密には残った1騎は次に参加するかドロップアウトするか選べる。まぁ俺達の騎馬はどちらにしろリタイアするつもりだ。これもしっかりと相談済みである。


『選手入場』


 勇ましい音楽とこれといった特徴のない口上に背中を押されるように入場する俺を含めた生徒。

 予選と同じ立ち位置に着く。各組の生き残り&優秀な騎馬が集められてざっと各組10騎ずつがグラウンドに集まった。

 アナウンスに従い、最初の一騎──俺達は騎馬を組む。予選での動きが買われ、1年生最後の騎馬に推薦されていたが俺の活躍が一時的なものであることと昼休みを挟んだとはいえ、体力が完全に回復していないことを説明するとあっさりと引き下がってくれた。

 まぁ、『あの人』の騎馬が大将だから聞いてくれるとは思ったから言ったんだが。


『いざ尋常に──勝負!』


 どこか気の抜けるような合図で騎馬が一斉に動き出す。敵4組のうち2組がこちらへと向かってきた。

 まぁ、予選であんだけ目立てば最初に狙われるわな。

 意味深な目配せをして敵の2騎は左右に展開する。これは……まずいねぇ。


「下がるか?」

「いんや、前を突っ切って逃げた方がいいかも」


 騎乗者に提案すると何か案があるのか自信ありげな声が返ってきた。

 確かにこのまま全力で突っ切ればギリギリ挟撃から抜け出せるかもしれない。


「寺川、みんな行けるか?」

「行くしかなさそうだな」


 覚悟を決めて返事をして思いっきり前を走る。相手は下がると予想していたのか一瞬、反応が遅れた。

 なるべくぶつからないように気を付け、2騎の間を走り抜ける。そして取っ組み合いを始めている2騎に迫る。


「まずは右!」

「あいよ」


 指示に従い、右の騎馬に向かう。不意を突いたおかげかあっさりとハチマキを取ることに成功した。

 喜びの雄たけびを上げる間もなく、俺達を追う騎馬がこちらへとやってくる。


「しつこい男は嫌われるぜ! とりあえず左いこう」


 急いで方向転換して左側の騎馬に向かう。

 すでに1騎がハチマキを取られているのでもう2騎に夜挟撃の心配はない。自然と俺達がハチマキを取った騎馬と争っていた騎馬は右の騎馬を戦うことになる。

 脱落した騎馬が安全な所へ言ったのを確認して追いかけてきた騎馬1騎と正面からぶつかった。

 やはりここまで生き残った騎馬だけに手強てごわい。早いうちに倒しておかないと向こうの勝負に勝った騎馬がこちらへと向かってきてしまう。

 騎乗での戦いが激化し、激しく揺れ始める。今までならまずいと思うところなのだが不思議と大丈夫な気がした。


「すまん寺川踏ん張って──」


 激戦の中、激しく揺れ騎乗者が俺に注意を促すが俺は軽く一歩踏み出し、難なく堪えた。

 どうやらあの不思議な体験は経験という形で恩恵をもたらしてくれたようだ。

 嬉しそうな吐息が上から聞こえたと思うと力強く騎乗者が踏ん張る。


「よっしゃーーーー!!」


 騎乗者の雄たけびを上げ、拍手が聞こえる。そんなことをしている場合じゃない。

 あっちも少し遅れて決着をつけ、こちらへと向かってきていた。


「もうひと頑張り行けるか?」

「ギリ」


 質問に正直に答えると上と後ろから笑い声が聞こえた。

 笑うほどのことか? と疑問符を浮かべながら他の騎馬へを向かう。


「白守さーーーーん!! 寺川のカッコイイとこ見てやって!!」

「おま、なに。バカ!」

「ほらほら、よそ見すんなよ」


 講義をするように上を睨みつけようとするとひょうひょうとした声を上げて俺に注意を促すクラスメイト。覚えてろよ。仕返しを内心で誓い、騎馬戦に集中する。

 相手は開幕俺達を追いかけてきたもう片方で会った。騎馬を組んでいる生徒はがっちりとして背が高め。恐らくこちらが本命だったんだろう。

 俺達は半分、寄せ集めのようなものなので勝てるか不安だ。

 相手の騎馬と開戦ごたいめんになると俺達の騎馬がわずかに押され、後ろに下がってしまった。体格差があるのだから仕方ない。

 なんとか踏ん張りつつ騎乗者の健闘を祈る他ない。これ以上押されないようにするため踏ん張ることに集中する。


「白守ってお前のクラスのカワイ子ちゃんのことか?」

「はい?」


 声に反応して前を見ると下品な笑みを浮かべた生徒が話しかけきていた。言葉に込められた意味に汚らわしさを感じ、思わず返事がけんか腰になってしまう。


「そんなカリカリするなよ。勝ったらちょっとつまみ食いさせてくれよって話をしたいだけなんだ」

「つまみ食い?」


 相手の言っている意味が良く分からず言葉尻が上がった。それに対して相手はこちらを嘲笑してくる。

 言葉の意味は良く分からなかったが腹が立った。

 全身が熱くなり、目の前の生徒だけが視界に固定される。


「しょうがないな。じゃあ、君を縄でぐるぐる巻きにして特等席で見せてあげるよ。カワイ子ちゃんの身体は気になるもんね」


 相手の笑い声はグラウンド中の歓声でかき消されているが俺にははっきり聞こえた。

 さすがの俺でも白守さんの身に迫る危機を理解する。途端にさらに頭に血が上っていくような感覚を覚えた。


「この──」

「「「クズ野郎があああああああ!!!!」」」


 俺が言おうとしたことを他の3人が叫ぶ、その勢いに押され我に返った。

 しかし怒りはそのまま、身体は熱く思考は不思議と冷静になっている。そして後ろと上からは力強さを感じた。


「寺川! 押し返すぞ!」

「ははは、そんな無理無理! ──え?」


 相手は俺達を馬鹿にしようと大きく笑い声を上げるがそれは一瞬で驚きの声に変わる。

 ちょっとずつ前に出る俺達の騎馬。ほんの少しずつ、劣勢がくつがえり始めていた。


「「「うちのクラスのてぇてぇを邪魔する奴は馬に蹴られてフライ・トゥー・ザ・ムーン!!!!」」」

「つまり──死ぬのか?」


 なんかよく分からないこと言うクラスメイト達にツッコミを入れつつも前に進む。

 面白いように前に進み、そのおかげで上での戦いも有利になっているようだ。

 あと一押し!


「俺の好──じゃなくて大切な人に手を出すな! このこんにゃく顔がああああ!!」

「誰がこんにゃく顔だ!」


 最後だけでも言いたいことを言い、出せる全力を使って押して、前進して、突き進む。

 相手の騎馬も抵抗を試みるが想定外の事態だったのか息が合わず、後ろに押し込まれるだけ。

 夢中で押していると大きな歓声とスターターピストルの連射音が聞こえた。


『2組の勝利!!』


 台本のように読み上げられた内容であったが俺達を、クラスメイト達を喜ばせるには充分なものだった。

 各学年の2組が今までにない歓声を上げる。歓声を受けながらも俺達は騎馬を崩した。


「寺川お疲れ」

「ああ、みんなありがとう。最後は特に助かったよ」


 他の騎馬が待機している所へ向かっていると騎乗してたクラスメイトがサムズアップをしながら声をかけてくる。

 勝利の高揚感か気持ち大きめの声を上げて返事をした。


「いや、うちの委員長を狙うなんて我々の──もが」

「おい! いや、か弱き乙女を狙うなんて男の風上にも置けねぇからな」


 何か言いかけた俺の後ろを担当してたクラスメイトの口を塞ぎもう片方のクラスメイトが何かを誤魔化すように俺の前に出る。

 我々? と疑問符を浮かべながらも推測しようと頭を働かすが疲れでうまく回らなかった。

 同じ理由で怒ってくれたクラスメイトがいたってことだけでも大きな成果だろう。


 騎馬の待機場所に戻ると審判係の生徒が次の一騎打ちに参加するかの確認を取りに来たので『しない』と返事をする。

 昼下がりの太陽光で温められた砂の上に腰を降ろした。


 ──待てよ。俺、言い直しはしたけどはっきりと『大切な人』って言わなかったか?

 思い出さない方が良かった記憶に顔を焼かれ、思わず膝に自分の顔を埋めて隠してしまった。

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