第53話 中庭ランチタイム

 中庭に出ると昼時ということもあってにぎわっていた。ソースの焦げた香りやクレープ生地の甘い香り、日本人の心をくすぐる甘辛な香りが混ざり、普段とは違う雰囲気をかもし出している。

 石で作られた椅子は普段は使われていないのだが全部満席だ。

 3つの屋台からはそこそこの長さの行列ができており、今か今かと待っている生徒と忙しく動き回る生徒が入り混じっている。

 明日の昼時の行列を想定してなのか3つの店は一定の距離が保たれていた。

 屋台は焼きそば、クレープに牛丼のラインナップ。牛丼はさておき、2つはお祭りではお馴染みのものだ。まぁ、お祭りなんて小学生以来だが。

 文化祭のパンフレットには2日目にもう1店舗出店すると書かれているが詳細については書かれていなかった。


「白守さんは何食べる?」

「ん~」


 道行く人の邪魔にならない場所を取り、白守さんに聞くと指を顎に当てて可愛らしく考え始める。

 その目は焼きそばの屋台とクレープの屋台を行き来していた。


「焼きそばもクレープも食べたいなら両方食べればいいんじゃないか?」

「お菓子食べたし、さっきポップコーンも食べたから、その……」


 少し落ち込んだ様子でうつむく白守さん。恐らく両方食べたいけど食べきれない心配をしているのだろう。

 かくいう俺もいつもよりは入らない。


「なら俺は焼きそば買ってくるよ。そんでシェアしよう」

「ありがとう。少しだけ、もらうね」


 苦笑と嬉しさが混ざったような笑顔で白守さんは笑う。半分でもいいのに、と思ったのだがそれだけお腹いっぱいってことだろうか。

 なんとなくだが白守さんの姿勢がいつもより悪いような気がするし。腹を壊したわけでもなさそうだが。

 浮かんだ疑問に1度だけ首をひねって焼きそばの行列に向かう。

 ちょうど鉄板で焼いていた焼きそばが出来たのか、思ったよりもはやい速度で列が進んだ。近付いていくのつれ、濃厚なソースの香りが備考をくすぐる。

 そんなにお腹が減っていないはずなのによだれが出てきそうだ。

 確かこのクラスはお隣の1年3組だっけか。店名は──っとわざわざ思い出さなくても良さそうだ。


「ご注文は?」


 燃えるような字で『風林火山』と書かれている真っ赤なTシャツを着た生徒がメモを片手に聞いてくる。どうやら並んでいる人から事前に注文を取る形式にしているようだ。


「焼きそば1つで」

「かしこまりましたぁ!」


 威勢の良い声を出してすかさず俺の後ろに並んでいる生徒に同じように質問をする。あのさ、メモ使って無くないか? 注文さえ間違えなければいいんだけどさ。

 まぁ、このクラスの出し物は焼きそばとラムネだからな。メモする必要はあまりないのだろう。

 もうしばらく待つと列が進み、俺の番が来た。


「えっと注文は──焼きそばですよね?」

「あ、すみません。ラムネ2本も貰って良いですか?」


 並んでいるうちに飲み物の存在を忘れていたことに気付いたが、再度注文を取りに来てるわけもなく……。

 心底申し訳ない気持ちになる。


「はーい。じゃあ、合計、1000円です」

「じゃあ、これで」

「ちょうどお預かりしまーす」


 財布から1000円札を出すと慣れた手つきでケースへしまう。財布をポケットに入れたタイミングで他の生徒が俺の注文した物が入ったビニール袋を手渡してくれた。

 後がつかえないようにさっさと抜けて白守さんの元へ戻る。


「ごめんお待たせ」

「ううん。大丈夫だよ」


 ラムネが揺れないように気を付けつつ白守さんへ駆け寄る。まずはラムネを手渡した。


「ラムネとか懐かしいなぁ~」

「だな、ビー玉欲しくてよく買ってもらったな」


 いくつか無くしたが生き残りは幼少時代の宝箱クッキー缶に入っているだろう。

 昔の記憶を掘り起こしているとふとあることを思い出す。


「そういえば白守さん炭酸苦手じゃなかったっけ? 嫌だったら両方飲むよ」

「ちょっと苦手なだけかな。でもなんで?」

「その、最初に俺が炭酸飲料を白守さんの机に置いた時、少し苦手そうな感じしてたから」

「よく見てくれてるね」


 思わず黙ってしまった。肯定も否定も出来ない。隣なのでNOとは言えない。かといってYESと言えばそれはそれでストーカーのような感じもするし……。


「ありがとね」

「お、おう……それより、座る場所探さなくちゃな」


 誤魔化すために辺りを見渡すとちょうど昇降口の前の段差の端に座っていた生徒が立ち上がった。

 一番近くにいるのは俺達だったので急がなくても場所を取ることが出来そうだ。


「ほら、ちょっと行儀悪いかもけどそこにしよう」

「うん」


 白守さんのどこか恥ずかしそうな様子に気付かないふりをしながら腰を下ろす。

 袋から焼きそばの入ったパックと割り箸を──


「あ」

「どうしたの?」


 俺の間の抜けた声に白守さんがすかさず反応する。自分のふがいなさに少し顔をゆがめた。


「いや、割り箸1膳しか貰ってないや……」

「私は気にしないよ?」

「え?」


 いや、白守さんが良くても俺が──ってそういうのって普通逆では? なんて思いながらも思考は負荷のかかったパソコンのように重くなっていった。

 待て待て普通に他の人も見てる中、か、かか関節キ──


「今日くらいちょっと──みたいに過ごしても……」


 脳みそが沸騰しそうになった瞬間、白守さんの声が現実へと引き戻す。


「えっと今なんて?」

「ううん、何でもないよ。寺川君が食べないなら先に貰っちゃうね」


 白守さんは半ば無理矢理、俺の手から割り箸を取ると気持ちのいい音を立てて割り箸を割った。そしてパックを開けてそこから少なめに麺を割り箸でつかみ、口に運ぶ。


「美味しい!」


 少量で分かるのか? なんて思いながらも白守さんがおいしそうに咀嚼する姿を見ると美味しそうに感じる。

 でも橋は白守さんが使っちゃてるし、なんて考えていると白守さんは先程よりも多めに麺を割り箸でつかんだ。

 美味しくて2口目は豪快にいくつもりか? とその様子を見ていると白守さんはつかんでいる麺を俺の口元へと運ぶ。


「はい。あーん」

「え今? ここで?」


 戸惑いの声を上げるも白守さんはお構いなく焼きそばを食べさせようとしてくる。


「嫌だ?」

「そういうわけじゃなくてだな……」


 悲しそうな顔をし始める白守さんに慌てていい訳の言葉を探す。

 それよりもどこからか刺すような視線というか生暖かい視線というか……見られているような気がして落ち着かない。

 たまにこうやって食べさせてもらったりしてるし、こうしている間にも他の人に見られる確率も増えてしまう。

 なんとか口実を作り出して口元で揺れる麺をほおばる。


「う、うんま!」

「でしょ?」


 思わず出てしまった声を聞いて白守さんがパッと明るくなった。

 特に素材は普通のものを使っているように見えるのにこんなにも違うものなのか。

 さっきまでとは違う速度で俺達は割り箸を交代で使いながら焼きそばをつついた。


 ***


「いやぁ、美味しかったな」

「うん。ちょっと食べすぎちゃったかも」


 そう言いながら白守さんはどこか不安そうに視線を下に向ける。

 美味しかったんだし、いいんじゃないか? 何を気にしてるんだろうか……。ま、いっか。


「さて次は──」


 押谷先輩達の劇にでも行こうかと提案しようとすると俺と白守さんのスマホが少しずれたタイミングで渋い声の通知音を鳴らす。

 白守さんと何事かと顔を見合わせてから各々スマホを確認した。


『白守さんと寺川、客が増えてきたから早いけど手を貸してくれ』


 クラスメイトがメンション? で緊急事態を告げる。

 押谷先輩の晴れ舞台を見れないのは残念だがクラスのピンチだ。副委員長としては放っておけないな。

 スマホから顔を上げて白守さんと頷き合うと急いで自分のクラスへと戻った。

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