第61話 生徒会長の涙、文化祭の終わり

 グラウンドの喧騒が他人事のように聞こえる体育館裏。

 よくある不良のたまり場のように荒れてるわけでもなくそこからは野球用のグラウンドが見える。もちろん誰もいないので野球部の掛け声は聞こえない。

 遠くの喧騒と秋の虫の風流な鳴き声に混ざり、すすり泣く声が聞こえる。その声を辿ると体育館の壁と柱でL字になっている所で体育座り縮こまっている乱場先輩を見つけた。膝とひざの間に顔をうずめているのでその表情はうかがえない。


「乱場先輩、近く良いっすか?」


 努めて真剣に声をかけるが返事がない。代わりにすすり泣く声がぴたりと止む。

 しばらく気まずい空気が流れた。


「へんじがない……ただのしかばねのようだ」

「死んでないわ!」


 重い空気に耐えかねてボソリとつぶやくと涙混じりながらもツッコミが返ってきた。

 その様子のどこか安心感を覚えつつ、先輩のいる方を背にして柱によりかかる。


「その、なんかすみませんでした。俺が変なこと言って焚きつけたせいですよね?」


 真っ直ぐ横線を引いたような空気が漂う。どうふざけようか考えようとした時だった。


「後輩君のせいじゃないわ。告白するって決めたのはワタシ。だから……」


 最後まで言えず、鼻水をすする音が何度か体育館裏に響く。

 乱場先輩はこんなにも傷ついても自分の選択を誰かのせいにしたくないようだ。


「あの、差し支えなければ押谷先輩を好きになった理由、聞いてもいいですか?」


 さすがに空気の読めない質問だったか。と自分を強く責める。こんな状況で聞くことじゃなかったよなと思い、別の話題を考える。


「入学したての頃、新しい環境で緊張してた時に声をかけてきてくれたのがユー君だったの」


 自分の中の記憶を整理するかのように語りだした乱場先輩。俺は茶化すことなく、黙って話を聞く。


「話しているうちにユー君に惹かれていくのに気付いたの。でもユー君にはあのちんちくりんがいたの。分かってたのに……」


 再びすすり泣く声が聞こえた。だから無駄に高荒先輩に攻撃的だった、と。

 それで高荒先輩も、って感じだろう。


「だからあいつに勝つために頑張って勉強して苦手だった運動も頑張って、生徒会長にまでなって。自分を磨いたのに……」

「悔しいって一言じゃ済まないって感じですね」


 恐らく俺の想像もつかないレベルの努力を重ねたのだろう。

 スタートがどのくらいかは分からないが勉強もして運動もして生徒会長を目指す。それは周りとの関係も良好にしないと出来ないことだ。


「でも高荒先輩も高荒先輩なりに押谷先輩を支え続けてましたよ。弁当作ったり、あとは発声練習に付き合ってたり?」


 発声練習に関しては少し押谷先輩から聞いたことがあるレベルだが。寝坊しないように起こしてくれてたりとかもあったっけ。


「分かってるわ。だから、悔しいの、悲しいの……」


 もうそこには先輩としてのプライドは無かった。乱場先輩は子供のように泣きじゃくり感情を吐き出す。

 今の俺にはそれを黙って受け止めることしかできない。


 しばらくして吐き出す感情ものが無くなった乱場先輩は落ち着けたようだ。

 先輩が気持ちのままに泣く様子を聞いて羨ましい気持ちになった。

 さすがにみんなを待たせすぎているような気がするのでそろそろ戻らないと。


「乱場先輩、そろそろ戻りますね」

「ええ、ありがとう後輩君」


 振り返って乱場先輩にそう言うと顔を上げて笑顔を向けてくれる。

 その顔は目が少し腫れており、涙でぐちゃぐちゃですごいことになっているがどこか清々しさを感じさせるものだった。


 ***


「今戻りましたよっと」


 グラウンドに戻り大好きな姿を見つけて祭の熱に充てられたかのようにふざけて混ざる。

 驚いた様子を見せて白守さんが振り返った。


「どこ行ってたの?」

「ちょっと夜の学校を徘徊してた」


 やはり待たせすぎたのか白守さんはほんのりと頬を膨らませているようだ。さすがに乱場先輩のことは言わない方がいいだろうから適当な理由を言っておく。


「趣味悪いよ」


 細めた白守さんがそう言ってくる。まぁ、普通はそういう反応するだろうね。夜の学校なんて恐怖の対象でしかないからな。

 でも何故か白守さんは優しい視線を向けてきていた。まさか、何してたかバレたのか? そんな訳ないか。


「んで先輩達は?」

「あっち」


 そう言って白守さんが指をさした先にはいつも以上に機嫌の悪そうな高荒先輩がいた。その横には押谷先輩が困り果てた表情で機嫌を取っている。


「おかし取ってこようか?」

「いい」

「じゃあ、寺川もちょうど戻ったようだし雑談でも」

「気分じゃない」


 提案をことごとく払い除ける高荒先輩。これは相当、心配してたようだ。

 押谷先輩が1人で戻ってきた時点で高荒先輩でも何事もなかったというのは分かるとは思うがそれとこれは別問題なのかもしれない。


「何なら許してくれるんだい?」

「ん」


 困り果てた押谷先輩が質問すると高荒先輩はキャンプファイヤーモドキを指さす。

 その周りには暇を持て余した生徒がなんとなくな動きで踊っていた。


「ボクに燃えろと?」


 高荒先輩に限ってそんなことは……でも幼馴染であるお明日に先輩がそう言うってことはまさか──

 そう考えていると高荒先輩が押谷先輩に手を差し出す。


「踊るわよ」

「それで気が済むなら……」


 そんな訳ないよね~。とホッと胸を撫で下ろす。

 恐る恐るといった表情で押谷先輩は高荒先輩と踊りに行く。

 先輩たちの踊りはさすが幼馴染といった感じだ。他の誰よりも様になっていた。周りは照れ隠しでふざけている部分もあるのでそれも相まってそう見えるのだろう。

 ──乱場先輩には悪いがやっぱりこの2人はお似合いだと思う。


「なんか羨ましいな」


 つい、口から言葉が漏れた。白守さんとそういう関係になれたら──


「ね。私も羨ましいな」


 キャンプファイヤーモドキの明かりに照らされキラキラした目でそう白守さんが返してくれた。


 ***


 そろそろ終わりなのか流れていた曲もぴたりと止まり、生徒会が何やらバタバタと準備をしていた。

 乱場先輩はいなさそう──


『みんな、申し訳ないわ。もう少しで時間だから手短に話すわ』


 走って戻ってきた乱場先輩が拡声器をテーブルから取ってそう言った。

 その声に生徒は反応し、そちらへと目を向ける。

 乱場先輩は表情こそ繕えているが目元はまだ腫れていた。しかし、暗さのせいかこの場にいる人間が優しいのかそれに対して何かいう者はいない。


『文化祭、お疲れ様。生徒会長として最後の仕事でこうやって後夜祭を復活させることができて嬉しいわ。皆も参加してくれたありがとう』


 深々と頭を下げて礼を言う乱場先輩にみんなが拍手を送る。それに対して乱場先輩は笑って見せた。


『これにて後夜祭は終わり! 悪いけど片付けは手伝って欲しいわ』


 快諾半分、抗議半分といった割合の返事ではあったものの、それぞれ自分の仕事を見つけて片付けに入る。

 俺は白守さんとキャンプファイヤーモドキを片付けていた。


「こっち終わったから手伝うよ」

「感謝なさい!」


 偉そうに振るまう苦笑いが出る。どうやら押谷先輩と踊ったおかげで機嫌が直ったようでなにより。

 下手すれば押谷先輩が取られる事態もあったのに呑気なものだ。


「高壁さん、後輩にそんな態度を取ってお里が知れるわ」

「うっさいわねランバ! アンタに嫌味を言われるまでもなく手伝うところよ!」


 大きく鼻息を出して、片付けをする手に加わる高荒先輩。そんな無理して持つと──


「おっとっと──!」


 ムキになった高荒先輩が荷物の重さに振り回されて転びそうになる。

 急いで助けようにも3歩ほど足りない。このままじゃ──


「よっと。タカーラ、焦らない焦らない」

「分かってるわよ……」


 倒れる前に押谷先輩が高荒先輩を支えるようにして助けた。

 気恥ずかしいのか先輩達は目を合わせ辛そうにしている。


「あ、ありがと」

「どういたしまして」


 何とも言えない空気が辺りに漂い始める。

 どうしたらいいのか分からないまま固まっていると乱場先輩が咳払いをした。


「いい。ワタシは諦めてないわ! でも今回は勝ちを譲ってあげるわ!」


 高荒先輩を指さし、力強く宣言する乱場先輩。

 当の高荒先輩は目を丸くするだけだった。そんな反応も気にせず乱場先輩は逃げるように去っていった。


「何よアイツ」


 心底訳が分かってない高荒先輩の表情は不信感で満ちていた。

 まぁ裏で何があったか知らないんだから当然の反応だよな。


「ほら、片付けるよ」

「そうねランバのこといちいち気にしてたらキリがない!」


 軽く手を鳴らして押谷先輩がこの場のみんなの意識を戻した。

 我に返った俺達はバタバタとしながらも後夜祭の片付けを再開させる。

 帰る頃には一部生徒の迎えが来るくらいの時間になっていた。そしていつものように俺達はそれぞれの帰路につく。


 ──こうして俺達の初めての文化祭は幕を閉じた。

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