第65話 罪悪感と意地のせめぎ合い
夏の暑さはいつまで居座るのか? と天に向かって聞きたくなってくる頃、突っ伏しながら男女が入り混じる集団に混ざって何か話している白守さんを見ていた。
いつもの雑談にしては真剣味を帯びている。なんとなく深刻な雰囲気ではないので大丈夫だろう。
しばらくすると白守さんが席に戻ったが聞きづらかったので机に突っ伏したまま前とも下とも言えない方向を1点に見つめていた。
前から続く気まずさをどうにかしようと白守さんとの話題を──さっきの会話の内容を聞こうと頭をまわす。
「な、なぁ、白守さん」
「ん? どうしたの?」
自分でもわかるくらいぎこちなく声をかけると白守さんはいつものようにこちらを見ながら答えてくれた。のだがどこかやり辛そうな雰囲気を感じる。
その様子に引っかかりを覚えた。そのせいで先程まで何を言おうとしたのか一瞬忘れてしまう。
「そうそう、さっき何の話してたんだ?」
「あ、それがね──」
「よ~し、そろそろ時間だぞぉって少し早かったか」
どこかご機嫌な様子で入ってくる担任に一度会話を切られてしまう。時計を見る感じまだ少しだけ時間がある。大丈夫だ。内容によるけど。
今から戻るのも面倒なのか担任は手帳を暇そうに眺め始めた。それを尻目に白守さんの方向を見る。
「んで続きは?」
少し急かすような言い方をしてしまい、『まずい』と思ったが白守さんは少しも気にしていない様子でホッとした。でも内心ではどう思っているのか少し心配だ
頭の中を整理するかのように考えるようなそぶりを見せると白守さんは口を開く。
「練習場所の件でね、いい感じの公園が少し距離のあるところに──」
白守さんが詳細を語ろうとすると無情にも登校時間のタイムアップを知らせるチャイムが鳴り響く。
それと同時にモヤッとした
「あとで話すね」
短くそう言って号令をかける白守さん。しかたないか、と諦めて返事をせず号令に従う。
そうして始まった朝のSHRの最後。
「何かお知らせある奴はいないよな。これで──」
「はい」
ビシッと真っ直ぐに手を挙げた白守さんに担任は驚きの目を向ける。がすぐに白守さんを指名する。
指名されると白守さんは
「体育祭の練習なんだけど、みんなが良い所を見つけてくれたみたいなのでそこでやりたいなって。でも長縄の持ち出しの手続きが必要だから少し時間が欲しいな」
そう言って手を合わせてクラスメイト達にお願いする白守さん。
一部同意するような反応するクラスメイトを見てどこか疎外感を覚えてしまった。
「熱心なのはいいけど周りに迷惑はかけないようにな」
心底面倒くさそうに一言言って他に言うことがある生徒がいないかと俺達を見回す。
「じゃあ、終わり」
一呼吸おいて担任はそう言って教室から出て行った。
そのタイミングで鼻から思いっきり息を吸って口から思いっきり空気を吐き出す。口からなんとなく黒く重い靄のようなもの出てくるような感覚がした。
「でね寺川君。そういうわけで──」
「手続きは好きにすれば? どうぞご勝手に」
「そんな言い方しないでよ。一緒にやろ?」
意図せずに出てしまった言葉に白守さんは悲しそうな声で答える。
自分の態度に後悔の念と共に後に引けない何かを感じた。
「いいよ。面倒くさい」
「でも今後、手続しないといけない時が来るかもよ」
『それなら……』と思う俺と『だから何?』と思う俺がせめぎ合い後者が勝ってしまう。
胸の内の暗い感情が徐々に勢力を増すような感覚がした。
「ならもう少し早い段階で共有するべきだろ? その必要はなさそうだし。いいんじゃないか?」
「それはごめんね。だから一緒に──」
会話を切るように机から乱暴に教科書を出し読んだふりをする。一瞬、ひるむような様子を見せた白守さんに罪悪感を覚えた。さっき話に入れてもらえなかった怒りでどうにか誤魔化して態度を変えずに貫く。
横目で白守さんの様子を確認すると困った顔で何か言いたさそうに口を動かそうとするが何も言えずにいた。これ幸いと教科書を枕にして寝る態勢に入る。
***
朝以降、会話もまともにできずに昼休みへと入る。
気まずさから逃げるようにいつもの場所へ向かう。いつもならすぐ付いてくる白守さんだが教室を出る際に様子を盗み見した時には荷物に手をかけたまま動かずにいた。
ちょうどいいや、と思いながら振り返らずに廊下を進む。
いつもより広く感じた踊り場で菓子パンをかじっているとゆっくりとした足音がした。
少し気にはなったがなんとなく予想がついた辺りで食事を進める手を再開する。
予想していた通り、白守さんがやってきた。こちらに目を合わせずにいつもの場所に気持ちくらいの距離を取って座る。それでも近いような気がしたがツッコむほどの気力が湧かなかった。
「その、ごめんね。まずは寺川君に相談すべき、だったよね」
「……」
お弁当を広げるが手に持っている箸が進まない白守さんが俺に声をかける。言葉を選ぶように慎重に言葉を紡ぐ白守さん。
しかし、俺はそれに答えることができなかった。申し訳なさに栓をするように菓子パンを口に入れ飲み込む。
「まだちゃんと決めてないから、ね? 今、ちゃんと話そう」
「屁理屈言うなよ。朝にああ言った時点でほぼ決まりのようなもんだろ」
またもや後悔をした。謝ったんだから許せばよかったのに。拗ねた子供のような感情がそれを邪魔してくる。
思ってもないことを言ってしまう俺に自己嫌悪に陥った。冷静にならなければと空気を大きく吐き出す。それはこの状況において悪手だと気付くが吐いた息は飲み込むことができない。
「ごめん……」
暑さにやられた花のように白守さんが俯いてしまう。胸の中の罪悪感が重みを増す。
俺はそんなつもりで息を吐いたわけじゃない。と弁明したいが重くのしかかる感情が口を堅く閉ざしてしまう。
そのまま菓子パンのビニールの音と箸でお弁当箱を突く音だけが踊り場に響くだけ。
いつもなら早く感じる時間も牛の歩く速度ほどに感じてしまう。
早く終わってくれ、と祈り続けるとようやく5時限目の予鈴が鳴る。これ幸いと逃げるように片付け教室へと向かう。白守さんも数歩後ろから付いてきた。
一瞬、悪態をつきそうになるもここはなんとか抑え込んだ。
***
放課後、白守さんの様子をバレないように確認しつつも帰りの準備をしているとクラスメイト達が白守さんに声をかける。
「白守さん、朝の件どうなった? 早速行こうよ」
「えっと、ごめん。まだ書類が書けてなくて……」
そりゃそうだ。申請書類はまだ教卓に置きっぱなしだ。
帰りのSHRで先生が白守さんに書類を渡そうとしたのだがいつも中継役をしていた俺が受け取りに行かなかったのだ。なので先生は教卓の上に置いて教室から出て行ってしまった。
「じゃあ、下見ってことで」
「でも──」
白守さんは俺の方を気まずそうにチラチラ見てくる。それに反応するかどうか迷う。
クラスメイト達が不思議そうに白守さんを見守る中、覚悟を決めたような表情をした白守さんが俺の肩を叩いた。
「て、寺川君も行こ?」
肩に置かれた手は少し震えている。白守さんはそれほどの勇気を出してくれてるのか──と思う中、『嫌々声をかけているのでは?』と思う俺が出てきた。
白守さんはそんな人じゃないと抵抗するも俺の心に覆いかぶさるように後者の気持ちが感情を塗りつぶしてくる。
「俺はいいよ──」
思わずそんな声が出てしまうと白守さんに話しかけた女子が俺に迫り、腕を強引に引っ張り上げる。
予想外の行動に目を丸くしてしまった。
「よく分かんないけど変な意地を張ってないで寺川も行くの! 男子、確保お願い」
そう女子が言うと少し離れたところで会話に参加してた男子が俺の荷物を取り上げ、俺の腕を両サイドから掴む。ちょうど警察に捕まる犯人のようになってしまった。
「な、いいって俺は行かなくても」
「諦めろ」
「うちの委員長が勇気出したんだから
俺だけに聞こえる声で取り押さえてくる男子はそう言ってくる。抵抗して見せるも男子2人には勝てるわけもなく言われた通り諦めた。
そのまま俺達は例の公園へと向かうのであった。
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