第63話 知りたい想い、知ることへの恐怖
緊急招集の次の日、体育祭を控えているということで高校生活初の男女混合での体育の授業。
体育祭はクラスの縦割り(俺達の場合は1年2組と2年2組と3年2組が同じチーム)で組まれる。3つあるクラス対抗競技である長縄の練習である。1年が長縄担当だそうだ。
確かセオリー通りに行くなら体力がある人間が端っこで体力のない人間が真ん中あたりの位置で跳んだ方がいいんだっけか。意外と位置が大切なのだ。
「縄回す人どうしようか?」
遠目では何度か見たことある体操服姿の白守さんが長縄を手でいじりながらクラスメイト達に聞く。
すると男子バスケ部所属のクラスメイトが2人名乗り出てくれた。
「じゃあ、お願いしようかな」
「あ、そうか。すまんすまん。じゃあ、頼んだ」
「まっかせろ!」
白守さんから縄を受け取り、それを男子バスケ部員に渡す。
威勢のいい返事で返して縄を受け取ると少し離れた距離で縄を広げて回し始めた。
最初はたわんで怖い感じがしたが、すぐに安定する。中にはその縄の中に入って跳び始めるクラスメイトも出た。
「じゃあ、とりあえず跳んでみようか」
白守さんが軽く手を叩きながらそう指示するとみんなが長縄の中へ2列に並び始める。
どうやら白守さんは他の女子に囲まれるように配置されているようだ。
みんなの配慮にホッと一安心していると女子が俺の手を取り引っ張る。
「
「へ?」
抗議の声を出す間もなく俺は白守さんの隣へと置かれた。
からかうようにみんなが高い声を出すが無視だ無視!
「なんか恥ずかしいね。でも一緒に頑張ろうね!」
「あまりそういうこと言わない方がいいぞ。みんな面白がるから」
白守さんは俺の言ったことを肯定するかのように前を見て縄が来るのに備える。
「よし、じゃあ好きなタイミングで」
『せーの!』
体育教師がストップウォッチを持ってそう言うと縄をまわすクラスメイトが掛け声をかける。
『1、2』
足に少しの衝撃を感じた瞬間、カウントはすぐ終わってしまった。まぁ最初だし、そんなもんだろ。
しかしまだ制限時間は終わってない。
クラスで初めての長縄にそれぞれの反応をする中、それを貫くかのように掛け声が通り抜ける。それを合図に練習は続いた。
そんな調子で練習を繰り返し最初の制限時間が終わった。
「はぁ、はぁ……ざっと12回か?」
「そうだね」
小さく肩で息をしながら白守さんに聞くとなんともない表情で答えてくれる。
最初は適当な立ち位置で始めたので記録に関してはあまり気にしない方がいいだろうな。
「今ので跳びづらかった人とかいた?」
白守さんが質問すると何人かが手をあげ、位置の調整が入る。
先生の指示で水分休憩をとったり、位置の調整を挟んだりした。
***
そんなこんな試行錯誤しているうちに授業終了のチャイムが鳴る。
一部は待ってましたと言わんばかりに縄から出た。そして回す係りの2人は協力して綺麗に縄をまとめる。
男女背の順2列で体育教師の前に並んだ。
「じゃあ、号令」
「気を付けぇ──」
「気を付け──」
俺と白守さんの号令が被り、止まってしまう。
普段の形態だと俺がやっているので付い癖で……。
「今回は白守さんで」
「うん、分かった」
少し気まずい空気が流れるが平静を装って白守さんに号令の役割を譲る。
「気を付け。礼」
『ありがとうございました』
凛とした、という表現がふさわしい白守さんの号令で初めてのクラス対抗競技の練習が終わる。
「寺川君お疲れ様!」
「ああ」
クラスメイト達が貴重品袋から自分の貴重品を取り出しているのを見守っていると白守さんが元気よく話しかけてきてくれる。
「最終的には34回だっけか?」
「そうだね。最初はどうなるのかと思ったよ」
「だな。しょっぱなは2回だったもんな」
最初に比べたら圧倒的に良くなってる。文化祭を経てなんとなく団結力が上がったような気がした。
これも白守さんの人柄のおかげだろう。
「そう言ってるけど寺川君も引っかかってたでしょ?」
「な、なんでそれを……」
何食わぬ顔で誤魔化してたのになんでバレた? 顔が引きつりそうなくらい緊張してしまう。
白守さんは獲物を舐めまわすかのような目で見てくる。
「だって私と寺川君の仲でしょ?」
「そ、そそそそ、それって──」
どういう意味で言ってるんだ? いや、普通にクラス委員長と副委員長か。れれれ、冷静になるんだ俺。
「白守さん、寺川といちゃついてないで貴重品取って」
「はーい!」
貴重品袋を管理している体育委員の女子にそう言われると何も否定せずに貴重品を取りに行く。
否定してくれよ。いや、否定してほしくないんだけどさ。でも本当はどう思ってるのか気になるけど……怖くて聞けないし……。くぅ。
「寺川も仲良いのは見せつけなくても分かってるから取れ」
「そんなんじゃ──っておい!」
こっちは体育委員の男子にそう言われる。俺が取りに行こうとすると俺の財布を軽く投げてきた。一瞬、反応が遅れたが寸でのところでキャッチする。
「あ、あぶねーな」
「スマホは投げないでおいただけ感謝しろよ」
そう言って貴重品袋の上に俺のスマホを置いてくれた。いや、それなら財布も一緒にそうしてくれよ。
小さくため息をつきながらスマホも回収してみんなに少し遅れて戻る。
「じゃあ、戻ろうか」
「そうだな」
俺が貴重品を取るまで待ってくれた白守さんがどこかからかうような目をして笑いかけてくる。
鼻で深呼吸して胸に来た動揺を治めた。
「んで、さっき何考えてたの?」
「な、何って、変なことは考えてないぞ?」
白守さんがお、俺のことどう思ってるのか気になってただけで……。
それを聞いてしまうのは怖いってだけで、だな。
「さっきと同じ顔してる! そんな顔で何考えてたの?」
「いや、白守さん貴重品取ってて見えて無かっただろ?」
「ううん、寺川君のことはいつでも見てるよ?」
「え?」
捉えようによってはストーカーのようなセリフであるが白守さんの言葉には狂気的なものを感じなかった。
どこか包み込むような温かさ、その中にある何かしらの思いを感じる。
「寺川君、顔赤いよ? なんか可愛い」
「だから──」
考えることから意識を現実に戻すと目の前に俺の顔を覗き込むように笑顔を見蹴る白守さんがいた。
絵画的なその顔が視界いっぱいに映る。
目には見えないが俺の顔がさらに赤くなったような感覚になった。
あまりの恥ずかしさに強引に白守さんから視線を外す。
「ざ、残暑のせいだ」
適当に思いついた言い訳を口から吐く。
逃げるように早歩きで移動を始めると白守さんがじりじりと寄ってきた。
「本当? じゃあ──」
白守さんが何か言おうとした瞬間、次の授業の予鈴が鳴る。
さすがに白守さんと話し過ぎた。急いで教室に戻らないと。
これが幸か不幸かは深く考えずに走り出す。白守さんも俺と並走する形で走る。
そうしているうちに白守さんが俺のことをどう思っているのかなんてどうでもよくなったような気がした。
こうして一緒の時を過ごせれば──でもあわよくば……。いや、これ以上を望むのは贅沢か。
廊下ですれ違った先生にされた注意を振り払うように浮かんだ思考を外にやる。
止まるように言う先生の声を無視し、白守さんとひたすら走った。
教室の近くまで着くとクールタイムのために歩き始める。
「白守さん、先生の注意無視しただろ?」
「え~寺川君もじゃん」
小学生のようなどこか懐かしいやり取りをしながら教室の扉を開ける。
教室に数歩入るとクラス中から視線を集めていることに気付いた。
──ここからさらに俺と白守さんの仲をからかわれたのは言うまでもない。
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