第64話 小さなきっかけ
体育祭への練習も順調そのものであったが長縄はみんなの集中力か他の課題かは分からないが回数の伸び悩んでいた。 それでもみんな真剣に取り組んでくれている。ありがたい話だ。
昼休み、いつものようにいつもの場所で白守さんと昼ご飯を食べている。
「ハロウィンのお菓子はどうしようかな?」
「あ~、和菓子は少し厳しいか?」
「そうだね。」
まだ暑さは続いてるし、そもそも和菓子はそんな長く持たないのだろう。
「じゃあ、クーラーボックス的な物に入れるのは? 保冷剤とか入れてさ」
「う~ん……それだと重くなって運ぶのが大変なんだよね」
白守さんの力なら、とは思ったがさすがにたくさんの子供(と他の人との交換用)に多めに持ちたいのだろう。
駄菓子で和菓子以外の美味しさを知ってしまったのだから仕方ないのかな?
「それ以外だともう諦めて別のを買う他ないよな。あるなら煎餅とか?」
「買うとなると予算とか考えておかないとね」
「だな」
様子を見る感じ釈然としてないようだ。まだ時間はあるし焦る時でもないだろ。
「寺川君は何持っていくの?」
「もちろん、たけのこに決まってるだろ!」
「え?
俺の回答に白守さんがあり得ないものを見る目で見てきた。
予想外の反応に混乱する。いや、お菓子といったらチョコ菓子、チョコ菓子といったらたけのこだろ。きのこは論外だ。
「もしかして白守さん、きのこ派?」
「え?
少し考えるを素振りを見せるものの俺の期待を裏切る回答。
まさか白守さんがきのこ派だったとは……。
「白守さんはこっち側だと思ってたのに……」
「えっと? なんか──」
「分かった。白守さんがそういうなら仕方ない。決戦はハロウィンだ。どっちが美味しいか俺が証明してやる!」
決意を固めて買った菓子パンにかぶりつく。さすがに体育祭での貢献度は分が悪いので避けねばな。子供のいうことなら白守さんは納得してくれるだろう。
白守さんはどこか不思議そうな顔で俺を見つめるだけだった。そんな可愛い顔をしても容赦はしないぞ。
***
「そういえば、先輩達ってきのことたけのことどっち派ですか?」
数日後の昼休み。
ふと先日のことを思い出したので久々に一緒に昼ご飯を食べに来た押谷先輩と高荒先輩に聞いてみた。
すると白守さんが『また?』みたいな目を向けてくる。
「もちろん、アタシはきのこよ!」
「いきなりそんな質問をしてどうしたんだい?」
考えることもなくすぐに答える高荒先輩に対して押谷先輩は疑問符を浮かべながら質問を返してきた。
さすがに唐突な質問過ぎたか。
「いや、前に白守さんと今度のハロウィンで何配ろうかって話してたけのこって言ったらすんごい目で見られてですね……」
「なるほど、それで今、白守さんとの少し距離を取ったんだね?」
「ぐっ……」
押谷先輩の指摘に顔をゆがめてしまう。いいいいや、決して忘れてたわけじゃなくてだな……。
そ、そう。今は体育祭のことで頭がいっぱいで考えてる暇がなかったからだ。
「その反応からして白守さんはきのこ派ってことなんだね?」
「筍か茸かって聞かれたら茸かなって思って……」
困った笑顔を浮かべつつ白守さんが話に入ってくる。その笑顔に引き込まれそうになるが無理矢理顔を逸らすことで回避した。
「そもそも──」
「美雪こんなきりょーのないやつ気にしない方がいいわ! 好きなものが違うだけでこんなことをするなんてサイテーだわ」
何か言いかけた白守さんを抱きかかえる高荒先輩。白守さんは少しご飯が食べ辛そうにするがそれを受け入れる。
これで今のところ1対2でこの場ではたけのこ不利か……。さて、押谷先輩はどうなんだろう?
押谷先輩の方へ視線を向けると悪戯を思い付いた子供のような笑顔を浮かべていた。
「そうだなーボクはたけのこ派かな?」
そう言って押谷先輩は俺の肩を軽く叩く。高荒先輩はその様子に目を見開いて驚いていた。
「ゆー、アンタは確かりょ──」
「しーー」
何か言いかけた高荒先輩を声と手振りで黙らせる。押谷先輩が邪悪にも見える笑顔を高荒先輩に向けると高荒先輩は口角を上げて頷いた。
そのやり取りの意図が分からず首をかしげてしまう。
***
体育祭の練習は大縄跳びだけではない。徒競走、借り物競争、騎馬戦に障害物走にクラスでの話し合いで参加者を決める競技もある。
中には参加が強制の競技もあるわけで……。
「寺川! ちゃんと前進めって!」
「後ろは俺達が支えるから!」
クラスメイトの激励を受けながらも目の前の騎馬との模擬戦に励んでいた。
流れで俺が騎馬の前を担当することになったのだが小学生以来の騎馬戦でなかなか感覚が掴めない。
高校生くらいともなると重さが違う。上で行われている駆け引きに耐えるのが精一杯だ。
頑張って踏ん張っていたが上の大きな動きに足を取られ、体制を崩しかける。
咄嗟に足を前に出して転ぶことは回避したのだがそのせいで上のクラスメイトの位置が低くなり、鉢巻がとられてしまった。
「よっしゃー!」
対面の騎馬が勝利の雄たけびを上げる。対して、俺達の騎馬の方からはため息が出てしまう。
高い所からおもりを落とされたかのように心に重いものがのしかかった。
「ごめん。俺が耐えられなかったから──」
「気にすんな! 切り替えてこ!」
騎馬を崩してすぐ謝ると騎馬の上にいたクラスメイトが強く肩を叩き、ニカっと笑って見せる。
後ろの2人も楽しそうに笑うだけで俺を責める様子は見せなかった。
「ただ、別のことを考えるのは止めろよな? ちゃんと集中しよう」
「あ、ああ」
心の内を見透かすような、それともただの直感かアドバイスをしてくれた。
俺が始めてしまったこととはいえ、白守さんに酷い態度を取ってしまったことが気がかりなのだ。
でもあの『ありえない』って顔はさすがに傷付いたんだし白守さんも──
いかんいかん。今言われたばかりだろ。練習に集中しないとな。
「もう一回お願いしてもいいか?」
「おう、しっかりな副委員長さん」
からかうような声を背中に受けて騎馬を組む体制を取る。
気合を入れ直したのはいいがやはり、上の戦いには慣れなかった。
やはり何度かさっきと同じように体制を崩しかける。こればかりは少しずつ感覚をつかみつつやっていくしかないか。
***
体育祭が迫っていることもあって帰りに参加する競技の練習をする生徒を見かけることが多くなった。
グラウンドや体育館は部活動で使われているので中庭や体育館付近など空いてる場所が使われている。
「うちのクラスも練習とかした方がいいかな?」
「えー、ああ、どうなんだろうな」
その様子を見て横にいる白守さんが聞いてくる。どこか気まずそうな雰囲気を感じるし実際、俺もなんかやりにくい。
せめてちゃんと答えてあげたいところなのだが空気のせいか上手く返せない。
ちゃんとした答えを思い浮かんだ頃にはもう遅いような気がして言葉を飲み込んでしまう。
「でも部活やってる人が大変だよね」
「そうだな、でもそんなにスペースもないしさ」
「だよね……」
絞り出すように意見を出すと白守さんは残念そうな顔をする。
実際のところ、練習場所は早い者勝ちだ。使っている校舎の位置の性質上、俺達1年生はふりなのだ。
昇降口までの距離が一番近いのは3年生。次に2年生。そして俺達1年生は別の棟にあるせいでどんなに急いでも場所取り合戦に勝てないのだ。
仮に勝ったとしても『先輩だから』という理由で練習場所を取り上げられてしまう可能性もある。
「限られた時間で地道に積み上げてくしかない」
「うん。そうだね」
ボソリとそれっぽい意見を言うと白守さんは静かに答えてくれた。
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