第70話 騒がしいハーフタイム

 全学年のクラス対抗の競技も全て終わり、お昼休み。

 さすがに外が暑いので来賓も含めた全員が一旦、校舎内へと入り昼ご飯を食べていた。


「寺川君、どう?」

「ああ、なんとかな。でも、この後の競技は期待しない方がいいかも」


 いつもより多めに買った菓子パンの1つをかじりつつ、白守さんの質問に答える。

 騎馬戦での体力の消耗が痛手だった。長縄は白守さんのおかげで勝てたようなものだ。


「白守さん見せつけるわね~。でもなんか不思議とイラっとしないのなんだろうね」

「分かる~!」

「違うの、あれは寺川君が辛そうだったから!」

「はいはい」


 元気の有り余っているクラスメイトが白守さんに絡む。頬を少し赤らめながら否定した。

 不思議とショックではない。あの状況だし、白守さんは100%善意で助けてくれたのだろう。

 しかし、あの状況でよく俺の異変を察知できたものだと今更ながら思う。


「寺川ドンマイ。でも騎馬戦はカッコ良かったんだし、自信持てよ!」

「あれは偶然だ」

「そうだな。白守さんが応援してくれたからな」

「お前ら……」


 気付くと男子の1人が俺の肩を叩き、褒めてくれる。照れ隠しにぶっきらぼうに応えて見せるが、見透かしたかのようにからかってきた。

 そんな絡む元気があるなら少しくらい元気を分けてくれ。

 内心でツッコんでいると俺と白守さんを中心にクラスメイトのほとんどが固まっているような状況になっていることに気付いた。


「そうだ、白守さん疲れたでしょ? いいの持ってるんだ! これこれ!」

「これなーに?」


 1人の女子が出したのは小さなビンの飲み物だ。俺達にはそぐわない栄養ドリンク。確か2階の自動販売機のラインナップにあったような……。

 お世話になることはないと思い、手を出していない代物。それに対して白守さんはクッソ可愛く首を傾げた。

 カメラがあったら取りたかったな……。


「さっき見たらこれ、売り切れてたんだよね~」

「そういえば先輩達、文化祭の時も飲んだって言ってた!」

「先輩達のお墨付きだからクイッといっちゃって」

「お酒じゃないんだから……」


 半ば押し付けられる形で渡された白守さんはビンを見つめて戸惑う表情を見せる。好奇心と今の状態と相談しているのだろうか。

 みんなが見守る中、白守さんは意を決した表情をして、栄養ドリンクの蓋を開ける。

 そして一気に傾けてあおった。


「う……お、美味しくないね。でも元気出たよありがとう」

「さっすが委員長!」


 眉間にしわを寄せるというなかなか見られない白守さんの表情を心のフィルムに焼き付る。

 白守さんの飲みっぷりに女子達は変な盛り上がりを見せた。はっきりと『美味しくない』って言ってたのにな……。思春期の女子って分からない。怖い。


「寺川、他人事ひとごとみたいに見てるけど──」

「まさか──」

「そうだ、そのまさかだ。副委員長のために俺達も用意したぞ」


 勢いよく俺の机に乗せられた栄養ドリンク。よく見ると白守さんの飲んだものよりも少しだけ量が多いタイプだ。

 自分でもよく分かるほど表情が歪む。逆にそのリアクションが男子陣に火をつけてしまったようだ。


「そんな寺川にはオロ〇ミンCも付けるぞ!」

「旨いものと合わされば最強に見える!」

「あのなぁ……」


 呆れたため息を出す俺に構わずクラスメイトはどこからか持ってきたプラスチック製のコップに栄養ドリンクとオロ〇ミンCを入れ始める。

 これまたどこから出したのか不明なストローで液体きけんぶつゆっくりと混ぜた。

 そして出来た魔のドリンクが俺の机に置かれる。結露して垂れる雫すら危険物と思ってしまうほどの危険な香りした。


「これ、飲まなきゃダメか?」

「この状況で飲まないんてあるのか?」

「白守さんは飲んだじゃないか」

「それは何も混ぜてない状態のな?!」


 抗議の声を上げるが今度は男子陣が変な盛り上がりを見せる。

 一気飲みコールが波紋のように広がり、ついには白守さんまでもコールをし始めた。

 ええい、うちのクラスのノリは化け物か。この状況で飲まないというのも……。

 まずい、この空気にあてられている! でも──


「ええい! マーマレードよ!」

「それいうなら『ままよ』だよ」


 白守さんの呑気なツッコミに一瞬、ほっこりしてしまった。すぐに気持ちを改めて魔合成された液体の入ったコップを一気にあおる。

 コップの中身を飲み進めるが特にこれといった特徴を感じない。ケミカルな匂いの液体を飲んでるだけのような気しかしない。


「う~ぇ」

「よくやった副委員長!」

「やる時はやる男!」


 明らかに心のこもっていないふざけた言葉に思わず笑ってしまう。

 すると下品な音が口から漏れる。内心、ヤバいと思いながら白守さんの方をこっそり見るとみんなと一緒になって笑っていた。


「まぁ、いっか」


 白守さんの笑顔を見て思わず口から漏れ出た。

 暖かな感情が湧いたのも束の間、胃が変な液体を飲み込んだことに対する抗議の声を上げ始める。

 鼻に抜けるにおいもそれを助長し、体内が混沌と化した。


 クラスメイトをかき分け、トイレに駆け込んだが意地で口からゲーミングウォーターを出すことは阻止した。

 しかし、ドリンクの効果も空しく逆に疲れる結果に。


 ***


 俺が疲れ切った顔で教室に戻った頃には変なノリは落ち着き、皆は談笑していた。

 全く。と音にならない程度に息を吐きながら自分の席に戻る。


「寺川君、大丈夫だった?」

「まぁな。ギリギリ吐かなかったよ」


 1割ほどしか心配さが伝わらない雰囲気で白守さんがニコニコしながら話しかけてくる。

 それを先程の飲み物のせいで味が分からなくなった菓子パンをかじりながら答えた。


「無理しなくてもよかったのに」


 今度こそ心配したような様子が見られた。

 そんな白守さんに小さく笑って見せる。


「あんな流れとはいえ、みんななりに俺達を気遣ってくれたんだろ。まずくてもこの味は流したくなかったんだよ」

「まずいって言っちゃてるじゃん」

「白守さんも美味しくないって言ってたぞ」

「本当?」

「うん、マジ」


 そして示し合わせたわけでもなく白守さんと同タイミングで笑った。

 笑いが収まると周りから何かしらの意図を感じる視線が向けられてることに気付く。


「なんだよ」

「いや、な~んにも?」

「あたい達にはお構いなく~」


 あるクラスメイトは意味深な笑顔を浮かべてそう返してきたり、ならない口笛を吹くという古典的なリアクションを取ってきたりしてきた。

 こいつらをそろそろとっちめてやりたいところだが校則によって守られている。


「変な目でクラスメイトを見ないの。可愛い顔が台無しだよ」

「俺は可愛くねぇよ!」


 時たま出てくる白守さんの『可愛い』がよく分からない。

 今まで『可愛い』だなんて言われたことがないのでどうリアクションしたらいいのか……。まぁ、幼稚園生の頃は言われてたかもしれないけどさ。そういうことじゃないんだよ。

 訳が分からなさ過ぎて内心で1人漫才をしてしまった。


「私は可愛いと思うんだけどなぁ。照れてるところとか、みんなの為に真剣に考えてるところとかさ」

「照れてるはともかくせめて真剣な時はカッコイイって言われたいけどな……」


 小さく肩を落とすといきなり白守さんが俺のおでこを軽くつついてきた。

 小悪魔みたいに笑う白守さんに抗議の声を上げようとすると校内放送が流れる。

 内容は体育祭の中間結果。1組は289点、2組は278点、3組は275点、4組は242点、5組は284点とうちはちょうど3位となっていた。

 結果はともかく予想以上に楽しめているので俺はもう満足だ。


「午後は逆転出来るように頑張らないとね」

「いや、俺はいいよ」

「え~、寺川君の活躍また見てみたいな~」

「だからあれは偶然だから。それにもうやりたくない。疲れるし」

「え~」


 やる気満々な白守さんとリラックスする俺。なんだかんだいつもとあまり変わらないやり取りに安心する。

 なんかクラスメイトが先程と同じような視線で見てくるが無視だ無視。

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