第67話 借りモノの秘密
練習場所も見つかったついでに白守さんへのモヤモヤも解決してからは体育祭の練習はいい感じに進んだ。
付近の子供たちと遊ぶことがいい息抜きになってるおかげかみんな肩に力が入り過ぎることもなかった。
そんなこんなで時間が過ぎるのも早く、体育祭本番も明日に控えた夜。クラスのLANEは大盛り上がり。
会話に参加はしてなかったが見る限り皆の気合は十分だ。さすがに通知音がうるさいので通知を切って寝ることにした。
***
体育祭当日。暑さが残る空の下、校長先生の話は相変わらず長かったが珍しくリタイヤする生徒はいなかったらしい。
生徒全員が気合入っているのを肌で感じながら待機席のパイプ椅子に座って競技の様子を眺めていた。
チーム分けはクラスの縦割りで1組は赤組、俺達2組は青組、3組は黄組、4組が緑組、5組が白組となっている。それぞれの組に対応した色のハチマキが配られていて競技中は必ず着用するように言われている。まぁ中には腕に巻くといった方法で付けて注意されていた上級生がいたが……。
何度か俺の出番はあったものの徒競走は3位、障害物走は4位とチームに貢献できているかどうか微妙な成績である。
『借り物競争に参加する生徒の皆さんは入場ゲートにて集まってください』
競技や応援の声を駆け抜けるかのような音量で業務感あふれるアナウンスが流れる。その後すぐにド定番な体育祭(運動会)BGMに戻った。
確か借り物競争は各クラスからの代表選出の競技だ。うちのクラスからは──
「じゃあ、寺川君行ってくるね」
「ああ、気をつけてな」
席を立つ白守さんに手を軽く振って送り出す。白守さんなら変なお題じゃない限り勝てるだろう。
白守さんは徒競走で1位、障害物走も1位とかなりの活躍を見せている。白守さんが集合場所へ向かう途中、クラスメイトから声をかけられているところを見るとみんなの期待も高そうだ。
しっかし最近、練習のために身体を動かしているとはいえ、少し疲れたな。
重くなりそうな瞼を意志だけで閉じないようにする。そのせいで今やっている競技の結果が頭に入らない。
『次は借り物競争です。選手入場してください』
台本をそのまま読み上げたようなアナウンスを合図にBGMが切り替わり、入場門から各クラスからの代表が入場する。
その中に白守さんを見つけて視線をロックした。なぜかさっきの眠気が嘘だと思うほど覚めている。
1年生だからか白守さんは第4走者と比較的早い順番だ。
スターターピストルの音を合図に競技が始まる。借り物競争はトラックの半周を走って中間地点にあるお題の紙を拾い、紙に書かれた借り物を持って(または連れて)ゴールするといった形だ。
見た感じだと先生や、実況のマイク。友人らしき生徒と無茶なお題は無さそうに見える。白守さんなら大丈夫だろうという確信を胸にすると待ちに待った白守さんの出番だ。
他のクラスと並び、スタートする耐性を取る白守さん。一時的な緊張がグラウンド中に走った瞬間、スタートの合図が響く。
スタートは順調そのもので白守さんが先頭に躍り出た。
しかし他のクラスの生徒も食い下がっており、微々たる差だ。食い入るように状況を見守る中、白守さんがわずかな差を守りきり中間地点に到着する。
紙を広げた瞬間、白守さんの動きが止まったような気がした。わずかな時間ではあったがその間にすぐ後ろを走っていた生徒が紙の内容を確認して走り出す。
それに動揺したのか急いで周りを見回し、俺達1年2組のいる方へと向いた。そのまま急いだ様子でこちらへと走ってくる。
「白守さん! なんて書いてあった?」
白守さんはクラスメイトの問いを無視するような形で俺に目を向けていた。
安心したような笑顔を向けて白く細い腕を伸ばす。
「寺川君、何も言わずに付いて来て!」
「?? あ、ああ」
白守さんの言葉の意味は良く分からず、応援するクラスメイト達の合間を縫ってグラウンドへと入る。すると白守さんが俺の手をしっかりと掴み、走り出した。
半分以上白守さんに引っ張られる形でコースを走る。
数メートル前には借り物らしきメガネを持った生徒が走っていた。物と人じゃ重さが明らかに違う。ましてや白守さんよりも足の遅い俺なのだから明らかに白守さんが不利だ。
俺なりの全力で走ってはいるがその差はなかなか埋まらない。どうにかしようと考えるも何もいい手が出てこない。
悔しさに歯を食いしばる。
「寺川君、諦めないで」
白守さんは走りながらこちらを向いて勇気づけるようにそう言う。いつもの優しく、柔らかな感じとは違った意味で安心できるようなそんな勇ましい表情。それに胸を打たれてしまった。
可愛い上にこんなにカッコイイなんて……なんかずるいよ白守さん。
そんなことを考えていると俺の腕を掴む白守さんの腕に力が入る。
「ほえ?」
俺が間抜けな声を出してしまった瞬間、景色が加速する。気付くと俺は子供に引っ張られる大きなぬいぐるみのようになっていた。
走る足のリズムがめちゃくちゃになりながら何とか付いて行こうとはするが足がかなりの頻度で空を切る。
待機席の歓声が明らかに大きくなっているのを感じつつ状況を確認すると前を走る生徒まであと少しのところになっていた。
実況もかなり無理あがっているが風を切る音で上手く聞き取れない。
ゴールを目前にして何とか白守さんとリズムを合わせて地面を蹴る。手を伸ばせば届く距離、そこまで前の走者を追いつめた──
『──大接戦ドゴーン!』
訳の分からない実況が聞こえた頃には白守さんと仲良くグランドに寝転がっていた。
これで勝っていれば100点満点だったのだが現実は厳しい。追い込み惜しくも俺達は2位だった。
「はぁはぁはぁ……白守さ、んごめ、ん」
「だ、大丈夫、だ、よ。はぁーはぁー。あり、がとね」
結果は負けたがなんとも清々しい気分だ。今まで出た競技とは比にならないほど。胸の中の充足感が半端ない。
ゆっくりと息を整えて係りの誘導に従う。ゴールの判定員の生徒が借り物がでたらめじゃないか確認するために1位の生徒、そして白守さんの持っている紙を確認する。
1位の生徒はもちろんお題をクリア。白守さんは──
判定員の様子を見守ると先程とは違い気の緩んだような表情で頷く。どうやらお題はクリアみたいだ。紙を持っていた封筒にしまい、去っていく判定員を見守る。
「改めてありがとね」
「力になれなくてごめん」
「ううん。いいの。今までの運動会や体育内で一番楽しかったかも」
「そうか。俺も楽しかった」
お互いの感想に思わず笑みをこぼす。気分で右手を出すと白守さんが力強く握ってくれた。
白守さんの綺麗な瞳を見つる。その瞳には俺しか映っていないように見える。
「じゃ、戻ろっか」
「ああ」
どこか照れくさそうにはにかむ白守さんに返事をし、グラウンドから出ていく。
俺達の待機席に戻る途中そういえば、という疑問が頭に浮かんだ。
「そういえばさ聞いてもいいか?」
「ん? なぁに?」
少し前を歩く白守さんに声をかけると振り向きもせずに返事をする。
いつもなら振り向きそうなものなのだが、比較的人の多い場所だから仕方ないか。
「結局、白守さんのお題はなんだったんだ?」
白守さんの取った紙は俺が見る間もなく判定員の生徒が回収してしまった。
多分、クラスメイトだかクラス委員とかだったのだろうだが白守さんが俺を連れ出し時の言葉がなんとなく引っかかる。
質問が聞こえたのか白守さんはぴたりと足を止めた。釣られるように足を止めるといきなり白守さんが振り返る。
「『何も言わずに付いて来て』って言ったでしょ?」
白守さんはそう言って少し唇を尖らせ俺を軽く睨みつける。頬を赤く染めたその表情は照れ隠しのように見えた。
多分、この白守さん表情を今後一生忘れることはないだろう。
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