第5章 秋の味覚コンフリクト

第62話 将来への旅路

 週明けに行われた文化祭の片付けも終わり、日常へと戻っ──てはなく、次は体育祭の練習が始まるそうだ。

 威勢にいいところを見せようと張り切る生徒もの、中止になれと呪うがごとく祈る生徒もの、うちのクラスだけでも藩王はそれぞれ。

 そんな中、久しぶりにクラス委員会の招集がかかった。


「全員揃ったか」


 由比先生が会議室中を見回しながら欠員がいないか確認した。

 そういえば、なんだかんだこうして集まるのは久しぶりのような気がする。

 さて、今回はどんな内容で呼び出されたのだろうか。


「まずは3年生についてだが今後、クラス委員活動への参加は進路が決まった生徒のみとする」


 軽いどよめきが走るが由比先生が軽い咳払いで治める。

 この時期だし仕方のないことだろう。──ってことは今回集まった理由はなんとなく推測が出来る。


「なので新しいクラス委員委員長を決めたい」


 すると会議室内はまたどよめく。次は押谷先輩が軽く手を叩いて静かにした。


「押谷、なにか?」

「いや、少し寂しいなって思って。ボクは比較的すぐ進路は決まるだろうけど……」


 そう言ってわざとらしく高荒先輩を見る。3年生辺りはなんとなく察したような様子を見せた。

 かくいう俺もなんとなく分かったような気がする。


「な、なによ」


 会議室中の視線を集めると高荒先輩は照れ隠しで強がって見せる。

 その様子に白守さんと顔を見合って小さく笑う。高荒先輩もなんだかんだみんなに好かれているようだ。


「ともあれ、押谷は短い間ではあったが初代委員長として立派にやってくれたと思う」


 暖かな拍手が押谷先輩を包み込む。押谷先輩は照れながらもそれらに応えた。


「話が逸れたな。改めて──」


 先生の一言で押谷先輩への賞賛ムードは一変。そこからはみんな真面目に新委員長決めに取り組み、それっぽい先輩が就任して終わった。


「もう1つの次回の活動の日程が決まった。日にちは体育祭の2日後の日曜日だ」


 そう言って由比先生はホワイトボードに日にちを書き込む。

 月の最後の日曜日。これは一体──


「3年生以外には地元のハロウィンイベントに参加してもらおうと思う」


 今までよりも会議室がうるさくなる。俺には縁のなかったイベントなのでそこまで興奮できない。

 でも都内などはハロウィンで盛り上がっているのだからみんな興味があるのだろう。


「日程は改めてLANEの方で送っておくから確認しておくように。不参加の場合もLANEで連絡してくれ」


 先生の話を聞いてるのか聞いてないのか良く分からない返事があちこちから聞こえる。

 それだけ楽しみなのだろう。


「そういえばハロウィンって何するの?」


 白守さんから今更な質問が飛んでくる。まぁ最近のニュースとかで流れてくるのはコスプレした連中が暴れまわってるところばっかだからな。仕方ないか。

 といっても俺もそんな詳しくないが。


「本来は子供がお化けとかの仮装をして『トリックオアトリート!』って言って色々な家を回ってお菓子を貰うんだよ」

「何貰えるの? 羊羹? 最中もなか? 他の人が作る和菓子おかし食べてみたかったんだよね!」


 和菓子とは限らんけど。白守さんが楽しそうで何よりだ。でもお手伝いってことは──


「多分だけど俺達はお菓子をあげる側だと思うぞ」

「え?」


 分かりやすく残念そうな表情をする白守さん。少し申し訳ないが可愛い。

 さすがに可哀そうなので考えられる限り希望のある予想を立てる。


「まぁ余ったら皆で交換するだろうし、もしかしたら依頼主からも何かあるかもだから、な?」


 小さくなった白守さんの背中を軽く叩いて慰める。白守さんはまだいじけたような雰囲気ではあったが立ち直ってくれた。


「寺川君はくれるよね?」

「ああ、約束だ」


 俺の返事を聞くと途端に機嫌がよくなる。お菓子1つでこんなに変わるものだろうか。まぁ白守さんが可愛いからいいけど。


 ***


 今回の招集は終わりそれぞれのペースで帰路についたり、部活へと向かったりしていた。

 その中、何人かは押谷先輩へ挨拶している。その横には定位置のように高荒先輩もいた。いつも通りに白守さんと部屋にいる人間が少なくなるのを待ちながらそれを見ているところだ。


「寂しくなるね」

「そうだな」


 しみじみと言う白守さんに同意する。なんだかんだ俺達を気にかけてくれただけにクラス委員としてはしばらく会えないとなると心細い。

 少しすると押谷先輩と話す人間も減っていった。ほとんどの生徒が帰ると押谷先輩と高荒先輩がこちらへとやってくる。


「押谷先輩、委員長お疲れ様でした」

「お疲れ様っす」


 押谷先輩が何か言う前に白守さんが労いの言葉をかける。それに便乗して声をかけた。


「んで何話してたのよ?」

「寂しくなるなって話を」


 白守さんが正直に答えると高荒先輩はすっごい嫌~な笑顔を浮かべる。そして何故か俺の肩に手を乗せ何回か叩いた。


「そうよね~。優秀なアタシがいなくなるんだから当たり前よね!」

「いや、そういうのじゃないです」


 断言すると高荒先輩の笑顔は一瞬で真顔に切り替わる。

 俺の肩に置かれた手に段々と力が入ってきた。肩の骨の形が変わるのではないと思うほどの激痛が走る。


「いでででででででででで!」


 会議室を飛び越え、廊下にまで聞こえそうな声を出してしまう。その様子を見かねた押谷先輩が半ば無理矢理俺の肩から高荒先輩の手を剥がす。


「このやり取りも見られなくなるなるんだね」

「あのなぁ……他人事ひとごとのように言うなって」

「だって他人事ひとごとだもん」


 俺の肩を撫でながら白守さんは悪戯っぽく笑う。その可愛さにそれ以上なにも言えなくなった。

 ふと押谷先輩が俺達のやり取りを見てニコニコしていることに気付く。


「な、なんですか?」

「いやぁ、相変わらずだなってね」


 意味深なことだけ言うだけでそれ以上は何も言わない。

 気味が悪くなって目を細めて押谷先輩を見る。


「なに、これで見納めってわけじゃないから」

「へ?」

「ん?」


 白守さんとほぼ同時に押谷先輩の言葉に驚く。それに今度は押谷先輩、高荒先輩がいやらしい笑顔を浮かべた。


「たまには一緒にご飯食べに行くよ。いつもの場所にね」

「そうね。たまには話を聞いてあげるのがいい先輩よね!」


 高荒先輩の余計な一言のせいで喜ぶにも喜べない。何とも言えない行きが口から吐き出す。


「来てくれるんですか?!」


 どうしたらいいか頭の中でぐるぐると考え始めると白守さんが目を輝かせてそう言った。

 まぁ、クラス委員に来れないだけであって卒業ではないからな。会おうと思えば会えるか。困ったときはLANEで連絡すればいいだろうし。


「期待せずに待ってます」

「ほんっと可愛くないわね」

「そこは同意かな」

「すみません。そういう子なんで」


 笑顔で返すと高荒先輩が頭をガシガシと撫でてくる。押谷先輩は少し困ったように笑い、肩をすくめた。

 白守さんは母親のようなこと言ってるし……。俺達の空気が爆発するように笑いが巻き起こる。

 いつものやり取りなのなぜか笑えてしまった。


「やっぱり押谷先輩は専門ですよね?」

「うん」


 ひとしきり笑うと白守さんが思い出したかのように質問をすると押谷先輩は即答する。

 専門なら確かよほどのことがない限り落ちないんだっけか。


「そうなると高荒先輩は? さっきの感じ的に今の先輩には厳しそうな感じですが」

「一言余計よ! 大学行くのよ」

「あ~……」


 納得してしまった。確かに高荒先輩には厳しいかもしれない。いや、高荒先輩の学力は知らないけど。


「高荒先輩は成績どうなんですか?」


 白守さん! それは今──


「下の方だよ。いつもワースト30位には──」

「だーーーー!! やめなさい!」


 もう手遅れだが押谷先輩の口を封じるために高荒先輩が押谷先輩を激しく揺らす。

 それでも押谷先輩は言おうとするがその口を高荒先輩が押さえた。


「高荒先輩なら行けますよ」


 その様子を見ながら白守さんは優しい笑顔を浮かべながらそう言った。

 あまりにも根拠のない言葉だがなんとなく白守さんが言いたいことは分かる。


「美雪は分かってるわね! 合格を美雪に捧げるわ!」


 捧げちゃまずいだろ、と内心でツッコミつつも根拠のない言葉に胸を張る高荒先輩を苦笑いしながら見る。

 でも今まで──今も頑張ってる高荒先輩ならもしかしたら……。


「そうやって調子乗らなければいいんじゃないんですかね」


 思わず口に出すと高荒先輩に思いっきり頭を引っ叩かれた。

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