第57話 すれ違うサイキョー

 さて、誰が好きな人と文化祭を回っていたら好きな人の両親と遭遇してしまった上に流れで手伝いをされているなんて状況を予測できただろうか。

 出来る奴がいたら是非、名乗り出て欲しいものだ。その予知能力を分けて欲しい。

 そんな現実逃避じみたことを考えながら白守さんのお母さんと並んで店番をしている。正直な所、緊張で死んでしまいそうだ。

 よくよく考えれば好きな人の母親と2人きり。緊張しない方がおかしい。

 ──意識するな。別のことを考えよう。


 時間的に昼飯時を過ぎたとはいえ油断はできない。我々高校生は『食べ盛り』とも言われているのだから。運動部辺りはそろそろおやつと称してまた中庭に姿を現しそうだ。


「寺川君、いきなり巻き込んでごめんなさいね」

「あ、いえいえ」


 残り少ないフードパックを整理しながら白守さんのお母さんが謝ってきた。

 まぁ確かにいきなりのことで驚きはしたが白守さんへの恩を返す数少ない機会だろう。ならやっておくに越したことはない。


「美雪は普段はどうかしら?」

「クラスメイトのみんなに慕われてますよ。男性が怖いっていうのに女子中から共学の柏藤ここに進学したって聞きました。本当に勇気のある人だと思います」


 知り合いから逃げるようにして進学した俺なんかとは大違いだ。

 気付かれないように自嘲の笑みを浮かべる。そしてため息とともに小さく吐き出した。


「あらあら~。ありがとうね」

「いえいえ。本当のことを言ったまでです」


 緊張のせいか言い方が機械的になってしまったような気がするが白守さんのお母さんは気にした様子を見せなかった。

 白守さん以外とあまり話さないせいか会話を続けようにもどうしたらいいのか分からない。き、気まずい……。


「寺川君のことはね。いつも美雪から聞いてるわよ。お昼ご飯を食べてる時が可愛いんだってね。あとよく寝顔も可愛いって言ってたわね」

「ま、マジですか……?」


 聞かなかった方が良かったかもしれない。俺は白守さんの中ではペットのようなもののようだ。少しへこむなぁ。

 小さくうなだれているといきなり白守さんのお母さんが俺の肩を叩いた。


「ほら、お客さん来るわよ」

「は、ははは、はい!」


 急いで顔を上げると白守さんのお母さんの視線の先には中庭を楽しそうに眺めている男子生徒がいた。

 もしかしてあの男子生徒が来る、と言っているのだろうか?

 さすがにそんなことはないだろうと思いつつも男子生徒の様子を見守る。

 焼きそばと牛丼の屋台を交互に見て頭を抱えていた。すると頭をぐしゃぐしゃとかいて真っ先にこちらへと歩いて来る。


「おばちゃん。おはぎ2つ入り1個ください」

「はーい! 300円ね」


 流れるようなやり取りに気を取られていると白守さんのお母さんに小突かれる。

 やっと我に返った俺はおはぎのパックを袋に入れて男子生徒に渡した。


「はい、おつりね」


 お釣りを受け取ると男子生徒は一礼して離れて行ってしまった。

 にしてもすごいな白守さんのお母さん。


「なんで分かったのかって思ったでしょ?」

「え? はい。待ったその通りです」


 俺の考えまで綺麗に当てられて驚くも何とか返事をする。


「あの子はね。お昼ご飯を何にするか考えるためにおはぎを買ったのよ」

「確かに昼ご飯を迷っているような様子ではありましたね」


 それにしてもそこまで読めるとは……。確かに考えるのに糖分がいいとは聞くがまさかそれをおはぎでやろうとするとはな……。

 同じ糖分なら綿菓子もあっただろうに。こういう時にしか食べられないんだから。


「リアクションも可愛いわね。美雪に自慢しなくちゃね」

「やめてください」


 ほぼノータイムで返すと白守さんのお母さんは「あら残念」とだけ言って次のお客に備える。

 和菓子の残りも少ないというのにどこか余裕があるように見えた。俺はまだかまだかと白守さん達が戻ってくるのを心待ちにしている。


「商品の残り少ないのに余裕ですね」


 思わず思っていることが口から出てしまった。しかし、白守さんのお母さんは気にした様子もなくこちらを見てはにかむ。


「ええ、だって私の愛する旦那はどんな時だって間に合わせるもの。美雪もお父さんほどじゃないけど最近、作るのが上手になってきてるもの」


 その目には揺らぎが無いように見えた。そんなに目を見てもないのにそう感じるということはこの信頼は本物であるといってもいいだろう。

 今なら白守さんのお母さんが言っている意味がなんとなく分かる気がする。


「多分、高校ここで寺川君と再会したからね」

「それ、関係ありますかね?」

「あるわよ。いずれ寺川君にも分かると思うわ」

「そうだといいですね」


 冗談ぽく言うと白守さんのお母さんは軽く肘打ちをしてくる。

 そうしているうちにお客も来て残り少ない和菓子もどんどんなくなってきた。本当に品切れを心配しなくちゃならないと思い始めた時のこと。


「待たせたな。いつもより少ないけど追加」

「寺川君、お待たせ」


 両手でプラスチックの箱──番重ばんじゅうを持って白守父娘が戻ってきた。

 番重の中は完成した和菓子が詰められたパックで一杯だ。しかし、これで少ない方なのか。


「ほらね。戻ってきたでしょ?」


 得意げな顔で白守さんのお母さんはそう言う。俺はそれを校庭の意味で笑って返した。


「じゃあ、お駄賃として1つ持って行きなさい。あとは大丈夫だから」

「そうだな。今回ばかりは助かったよ。次からは梅さんにも来てもらわないとな」

「来年も来るの?」


 白守夫婦がそんなやり取りをしながら商品の補充をてきぱきと進める。白守さんは白守さんのお父さんの発言に驚きながらも手伝おうとした。

 しかしそれは白守さんのお母さんが手で制止する。


「美雪もせっかくの文化祭なんだから楽しんできなさい」

「でも──」

青春いまは今しか経験できないんだから行ってこい」


 言い返そうとする白守さんの言葉を白守さんのお父さんが遮る。それに白守さんは少し迷う素振そぶりを見せたがすぐに俺のところに寄ってきた。


「うん! 寺川君と楽しんでくるね!」

「おう──あ、いや、そいつのことはまだ──」

「寺川君行こ!」


 こちらに手を伸ばして戻ってくるように手振りをする白守さんのお父さん。それを無視して白守さんは俺の手を引いて昇降口へと向かう。


 ***


 そろそろ押谷先輩の演劇が始まる頃かと思っているが手を引く白守さんの向かう方向は演劇の会場となっている体育館だ。

 昨日は見に行きそびれただけに白守さんも俺と同じく見たくてたまらないのだろう。

 演劇に思いを馳せていると一瞬、見覚えのある姿が横切ったような気がした。


「どこの出し物も面白いなぁ~。『オレ』もミキの学校に負けないような文化祭にしねぇとな」


 この独特な一人称にちょっと呑気なしゃべり口。聞き間違えるわけがない。

 しかし俺は振り返らなかった。もう『お前』のことは振り返らないって決めたんだ。

 正直、複雑な気持ちもあるが過去それが無かったらこうして白守さんと文化祭を回ることも──白守さんのことを好きになることもなかっただろう。

 ある意味、感謝してる。俺はなんとか自分の未来しあわせを見つけていこうと思う。

 だから『お前』は『お前』の道を進んでくれ。


「寺川君どうしたの? なんでキメ顔してるの? 可愛い」

「どこが可愛いんだ? それにキメ顔なんてしてないぞ!」


 いつの間にか振り返っていた白守さんが悪戯な笑顔を浮かべてからかってくる。

 あまりの恥ずかしさに反論するも白守さんの笑顔に容易く跳ね返されてしまった。


「そういうところだよ。ほら、行かないと座れないよ? 押谷先輩のクラスの演劇、評判いいらしいんだから」

「マジか?! そういうことは早く言ってくれよ」


 他人に迷惑にならない程度に足を早める。いつの間にか手を引き合うかのように白守さんと並んでしまった。

 この状況で横に並ぶのには少し抵抗があるが白守さんと一緒だとそんなことはどうでもよくなってくる。

 祭の雰囲気に充てられたと言えば大体は丸く収まるだろう、と自分に言い訳をした。

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