第52話 お前だったのか

 占いを終えホクホク笑顔な白守さんと並んで歩く。

 しかし占いの通りであれば俺も嬉しい。『願ったりかなったりだ、ひゃっほい』レベルである。

 『当たるも八卦当たらぬも八卦』という言葉もあるので鵜呑みにしてはならない。

 勝ってもないが心の中で兜の緒を締めて緩みそうな顔もしっかりと固定する。


「白守さん、次はどこに行く?」

「映画みたいなぁって」

「映画かぁ……」


 高校生の作るやつだろ? ちょっと怖いな……。クオリティ的な意味で。

 文化祭の出し物の予算は自分達で出さないといけないので制作費は生徒で出し合わないといけない。学生が出せる値段なんてたかが知れている。その点を考えるとクオリティに不安があるのだが……。


「ほら、あれあれ!」

「あ~……」


 白守さんが指をさした先には『2-4』と書かれたクラスプレートの代わりに『GON The MOVIE』と書かれた画用紙が下げられていた。

 その下にはそれっぽい服装をした男子の先輩が待機している。

 嫌な予感が高まっている俺をよそに白守さんは俺の手を引き、先輩の前に行く。


「いらっしゃいませ。もう少しで上映です。観ますか?」

「はい! 生徒2人で!」

「おい! まだ──」


 俺の制止の声もまともに聞かず、白守さんは自分の財布から1000円札を取り出し俺に渡す。視聴料が1人500円なのでちょうどだ。

 もしかしなくても渡せという意味だ。仕方ない、ここまで来たら付き合うか。

 意を決して息を吐いて先輩に1000円札を渡す。


「では200円のお釣りです」

「え? 2人で1000円じゃないんですか?」

「カップル割りですが?」


 数秒、音もなく固まってしまった。それに対して先輩も訳が分からず固まっている。


「ほら、入ろう!」


 間を壊したのは白守さん。固まる俺の手を引き、扉を開けようとした。


「待ってください! 映画と一緒に──」

「できたてのポップコーンはいかが?」


 裏声が聞こえたと思うといきなり大きな猫の被り物をした先輩がポップコーン片手に現れた。受付の先輩の横に並ぶとニッコリと笑いながらポップコーンを横に掲げながら首を左右に揺らす。


「えー……」


 真っ先に出たのがこの声だ。白守さんも少し驚いた表情をしていたが楽しそうに笑顔を浮かべる。


「食べます!」

「え~……」


 白守さんのセリフに俺はさらに先程と似た声を上げてしまった。


 ***


 ポップコーンを1つずつつまみながら楽しそうに待機する白守さん対して疲れた表情で何も映っていないスクリーンを眺める。

 ここには変なネタが仕込まれてなくて良かった。映画までもう少し時間があるようだし、落ち着こう。


「寺川君も食べる?」

「ん~貰うかぁ……」


 返事をして白守さんの持っているポップコーンに手を伸ばすと白守さんが入れ物をスッと引く。

 なぜ? と思っていると白守さんがポップコーンを1つつまみ俺の口元に運ぶ。

 いや、俺達以外にも人いるし……。ってか隣の人めっちゃ見てるから!

 恥ずかしいので白守さんの手からポップコーンを取ろうとするが渡してくれるわけもなく……。俺の気持ちも知らずに白守さんは悪戯っぽく笑う。

 観念して口を開けると白守さんは素直にポップコーンを口に入れてくれる。ある種の緊張でポップコーンが甘いのかしょっぱいのかよく分からなかった。

 するといきなり、クイズのはずれのような音が連続で聞こえて来る。音のする方を見ると表と裏に『〇』と『×』が書かれた電池式のに棒を一生懸命連打する先輩がいた。

 もっとマシな方法があっただろうに……。

 呆れながらもスクリーンに注目すると安っぽいBGMが流れ始めて少しすると『GON The MOVIE』と楷書体で書かれた文字が浮かび上がる。


『これは、私が小さいときに──』


 どこかで聞いた──いや、読んだことのあるフレーズから物語は始まった。歩くようなテンポでナレーションと主人公らしきボロボロな服(着物)を着た男が出てくる。

 しかし映像の所々から違和感を覚え始め、それは段々と大きくなっていく。

 なんというか思った以上には映像はいいのだ。学生レベルの演技には目をつぶるとして、だ。


『男の名はゴノレゴさんじゅうななさい。殺し屋である。彼の打った弾丸は確実に標的ターゲットを仕留める──』


 いきなり、よく分からない人物が出てきた。

 状況を説明すると主人公らしき男が川で獲った魚を家に持ち帰ろうとしている時に急にゴノレゴが出てきたのだ。

 顎の先まで伸びた太いもみあげに太い眉。着ているのはスーツ、持っているのはスナイパーライフルと世界観ブチ壊しである。

 ゴノレゴの覗いているスコープの先には主人公。

 どうなるのかと気になり始めると主人公はいきなり棒を持ち、地面に何か──計算式を書き始めた。


『男の──兵十は自分に流れる天才数学者の血に気付き覚醒したのです』


 さらなる急展開で激しく振り回されたような気分になった。意味が分からない。天才数学者って誰だよ?!

 まるで先の見えないジェットコースターに乗せられているようだ。

 それからも空飛ぶ宇宙人のお野菜星人が出てきたり、とんでもなく可愛らしい地獄の魔獣が出てきたりと深夜テンションで書いたような展開に考えるのをやめてしまった。


『刺客を振り切り、帰ってきた兵十を待っていたのは1匹の狐──』


 画面には主人公改め、兵十の家の前にマッチョ(スーツを着た)なキツネ(の被り物をした)人? が立っていた。


『遅かったじゃないか兵十。帰ってこないかと思ったぜ』

『まさか今までの刺客を送ったのは──』


 驚きの表情で数秒固まる兵十、心なしかニヤリと笑っているように見えるキツネ?

 両者の中に緊張感が渦巻いているのだろうが心底どうでもよくなっていた。とにかく早く終わってくれと願うばかり。


『──ゴン、お前だったのか』

『END』


 唐突に終わり、教室の電気が点けられる。

 特に何も言わずに帰っていく他の客。ほとんどが外に出たであろうタイミングで喉で押し留めた気持ちが口までせりあがってきた。


「なんじゃこりゃあああああ!!」


 恥も外聞も捨てた叫びに白守さんは驚いてしまうがすぐに苦笑いを浮かべる。


「確かに途中からすごかったね。でも私は楽しかったよ」

「俺は途中からもう考えるのをやめちゃったぞ。よく観れたな……」


 肩で息をしながら白守さんの懐の広さに感心していると白守さんは優しい目で俺を見つめる。

 そしてさりげなく俺の手を取った。


「それはね、寺川君と観たからかな」


 白守さんの温かい声に、白守さんの美しい顔に目も心も掴まれてしまった。

 そんなことにも気付かずに白守さんはさらに続ける。


「内容はアレだったけど私は多分、一生この記憶ことを忘れないと思う」


 白守さんは付け足すように「寺川君は?」と優しい笑顔で言う。

 普段ならちゃんと動く思考回路が大きい負荷を受けたかのように動かない。


「俺も──俺も忘れない。未来は分からないかもしれないけど、なんとなくそんな気がする」

「そっか」


 正直、自分で何を言ったのか分からなかった。でもその答えに白守さんは小さく笑った。

 この笑顔も忘れることもない。そんな根拠のない自信も湧いてくる。


「ほら、次行こうよ!」

「あ、ああ」


 忘れ物が無いかしっかり確認して上映会場である教室を出た。

 教室の外も同じ室内なのに成せ課眩しく感じる。


「次はどうしよっか?」

「そうだな次は──」


 『お化け屋敷にでも』と言おうとした口をとめたのは俺の腹の虫。

 なんとも恥ずかしい限りである。そういえばもう昼ご飯を食べるにはいい時間ではあった。

 でも、さタイミングってもんがあっただろ、俺。最初にお菓子食べてたのに恥ずかしい……。マジで恥ずかしい……。


「寺川君かわいっ。お昼にしよっか」

「く~~~~~っ」


 やかんみたいな声を上げながら白守さんの提案に首を縦に振った。

 そうして俺達は比較的、飲食物を取り扱っている出し物が多い中庭を目指す。

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