第55話 必殺対応

 文化祭一日目きのうの夜にクラスのLANEで簡単な話し合いが行われた。

 内容は写真と撮る客と買い物をしたい客のいざこざ防止策、イートインスペースで入りびたる客の対処、その他外部の人間(といっても生徒の関係者だが)が入ることによって起こりうるトラブルの対策や対応等々……。

 さすがに副委員長だし、白守さんに負担をかけるわけにもいかないので眠い目をこすって真剣に取り組んだ。決して昨日、クラスメイトの感謝の言葉を受けてではない。

 ──ほぼすぐに終わったが。

 外部の人間絡みはあまり褒められたものではないのでその対応をせざる得ない状況にならないことを祈りたい。


 そんなわけで迎えた七曜祭2日目。今日は教室スタートである。簡単な点呼を取って準備もあらかた終わっている。

 他に前日と違う点は昨日より多めに商品の準備がされてたり、店内きょうしつないにイートインの利用の仕方や写真を撮る際の注意点の張り紙がされたことだろうか。

 景観を損なわないためにこういうのは控えたかったのだが、仕方ないだろう。


「さて、と」


 商品の並びも衣装の乱れもない。これで大丈夫だろう。

 あとは開始の時間を待つばかりだ。


「寺川君! そっちはどう?」

「ああ、大丈夫だと思うぞ。小さなばあさんも健在だ」

「良かった。こっちもばっちりだよ」


 白守さんは女子の服装などのチェックをしてくれていた。

 うちのクラスメイトは校則違反な着崩しをする生徒がいるにはいるのだが文化祭こんかいに限ってはみんな協力的である。

 というのも女子は白守さんの私物の小物を借りていてみんな気に入ってるそうで着崩す気がないとかなんとか。

 男子も白守さんの社交辞令的な褒めにその気になっている。

 教室で抑圧された緊張感と期待が今か今かと溢れだしそうになった瞬間、スピーカーからマイクの電源を入れる音が聞こえた。


『これから七曜祭2日目の日程を開始します。外部の方々もいらっしゃるので失礼のないよう、おもてなししてください』


 放送が終わると同時にシフトの入っていないクラスメイト達が教室から出ていく。

 校舎の外からも大勢の人が歩く音が聞こえたような気がした。

 今日は俺(と白守さん)はシフトが入っているのでお留守番。


「始まったね」

「そうだな」


 ディスプレイ棚の後ろで白守さんと軽くやり取りをする。すると明らかに昨日とは違う足音の量が廊下から聞こえ始めた。

 空き放たれた教室の扉から数人ほど客が入ってくる。

 生徒3割、外部が7割といった感じだろうか。並ぶ駄菓子の懐かしさに関心の声を上げる人や人混みに対する疲労の声を上げる人など反応は人それぞれだ。


『いらっしゃいませ~』


 接客兼監視のクラスメイトが元気に声を上げる。気を引き締めなくちゃな。

 人知れずに気合を入れていると白守さんが微笑ましいものを見るような目でこちらを見ていることに気付く。


「な、なんだよ」

「いや、寺川君も副委員長らしくなったなぁって」

「はいはい。らしくなくてごめんなさいね」

「もう、拗ねないの」


 白守さんに軽くおでこにつつかれて頭をのけぞらせる。軽い笑みを浮かべて教室の方へ視線を戻す。

 するとちょうど派手な金髪をした同い年か年上の少年──他の高校がっこうの生徒らしき人が入ってきた。

 胸からこみ上げてくるような感触に一瞬、顔をゆがめてしまうがなんとか持ちこたえる。

 少年は教室中を物色するように見回すとこちらの方で頭と視線を固定させた。小さな嫌な予感がどんどんと大きくなってくる。その予感を裏切らない動きで少年はこちらへとのそのそと歩いてきた。


「ネェちゃん。案内してくれない?」


 少年の攻撃的な声に身体がビクついてしまう。そんな俺には目もくれず少年は白守さんを舐めまわすように見つめながらそう言う。

 開幕でまさか想定していた事態が起きるとは……。


「んだよ。オメェは関係ないだるぉ?」


 ようやく俺の視線に気付いたようで眉間にしわを寄せて威圧するような声で話しかけてきた。一部の客がその声に反応して逃げるように教室の外に出て行ってしまう。

 内心でため息をついてから貼り付けたような笑顔を浮かべる。


「いやいや、し──この子は今は仕事シフト中なんで」

「うるせぇ! この学校は迷ってる外部の案内も寄越せねぇ糞学校なのか? 違うだるぉ?」


 違くないぞ、と思いながらバレないようにハンドサインをする。

 視界の端で会計係りのクラスメイトが頷いているのを確認して貼り付けた笑顔を少年に向け続けた。


「お客様は神様だろ? 常識じゃねぇのか?」

「なら、他の神様にご迷惑が掛かりますので回れ右してください」


 すると少年は素直にその場でクルっと回って見せた。いや、そういう意味じゃなくてだな……。

 吹き出しそうになる口を固く結ぶ。


「こうか? これで文句ないだろ?」

「お帰り下さい」

「なんだとぉ? ちゃんと回っただろうが!!」


 手振りで帰るように促すと少年は怒声を上げてきた。いや、普通に『帰れ』という意味で言ったのに……。


「ブフッ」

「なに笑ってんだてめぇ!」

「いや、お里が知れるような発言でしたので」

「んだと!!」


 ディスプレイ棚を吹き飛ばさんとする勢いで少年は手を伸ばして俺の胸倉を掴もうとするが俺は大きく1歩下がって避ける。ディスプレイ棚は頑丈に作られているので壊れることもなく少年を通すこともない。

 そして貼り付けた笑顔を真顔にした。


「それはそうとお客様、うちのクラスのテーマは『昭和レトロ』ですので──」


 口の端だけ上げて少年の顔を見つめる。頭に血に上っているのか少年の目には俺しか映っていない。


「──『仕事人』にはお気を付け下さいね?」

「なんだそれはふざ──いでででででで!!」


 少年は後ろから忍び寄っていた男子クラスメイトに腕をひねられて組み伏せられた。怒りと苦痛に満ちた表情で少年は睨みつけてくるが俺は無視する。


「寺川君。そんなに挑発しなくても……」

「ちゃんと視線をこっちに向けさせておかないと思ってな」

「でもありがとう。ちょっと怖かった」


 そう言って白守さんは一瞬、俺の肩に頭を預ける。すると少年の顔には絶望が浮かんでいた。

 少しすると校内を巡回していた風紀委員が教室まで来て抵抗する少年の両腕を持って教室から出て行く。

 なぜか客から大きな拍手が上がり、制圧したクラスメイトは恥ずかしそうに後頭部をかいた。

 このクラスメイトは警察志望らしく、習い事で合気道をやっているそうだ。接客兼監視に回ったクラスメイトは彼に簡単な指導を受けたのでちゃんと引きつければこの程度は対応できるだろう。


「寺川、ナイス引きつけ。よく本か──じゃなくて、こっちに目がいかなかったな」

「そ、それは、まぁ、な?」

「じゃなくて信じてたからでしょ?」

「そ、そんなんじゃなぇって」


 白守さんの言葉に反応して体温が上昇する。クラスメイト達は俺に暖かな目を向けてきた。

 客も面白いものを見るような視線で見てくる。


「そ、そんな目で俺を見るなぁ!」

「もう、正直じゃないんだから」


 白守さんが腰を軽く叩いてくる。夫婦漫才みたいなやり取りに向けられる視線がさらに暖かくなるのを感じた。


 ***


 騒動があったがそれ以降は目立ったトラブルも発生せずに俺達のシフトの時間が終わった。

 心身的な疲れを引きずり、教室の外に出る。


「寺川君、お疲れ様」

「本当だよ……」

「カッコ良かったんだから胸張って。ね?」


 恥ずかしいので白守さんの言葉には反応せずに人混みを避けて歩く。

 ちょうど昼ご飯時なので中庭や飲食系の出し物に人が集中しているのか予想よりも歩きやすい。


「今日はどこ行こっか?」

「もう帰りたい」

「そんなこと言わないの! 押谷先輩達の演劇、まだ見れてないんだから」

「そう、だったな」


 大きく息を吐き、小さく「腹減った……」と呟く。それを白守さんは聞き逃さなかった。


「じゃあ、あそこ言ってみる?」


 白守さんが指さした先には少し行列ができている喫茶店──の出し物をしている教室があった。

 クラス札のところには『ジャズ喫茶ちんどん屋』と書かれた看板が下がっている。


「そうだな、何でもいいからお腹に入れたい」

「じゃあ、決まり!」


 そう言って白守さんは疲れている俺の腕を引っ張り、行列の最後尾に向かう。

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