第68話 深少年帯域
大きな謎を残した借り物競争を終え、競技はつつがなく進む。
忙しく生徒が出入りしたり入り乱れたりする様子を眺めながら借り物競争で消耗した体力を回復させにかかる。
飲み物を飲んでみたり寝てみたりとするがさすがに全回復は難しそうだ。
『騎馬戦1年生の部に参加する生徒は入場ゲートに集合してください。繰り返します──』
どうやらお呼び出しのようだ。1年の騎馬戦は否応なしに男子は全員参加だ。
各学年で全騎馬総出で争い、好成績の騎馬が後に控えている最終決戦で一騎打ち形式で争うことになる。
人数の関係で騎馬の差があるので騎馬の数が少ない組の騎馬1組には復活の権利が与えられる。うちは少ない方なのでうちのクラスに復活の権利はあるが俺の組む騎馬には与えられていない。
「寺川君、いってらっしゃい」
「あ~、ああ、いってくるよ」
そう言って送り出してくれる白守さんに微妙な挨拶を返してしまう。というのも俺の騎馬の弱点──主に俺のせいだが今日までに克服することはできなかった。
俺なりにどうにかしようと努力はした方ではあるが、どうしてもこの年の男子が上で争うとなるとそれを支えるのに苦戦してしまう。
憂鬱な心を引きずりつつ入場ゲートへ向かう。他のクラスメイト達は張り切っている様子で待機している。
「浮かない顔だな寺川、って言ってもあれじゃ不安だよな」
「まぁな。俺が
「気にすんな、骨は拾ってやるから」
「ははは」
元気づけようと声をかけてくれたクラスメイトに乾いた笑いしか出せなかった。
他力本願なのはこういう協力する場では良くないと思っている。しかし実力が伴っていない以上、これは理想論だ。
強い騎馬を生き残らせるために盾になったりするべきかと考え始める。
「寺川、白守さんにカッコイイとこ見せようぜ」
「寺川がよろけないように支えるからさ」
「本番前に悩んだってしかたない。練習通り行こうぜ」
「変なこと言うなよ。ったく」
俺と騎馬を組むクラスメイトが肩を叩き、一言ずつ声をかけてくれる。
今は白守さんは関係ないだろ。そんな意味も込めてわざと悪態をついて見せた。
しかしクラスメイト達は笑って流す。
『騎馬戦1年生の部、選手入場』
心の準備も整わないまま残酷なアナウンスに従い、グラウンドに入場する。
各クラスは等間隔に配置された白線で作られた四角の中に入り、騎馬を組んだ。うちのクラスはちょうど20人なのでちょうど5組の騎馬が組める。機動力のある騎馬は前に位置取り、俺達の騎馬は後方に控える。
俺達の中で緊張が走る。色々なところから応援する声が聞こえる中、練習中のことを思いだしていた。
ちょうど運動会で騎馬戦をやっていた小学生が言っていたことだ。
『おれも下の前やったんだけどね、先生がこう言ってた『がんばったらごほうびがもらえる』って考えろって。それと──』
家族のことを考えろ。
俺は良くも悪くも家族のことは普通だと思っている。ただかつての親友との事から『所詮、他人』とどこか諦めたような目で見るようになっていた。
それは今でも変わらない。
考えてる途中でスターターピストルの音が鳴り響く。
ハッとなって反射的に前に出るが俺が考え事をしていたせいで一瞬出遅れた。
「寺川大丈夫か? とりあえず1つは取ろうぜ!」
「ああ」
俺の様子に気付いたクラスメイトがそう声をかける。
他の騎馬はそれぞれ後ろを取ろうとしたりとそれぞれの作戦を展開していた。その中でうちのクラスの
「まずい、うちのエースを取ろうとしてる!」
「ああ、邪魔しに行こう」
俺の気付いたことを復唱するように上に乗っているクラスメイトが声をかける。
大きく頷き、返事をして敵の騎馬へと真っ直ぐ向かった。
「不意打ちとはいい趣味だな!」
「そっちも邪魔しに来るとはいい趣味してるな!」
上に乗っている人間同時による挨拶代わりの煽り合いが始まる。まぁ俺が出遅れたから気付けただけなんだけどな。
内心でツッコんでいるうちに戦闘が開始された。相手の騎乗者は比較的身長が低めだ。これなら勝てるかもしれない。
そんなことを考えて前に進むと取っ組み合いが始まる。
「こいつ、力が強い!」
「鍛えてるからな」
こちらの騎乗者が力みながらそう言う。その言葉を裏付けるように俺達の手に力がかかった。
俺のことを配慮してあまり動かないようにしているのだろう。このままだとジリ貧だ。
「俺のことは気にしなくていいから」
「でも──」
「呑気におしゃべりしてる場合じゃないんじゃないかい?」
「寺川、すまんもう少しだけもってくれ」
騎乗者のその言葉を最後に騎馬が揺れ始める。
フェイントをかけたり、お互いの手をいなしたりしているのを身体で感じた。
大丈夫だ。身長差もある。だから──
「おらよっと」
「くっ……寺川、揺れるぞ」
騎乗者の言葉の通り、騎乗での動きが激しくなる。上を見ているほどの余裕はないので前を見ているが相手の方は余裕そうだ。
乱戦なのでこれ以上時間をかけるわけにもいかない。早い決着を祈っていると不意に今までより大きな揺れが俺達を襲う。
足に目いっぱい力を入れ歯を食いしばり、少しだけ腰を落とす。視線が地面に行った辺りで俺の汗がグラウンドの砂をわずかに湿らせた。
その踏ん張りも空しく、グラウンドの砂に足を取られそうになる。
まずい、体勢が崩れる──
「頑張ってーー! 寺川君!」
諦めたその瞬間、白守さんの声が聞こえたような気がした。そしてなぜか開始前に考えていたことが頭をよぎる。
家族──それは人によって大切な存在であるだろう。中には例外もいることを考慮しても大半の人間に言えることだ。
今の俺にとって大切な人、一番大切な人は──
白守さんの笑顔が脳裏に浮かんだ。
『寺川君』
そして白守さんが俺のことを呼ぶ声が頭に響く。周りの喧騒が嘘のように静まり返った。
視界がクリアになり、時間も心なしかゆっくりと流れていくような感覚がする。
滑りそうになった足を前に出し顔を上げた。すると正面の相手がひるむ。そのせいか相手の騎馬が一瞬、体勢を崩しかけた。
するとこちらの騎乗者が相手のハチマキを取ったのか悔しそうな顔をして騎馬を崩し、グラウンドの端へとはける。
その速度が遅いように感じながらも次の相手へと向かう。頭に浮かんだルートで進み、漁夫の利でハチマキを奪ったり、他のクラスメイト達と挟み撃ちにしたりした。
不思議な感覚を止めたのは連射されたスターターピストルの音だ。
グラウンドにはうちのクラスは3組、他のクラスは1組、多くて2組程度であった。
『なんと青組、怒涛の攻撃で3組も残した! ハチマキもかなり取っていたのではないでしょうか?』
興奮気味の実況に場はかなり盛り上がる。こんなに盛り上がっていたのに俺は無音に感じてたのか?
よく分からない感覚に心地よさを感じてしまっている自分が少し怖い。
「寺川! すごかったじゃねぇか!」
「練習だったら転んでたのに良く踏ん張った!」
「立ち回りも最高だったね」
騎馬を組んだクラスメイトが怒涛の賞賛を浴びせてくる。
他のクラスメイトも興奮した様子で駆け寄ってきた。
「いや、たまたまだ──ぞ?」
急に体中に力が入らなくなり、その場にへたり込んでしまった。汗が全身から吹き出て腹に力が入らない。
身体が鉛のように重く感じる。
「ほら、英雄──じゃなくて名馬さんよ。そんなんじゃ締まらないぞ」
クラスメイトの1人が俺を助け起こし、肩を貸してくれた。
そのままグラウンドから退出する。
「ほら、お姫様が迎えに来てくれたぞ」
クラスメイトの言葉に反応して前を向くと泣きそうな顔の白守さんが立っていた。
次は白守さんが参加する競技じゃなかったはずなのに……。
「寺川君、カッコよかったよ」
「」ありがとう」
クラスメイトから投げる渡すように俺は白守さんに引き渡された。白守さんは嫌な顔1つせずに俺を支え、そう言ってくれる。
頭もうまく回らなくなってしまっているせいか良い返しができなかった。
白守さんに引きずられながらも俺達は待機席へと帰る。
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