第58話 夢へ進む者の覚悟

 体育館の空いてる席を確保し、LANEで押谷先輩にメッセージを送る。

 ほどなくして既読が付き『入力中……』の表示がされた。演目の構成上、押谷先輩はラスト辺りまで出番がないし、声だけの出演なので比較的暇なのだろう。

 一旦、画面から目を離して隣に座る白守さんや他の観客様子をうかがうと渋い声の通知音が鳴る。

 ──おっと、そろそろ演劇が始まるからマナーモードにしておかないとな。

 忘れないうちにスマホをマナーモードに設定してからアプリを再度開く。


『来てくれたんだね。白守さんと一緒に楽しんでよ。そろそろ始まるからこれで』


 先輩の声で頭の中で再生できる程、鮮明にイメージ出来た。なんとなくだが、気合というか覚悟のあるように感じる。

 それほど先輩が真剣に打ち込んでいるのだろう。


「押谷先輩?」

「ああ、昨日は観に行けなかったから少しLANEでメッセージ送っておいた」

「どうだった?」

「これから始まる演劇が楽しみになったよ」

「そっか」


 白守さんがそう笑顔を返すと体育館中にブザー音が鳴り響く。俺を含めた観客はそれを合図に静かになり、姿勢を正した。

 少しすると他の観客の一部が話し始めるが気になるほどではないので無視する。


『昔、あるお城に──』


 どこかで聞いたことがあるような声から語りだされたよくある童話ものがたり。声の主への意識はすぐに演劇の内容へと向けられる。

 まだ目的の押谷先輩の番でもないのに白守さんと一緒に食い入るように演劇にのめり込んだ。


 ***


 内容自体は誰もが知っているような絵本の白雪姫そのものだ。

 変なアレンジは無くよどみなく演目が進められていく。

 女王が白雪姫の美しさに嫉妬し、老婆に変装して白雪姫に毒リンゴを食べさせる。そして白雪姫が毒によって眠りへとついてしまう。

 悲しみにくれる小人、その演技は素人目でも尋常ではない努力と研究がなされたのだと分かるほどだ。


『そこへ王子様がやってきました』


 ついに押谷先輩の出番が近づいてきた。演劇への集中が自然と高まる。

 舞台袖から気合の入った衣装を着た先輩が出てきた。──もちろん押谷先輩ではない。


『なんて綺麗な女性ひとだ』


 この一言で体育館中にざわめきが走る。いつもの暖かな感じとは少々違うが確かに押谷先輩の声だ。

 そして王子様が眠っている白雪姫にキス(をしたふり)をする。

 すると白雪姫が目覚めた。それに小人だけではなく森の動物──観客までもが歓喜の声を上げる。

 そこからは幸せなエンディングへ行くのみだ。


『私と結婚してください』


 一目惚れした王子様のセリフに会場の女性陣が沸き立つ。白守さんを盗み見したが白守さんは目を輝かせるように見ているだけで特に声を上げていなかった。


『はい。喜んで』


 白雪姫は返事をして王子様の手を取る。

 2人の笑顔は物語げんさくに書かれていないその先の人生を予感させるほど希望に満ちていた。


『そして2人は幸せに暮らしましたとさ』


 ナレーターが最後の一言を言い、幕がゆっくりと下がる。

 幕が下り切っても誰1人、声を上げなかった。俺も白守さんも含めた人間が演劇の感動をかみしめるかのようにひたすら黙っている。

 いや、拍手しないといけないと分かっているのだが、そうするとこの演劇が本当に終わってしまう。

 ──そうか。ここにいる全員がこの演劇の終わりを認めたくないのだ。もっとこの時間を過ごしていたい。そんな思いがこの体育館くうかんに満ちているのだ。

 しかし、すぐ近くから暖かな拍手の音がした。──拍手をしたのは白守さんだ。

 白守さんの拍手が呼び水となり、体育館中に広がる。中には椅子から立ち上がる観客もいた。

 ようやく俺が拍手をし始めた辺りには指笛や『ブラボー!』なんていう声も上がるほど盛り上がっていた。

 それに応えるように幕が上がり横並びになった出演者が出てくる。ステージの端には見慣れた姿があった。


「押谷先輩だよ!」

「そうだな。その隣は──高荒先輩?!」


 あれ高荒先輩は劇に出てなかったような……。ん?

 なんだこの違和感は?

 俺が困惑していることにはお構いなく、主役から順番に紹介されてゆき、お辞儀をしていく。それに反応するように観客からは拍手が送られる。


『王子様──の声は押谷君』


 ついに出演者挨拶も終盤、押谷先輩の番だ。押谷先輩は深く深く礼をする。

 お辞儀は全く一緒なのに押谷先輩のは何か違うように感じた。

 さて、これで終わり──


『ナレーター、高荒さん』


 その声を認識して理解するのに時間を使っているうちにステージ端にいた高荒先輩がぎこちなく礼をした。

 え~っと、え? は?


「高荒先輩がナレーター?!」

「え? 気付かなかったの?」

「ああ、全く」


 どうやら白守さんは気付いていたようだ。なら言って欲しかった。どうりで聞き覚えのある感じだったのか。

 いやぁ、人って意外な能力を持ってるもんだな……。──え? 今なんかステージの上からにらまれたような気が。き、気のせいだよな。

 この汗は感動で熱くなって出たものだと自分に言い聞かせた。


 ***


 演劇も終わり、次の演目の準備が行われている間、俺達は少し遠回りをして体育館横につながる階段の下付近で待機していた。

 押谷先輩から連絡があり、舞台セット等の移動をする間に少し話したいとこの場所を指定されたのだ。


「ごめんごめん。お待たせ」


 邪魔にならない場所で先輩達の様子を見ていると押谷先輩が高荒先輩の手を引いてこちらに走ってくる。

 秋になったとはいえ暑いせいか2人とも汗をかいていた。しかしその顔はどこかやり切ったような清々しい表情ものだ。


「お疲れ様です。これよかったら飲んでください」


 白守さんの代わりに俺が飲み物の入った袋を押谷先輩に渡す。

 中から1本取り出し、高荒先輩に渡す押谷先輩はどこか浮かれた視線を俺達へと向けた。


「先輩の演劇すごかったです!」


 まずは飛び跳ねるように白守さんが感想を伝える。すると2人は嬉しそうに口角を上げた。

 いつもなら少しふざけたくなるのだが、感動がそれをさせてくれない。


「先輩達が頑張ったってすんごい伝わりましたよ。あと高荒先輩のナレーションは最後まで気づきませんでした」


 興奮を抑えながらも正直な気持ちを伝えると高荒先輩は恥ずかしそうに後頭部をかく。


「だってよ。タカーラ。頑張った甲斐があったね」

「徹夜で頑張ったんだから当たり前よ!」

「え? 徹夜?」


 高荒先輩から出た言葉に驚きの声が出る。白守さんも大きく口を開けて驚いていた。


「そうなんだよ。本来のナレーションが昨日張り切り過ぎちゃってね。喉を潰しちゃったんだ」

「なんでアタシなんかに……」

「まぁまぁ、後輩達に喜んでくれたんだからいいじゃないか」


 終わってもまだ不満そうに唇を尖らせる高荒先輩を押谷先輩がなだめる。


「本当にお疲れ様でした」

「先輩の本気、ちゃんと伝わりましたよ」


 らしくない、とは分かっているがつい強く握った拳を先輩の前に突き出す。

 それに押谷先輩は目を細めて笑い、俺の拳に軽く拳をぶつけてくれた。


「そうだ。寺川達は今日の後夜祭は行くんだっけか」

「一応、そうなってますね」


 ──すっかり忘れてた。

 そういや後夜祭があるって乱場先輩が言ってたな。


「先輩達も行くんですか?」


 白守さんが聞くと押谷先輩は少し困った表情で頷く。高荒先輩は苦虫を嚙み潰したような表情になった。


「まぁね。乱場さんに言われて仕方なくね」

「あのランバよ。絶対何か企んでるわ」

「あ~……」


 なんとなく分かるかもしれない。押谷先輩が参加しないならまだしも半強制的に参加させたとなると何かあるって思うよな……。

 何度かしか話してない俺でも予想できる。

 ──まさか俺の言葉に影響されて……なんてことはない、よな?

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