第60話 Under the legendary tree
後夜祭はグラウンドでやるということなので適当に白守さんと時間を潰してから向かうとキャンプファイヤーの様に組まれた木々に明るめのライトが入れられていた。
各クラスから来た生徒がそれに照らされながら後夜祭が始まるのを待っている。
「あれってキャンプファイヤーをやりたかったのかな?」
「そうなんじゃね? 許可が下りなかったとかじゃないか?」
確かああいうのは地元の消防局に連絡を入れておかないと大変なことになるとかならないとか。
俺達はもうキャンプファイヤーしたし、別にできなくてもいいしな。
「やあ、文化祭お疲れ」
「相変わらず見つけやすいわね!」
俺達に気付いた押谷先輩と高荒先輩がゆっくりとした足取りで歩いてきた。
心なしか高荒先輩の声に違和感があるような……。
「高荒先輩、声大丈夫ですか?」
「ありがとう。美雪。アタシとしたことが少しね」
白守さんも違和感に気付いたらしく心配の声をかけるが高荒先輩はなぜか力こぶを作るような動作をして答える。元気であることをアピールしたかったのだろうか。
「大丈夫だよ。ボクがいつもやってる喉のケアを一通りやったから大丈夫だと思うよ」
「ならよかったっす」
やはりあの声は高荒先輩なりに無理して出してたのかもな。徹夜して練習したって言ってたし。純粋にすごいと思う。
「あら、どうしたの寺川。いつもなら失礼なことでも言い出しそうなのに」
「普通に高荒先輩の頑張りに感心してただけです」
「いいのよ。もっと称えても。崇めても」
「いや、そこまでじゃないっす」
一瞬、高荒先輩が拳を振り上げようとしたがすぐ引っ込める。やはり今は機嫌がいいのかもしれない。
『あ、あ~テステス』
「げぇ」
乱場先輩の声が聞こえると同時に高荒先輩が心底嫌そうな顔をする。
声の方向を見るとちょっとした台に拡声器を持った乱場先輩が立っていた。
『これより後夜祭を始めるわ!』
待ってましたと言わんばかりに拍手が鳴る。でも後夜祭って何するんだろうか?
『生徒会から高野豆腐を──というのは冗談でちょっとしたお菓子を用意したわ』
驚いたじゃねぇか。おそこの先輩らしき人なんて帰りかけてたぞ。全く……。
乱場先輩の指さした先には机が用意されており、小分けにされたお菓子が大きめな紙皿に乗せられていた。その脇には大きなペットボトルが置かれている。
一部生徒が我先にとそこに行こうとした。
『少し待ちなさいな! 後夜祭と言えばこれでしょ!』
そう言って乱場先輩が指を鳴らすが何も起きない。何事かと様子を見ていると音楽が流れ始めた。
乱場先輩は顔を赤くして明後日の方向に抗議するように地団太を踏む。
『好きな相手とフォークダンスでもいかが? 踊り方は中学の授業でやったでしょ?』
うん。やってない。あまり覚えてないが中学はダンスか柔道の選択式だったので俺は迷わず柔道を選んだ。
似た方式の先輩や同学年もいたのか首をひねる生徒がちらほらと見えた。
『あと、伝説の木の下があるようだから何かロマンチックな告白をしたい人は探してみなさい』
伝説の木下? うちのクラスには──木下はいないよな?
先生にもいないかったはずだし……。乱場先輩は何のことを言ってるんだ?
他の生徒は乱場先輩の言葉はほとんど聞かず動き始めていた。
俺だけ気にしてるのも馬鹿馬鹿しいので考えるのをやめる。すると隣の白守さんが肩を叩いてきた。
「寺川君は踊れる?」
「まさかぁ? 全然だ」
「フォークダンスはけっこう自由だから大丈夫!」
「え?」
それはちょっと嬉しい誘いだが、他の生徒は音楽に目もくれずお菓子やジュースのあるテーブルに群がっていた。
今行くと、その変に目立たないか心配だ。
「ほら、行こう!」
「ちょっ、まだ──」
半ば強引にキャンプファイヤーモドキの近くまで引っ張られ、白守さんが小さく微笑んで俺の手を取り踊り始める。
俺もなんとなくそれに合わせて動いてみるがなんとなく音楽に合ってないような気がした。
「ふふ、動きが可愛い」
「悪かったな。慣れてなくてな」
我が子を見る母親のような視線で白守さんが微笑みかける。俺は反抗期の子供のように不貞腐れて見せるが白守さんの笑うをさらに誘うだけだった。
全員がずっとテーブルのお菓子に夢中であることを祈りながら白守さんに集中しようとすると視界の端に見慣れた影がちらつく。
思わずそっちに目を向けると高荒先輩が紙皿に乗せたお菓子を食べながら面白いものを見る目でこちらを見ていた。
白守さんも気付いたようで一旦、踊りをやめる。すると高荒先輩はおもちゃを取り上げられた子供のような表情になった。
「高荒先輩もどうですか?」
「いや、アタシはいいわ」
白守さんが声をかけても不貞腐れた──というよりはどこか不安そうな態度で返事をする。
どうしたのだろうと思うと恐らく原因であろう事態に気付いた。
「そういえば押谷先輩は?」
「知らない」
いつもならほとんど一緒にいる押谷先輩の姿が見当たらないのだ。
最近の出来事からして……。
「
「そういえば、始まってから見かけないね」
俺の言葉に高荒先輩は首を横に振り、白守さんは辺りを見回しながら答える。
これは──悪い予感がするな。仕方ない。もしかしたら俺のせいで起こった出来事かもしれないからな。
「俺、探してくるよ。白守さんと高荒先輩はお菓子でも食べて待っててよ」
「え? それなら私も──」
「いいっていいって」
一緒に捜索しようと名乗り出ようと白守さんに手を軽く振って走りだす。さすがに不安がってる高荒先輩を1人にするわけにはいかないだろ。
その意図を汲んでくれたのかどうか分からないが白守さんが追ってくる気配はなかった。
***
学校にある木といってもグラウンド周辺と教員昇降口前、中庭、正門付近くらいなもんだ。
グラウンド周辺は後夜祭で使ってるから誰かしらに観られるだろうから除外、同じ理由で教員用昇降口前も除外。正門付近は外から見えてしまうので一旦除外。残ったのは中庭だけだ。
恐らく、最悪の事態は起こっていないだろうが本人達が気にする可能性もあるので気付かれない程度に様子を見よう。
あえて木のある反対側に行くように少し遠回りをして中庭へと向かう。体育館への連絡路を辺りから覗こうとすると1人の人影が俺のいる所とは逆の方向へと走っていくのが見えた。シルエットからして女子生徒。
暗くてあまり見えなかったが多分、乱場先輩のような気がする。その後を追うように小走りで走る影が偶然、こちらを見る。シルエット的に俺と同じ制服──つまり男子生徒。
──しまった、と思う間もなく、その影はこちらへと向かう。
その影は後夜祭で使っているライトが届く位置に近付くにつれて姿がはっきりと見えてきた。
予想通り、それは押谷先輩だ。
「おや、覗き見とは趣味が悪いね」
「いや、女子生徒──乱場先輩が走っていくとこしか見てませんよ」
「そうかい」
ちょっと疑惑の残った感じの笑顔を向ける押谷先輩。その様子からやはりさっきの女子生徒は乱場先輩と確信できた。
「やっぱり──」
「多分、寺川の思ってる通りだよ」
「いやぁ、モテる男はつらいですね」
「愛されてる人が言うと重みが違うね」
「へ?」
本当に自分の口から出たのかと言う声が大きく開いた口から出た。
押谷先輩は……何を言ってるんだ? そんな疑問が一瞬、頭の中を支配して固まってしまう。
俺が返してこないことに不信感を覚えたのか押谷先輩の頭の上に疑問符が浮かびそうになっている。なんとか止まった思考を動かして答えをひねり出す。
「えっと、それは先輩の方じゃないんですか?」
乱場先輩、そして多分、高荒先輩にも愛されている押谷先輩だ。少なくとも2人には想ってもらえている。俺なんかとは大違いだ。
好きと言われるのは家族くらいだろうか。それも『家族愛』に過ぎない。2人が押谷先輩へ向けている愛情に比べたら遠く足下に及ばないだろう。
「違いないけど──そういうことか」
「ん?」
ボソっと呟かれた言葉に間の抜けた声が出てしまった。
少し考えるような動作をすると押谷先輩は1人納得のいった表情で頷く。意味が分からなさすぎる。
「両片思いってやつかな?」
リョウカタオモイ? ん~っと『量過多思い』ってことだろうか? もしや押谷先輩に白守さんが好きなことバレてるのか? もしかして俺のこの想いって重いのか?
どちらにしろ変なことを言われる前に手を打っておかなくては。
「そうそう高荒先輩が待ってます。さっきから上の空なんですよ。戻って安心させてあげてください」
「うん。分かったよ」
グラウンドの方へ足を向けた押谷先輩を見送り、俺は反対の方向へ行こうと歩き始めた。
「寺川、どこ行くんだい?」
「さすがに放っておくわけにもいかないなと思って」
先程、乱場先輩が走って行った方を指をさして小さく笑って見せる。
すると押谷先輩はいつもより真剣な表情で首を縦に振った。
「ごめん。お願いするよ」
その言葉を背に俺はゆっくりと歩き始めた。
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