第54話 ドタバタな幕引き
クラスメイト達のピンチに駆け付けた俺達が見たのは文字通り戦場のような光景であった。
各所に飾られた小さなおばあちゃんを撮りに来た女子生徒、純粋にお菓子を買いに来た生徒。そしてイートインコーナーにたむろする生徒。
結果的にそれぞれが互いを邪魔しあって少々状況がよろしくなかった。
なんとか白守さんの指示や、生徒会への応援要請で落ち着いたがこれが明日にも起こるとなると大変だ。
早急に対応を考えなくてはならない。
それはそれとして俺の目の前で見覚えのある先輩が商品を物色していた。確か──
「えっとナンバ先輩でしたっけ? もう大丈夫なんで帰っても──」
「乱場よ。失礼な後輩ね──って高荒さんのお気に入りの1人じゃない」
んなわけないだろ。どちらかというと嫌われてる方だ。とツッコミたいが疲れたので無視しよう。
「いいじゃない。ワタシも生徒の1人よ。楽しむ権利はあるはずよ?」
「ま、そっすね」
確かにそうだな。それに事態を収拾してくれたことには変わりないので適当に対応するのもまずいか。
1日目終了まであと数十分、妙にゆっくりと感じるこの時間を時計を見ながら過ごしていると乱場先輩が選んだお菓子を俺に手渡してきた。
「会計ですね」
「当たり前よ」
「こちら温めますか」
「そうね──って何言ってんのよ! 何も温めるものなんてないわよ!」
この先輩、思った以上に面白いかもしれない……。高荒先輩と険悪な雰囲気なのでちょっと取っつきにくい感じではあったがそのイメージが崩れそうになった。
「合計480円ですって」
「500円でいいかしら?」
「はーい。お釣りの50円です」
「じゃあ、450円じゃない!! なんで30円多く言ったのよ!?」
先輩のツッコミに吹き出しそうになるがそれを必死に抑えながら深く頭を下げる。
そしてある程度、笑いの波が引いてから頭を上げた。
「生徒会長おかえりでーす!!」
『ありあっとございましたぁー!!』
俺の声に反応してクラスメイト達が揃って大声を上げる。うちのクラスメイトって思った以上にノリのいい奴らだったのか?
「なによ、このノリ! 逆に失礼じゃないかしら?!」
「これは俺も予想外っす」
戸惑う乱場先輩に意図したものではないことをそれとなく伝える。
すると少し席を外してた白守さんが戻ってきた。
「乱場先輩! さっきはありがとうございました。何かありました?」
乱場先輩の様子を見て何か感じ取ったのか白守さんが心配そうな表情で尋ねる。
俺は思い出し笑いを堪えながら白守さんから顔をそむけた。
「いえ、いいのよ。結束力のあるクラスメイトで羨ましいわ」
「本当にそうですね。私の事情もちゃんと考慮して気遣ってくれますし」
するとクラスメイト達はあからさまににやけ顔になり、機嫌のいい雰囲気が教室内へと広がる。
ちょっとここまでくると気持ち悪いぞクラスメイト共。なんて考えていると鋭い視線がいくつか俺を刺した。
「事情とは──いえ、聞かない方が良さそうね。どうか大切になさい」
「はい!」
元気と笑顔いっぱいで返事をする白守さんに乱場先輩はご満悦のようだ。
そして俺を軽く睨む。
「それに比べて後輩君ったら……」
「寺川君がなにか?」
「さっき、私の買ったものを温めようとしたり、嘘の会計を言ってきたりしたのよ!」
「昭和レトロですからね!」
それっぽく言い訳すると乱場先輩の視線がきつくなる。
白守さんは少し頬を膨らませてこっちを見てきた。
「どういうこと?」
「いや、先輩の反応が面白くてつい……」
「先輩だよ? 生徒会長だよ?」
「わーってるって」
手振りで白守さんに落ち着くように促す。その様子を見ていた乱場先輩は小さく吹き出した。
そして暖かな目でこちらを見つめる。
「お似合いね。まるでワタシとゆー君みたい」
「いや、それは違うかと」
「すみません。私もちょっと違うような気がします」
珍しく白守さんから否定的な意見が出たな。いつもなら苦笑いするくらいだろうに。
「じょ、冗談よね?」
「いやぁ、押谷先輩には高荒先輩でしょ」
「だねぇ~」
俺達の言葉が本心だと分かると乱場先輩の顔が一瞬、丸められた紙みたいになった。
「あの、女狐……」
「いや、高荒先輩はどちらかと言うとサイですって」
「その心は?」
「え? ん~っと愚直でパワー系?」
実際はそんなに力はないだろうけど。実際、高荒先輩は押谷先輩のために色々なことをやっているような気がするし。
やっぱり高荒先輩は──
「でも高荒先輩はなんだかんだ優しいよね。なんだかんだ私達のこと気遣ってくれるし」
思考を遮るように白守さんのフォローが入ってくる。確かに白守さんの言う通りだ。
クラス委員をきっかけで知り合った仲だが高荒先輩の親切さには助けられている。いい加減、叩くのは止めて欲しいけど。
「ワタシは生徒会長よ? 成績も優秀だし、運動はそこそこだけど料理はできるわ!」
何対抗してるんだか、とは思うがそれほど乱場先輩も真剣なのだろうな。
「本当に好きなら高荒先輩の先に行けばいいんじゃないんですかね?」
「寺川君?」
「ってなんでアナタが!?」
適当なアドバイスをすると今度こそ白守さんが苦笑いを浮かべる。対する乱場先輩は顔を真っ赤にして動揺した。
あれで隠し通せるとでも思っていたのだろうか。
「いや、あそこまで押谷先輩にこだわってるのって……ねぇ?」
「高荒先輩と仲が悪い理由も説明つきますし」
煽る気持ちをかなり抑えて白守さんに話を振ると白守さんは真面目に答える。
それを受けて乱場先輩はスッと表情を引き締めた。
「でもそれもそうね。ちょうど後夜祭もあるし……」
乱場先輩は顎に手を当てて何やら呟き始めた。ものの数秒の思考がまとまったのか覚悟の決まった顔を上げる。
「ありがとう。もう1日目が終わっちゃうけど文化祭楽しんでね」
「はい」
「あ、ありがとうございました」
突風のような速度で教室から出て行った乱場先輩。その背中を見送ってから店番に戻る。
「寺川君の言ってた意味分かったかも」
「ん? なにがだ?」
「乱場先輩が面白いって言ってたじゃん」
「あー、だろ?」
口元に手を当てて悪戯っぽく笑う白守さんに少しドキッとするが何とかそれを抑え込んだ。
乱場先輩自体は世間で言うところの『スペックの高い女子』と呼ばれる部類に入るのだろう。だがそれとこれとは別、のような気がする。
まぁ、乱場先輩が何を考えているかは分からないが、何か行動を起こすような気がしてきた。
白守さんと笑い合っていると校内放送が入る。
『生徒の皆さんにお知らせします。七曜祭1日目はこれで終了いたします。お疲れ様でした。2日目も良い出し物ができるようにしましょう』
もうそんな時間か。放送を聞いてからイートインで食べていた生徒達はのそのそと教室から出て行った。
とりあえずは1日目が終了、課題は残ってるものの大方、成功といっても差し支えないだろう。
「白守さんお疲れ様」
「うん。寺川君もお疲れ様。そして──」
そう言って白守さんはぞろぞろと教室に集まってきているクラスメイト達の方を見つめた。
「皆もお疲れ様!」
「委員長もなー!」
「おう!」
「白守さんもー!」
教室の所々から返事やサムズアップが返ってくる。
やはり白守さんの人望はすごいものだ。俺は少し離れた位置に移動して小さく拍手をする。
すると横からクラスメイトの男子が肩を叩く。
「寺川もだよ。お疲れ」
「いや、俺はそんな」
「謙遜すんなって!」
次には俺の頭をガシガシと撫でてくる。あまりの力強さに視界が揺れる。
乱された髪の毛を手櫛で戻しているとクラスメイトはさらに続けた。
「お前がいたから白守さんがこうして力が発揮できてると思うぞ。じゃ、これで」
これでって何だよ。これから簡易的な帰りのSHRだから
クラスの喧騒に混じったクラスメイトに内心でツッコむと自分の口の端が上がっていることに気付いた。
「悪くないな」
みんながお互いの苦労をたたえ合う教室で小さく、呟いてしまった。
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