第50話 七曜祭開幕

 文化祭当日。

 我が校の文化祭は付近の他校と同じく2日間行われる。1日目は生徒と先生のみで楽しみ、問題点や改善点を見つけて次の日──2日目の一般公開に活かす。といった形だ。

 うちのクラスの教室はもうセッティングが済み、廊下に2列で並んだクラスメイト達はクラスTシャツならぬクラス和服(安っぽい甚平みたいなもの)に身を包み、文化祭の開始を今か今かと待っている。

 文化祭の開始は今から始まる開催式を終えて30分ほど後。調理系の出し物をするクラスの準備も配慮してこの時間だそうだ。


「寺川君、楽しみだね!」

「そう、だな」


 白守さんの声掛けにぼんやりと答える。これは祭りの熱気なのか胸をあぶるような緊張感のせいか。

 ちなみに後夜祭の件は抗議しても取り合ってもらえなかった。理由としては俺が話し合いに参加しなかったことと白守さんが行ってみたいと言ったからだそうだ。それなら女子と行けばいいのでは? と思うのだが女子だけだと変な奴に絡まれた時の対処が面倒だとかなんとか。


「もしかして後夜祭の件、怒ってる?」


 下から覗き込むように白守さんが心配そうな顔を向けてくる。

 別にそうではないと伝えようと顔を向けようとすると白守さんのぬなもとに目が行ってしまった。和服だからこその防御の弱いところ。安物だからなのか油断をするとすぐに胸元が緩くなってしまう。

 咄嗟に目をそむけてしまったからか白守さんの不安そうな声が聞こえたような気がした。


「別に。話し合いに参加しなかった俺が悪いし、白守さんが行きたいっていうなら……。それに俺も」


 白守さんと行きたかった、と言い切ることができなかった。しかし白守さんはどこか嬉しそうに小さく笑う。


「何がおかしいんだ? あと胸元には気をつけろよ?」

「なんでもないよ。これは寺川君だから──」

「じゃあ、行くぞ」


 白守さんが何か言おうとしたのを遮るように先生が大きく手を上げ、大きな声で生徒に呼びかける。

 待ってましたかと言わんばかりの勢いでみんなが前を向き、先生の先導によって移動を開始した。


「ごめん、白守さん今なんて言おうとしたの?」


 移動しながら横を歩く白守さんに聞くがちょっと恥ずかしそうに笑い、答えてくれない。

 代わりに俺のクラス和服の裾を軽く掴まれただけだった。


 ***


 体育館は夏休みの全校集会以上に盛り上がっていた。いつものように体育座りで待機させられている他の生徒からは活気のようなものが感じらる。

 普段は点灯している電気も消えており、普段とは違う雰囲気が文化祭への期待を高めているように見えた。

 かくいう俺も人生初めての文化祭に心が躍っている。入学した時のままだったらこうして胸を躍らせることもなかっただろう。


「白守さん、ありがとう」


 思わず何の前触れもなく白守さんへの感謝の気持ちがあふれ出してしまった。


「え? えっと、どういたしまして?」


 あまりにも唐突だったせいで白守さんは訳も分からずそう返してくるだけだった。しかし、少しすると膝の上に置いていた手に白守さんが手を重ねてくる。その手は少しひんやりしていて気持ちいい。

「私も、ありがとね」


 暗くてあまり見えなかったが、目を細めながら優しい笑顔を向けられていたような気がした。

 白守さんの吸い込まれそうになるほど綺麗な瞳に目を奪われていると不意に大きな音がする。

 身体を跳ねさせるように前──ステージの方を向くと休み時間にクラスメイトがよく流している音楽が大音量で流れ、ステージ袖から生徒がそれぞれの所属のクラスTシャツを着た5人の生徒が走り出て踊り始めた。

 俺が呆気に取られている中、他の生徒は指笛を吹いたり、音楽に合わせて手拍子を始める。

 あっという間にも感じたダンスタイムは終わり、肩で息をしながら真ん中の生徒がマイクを手に取った。


『どうも文化祭事項委員会です! え~っともういいや! みんな盛り上がってるかーーーーー!!』


 そう言ってマイクをこちら側に向けてるとこの場にいるほぼ全員の生徒が飛び跳ねるように立ち上がり、歓声を上げる。

 このままだとステージの上が見えないので仕方なく立ち上がった。

 隣の白守さんはどこか楽しそうに微笑みながらまだ座っていた。


「白守さん」


 こちらを向いた白守さんに手を伸ばす。白守さんはさらに楽しそうに笑うと俺の伸ばした手を取り、立ち上がった。

 ステージの実行委員会が歓声に押されるように後ろに下がり、ニヤリと笑う。


『初参加の1年生! 2回目の2年生! 今年最後の文化祭になる3年生! 関係なく最高の文化祭を作り出そうぜ!!』


 学校中が震えるような歓声を合図に第47回となる七曜祭が開催される。

 そんな状態でも白守さんの手は俺の手を握り続けていた。


 ***


 熱も冷めやらぬまま教室に戻った生徒おれ達は教室もちばで最終確認していた。

 駄菓子の搬入漏れもない。ストックの保管場所の環境も問題なし。ディスプレイも少し予定と違うが不具合はない。

 最初のシフトのメンバーがカウンター内を落ち着きなく動き回る。

 すると校内のスピーカーからザーっという音が鳴った。それに反応して教室の全員がスピーカーに目をやる。


『現在、9時半になりました。これより第47回七曜祭を開始します!』


 所々から拍手と歓声と我先にと教室の扉を開ける音が聞こえる。

 その様子を見て胸の早鐘を抑えながら口元をほころばさせた。

 俺がすぐにその場から動かなかったのは白守さんの事情を考慮してだ。こんな状況だ、意図せずに白守さんとぶつかってしまうかもしれないと思うと待つ方が安全。

 シフト以外のクラスメイトが出ていき、他のクラスの生徒が入り始めたのを見計らい、隣を見る。


「白守さんそろそろ──」

「これくださいな!」


 さっきまで隣にいた白守さんは早速、我がクラスの駄菓子屋を利用していた。

 甘いお菓子からしょっぱいお菓子をニコニコしながら袋いっぱいに詰めて貰いご満悦の様子の白守さん。


「回るかそれとも早速食べるか?」

「食べたい!」

「そうか。じゃあ、奥の畳のスペースで食おう。俺も適当に買うから待ってて」

「は~い」


 白守さんは返事をするとすぐに上履きを脱いで畳の上に座る。

 その様子に小さく笑いながら我がクラスのディスプレイ棚に注目した。

 古めかしい感じのデザインだが丈夫に作ってある。そして予定と違かったのは所々に立てられた小さなおばあちゃんだ。

 厳密には美術部が遊びで余った木材で作り始めたものをくっ付けた物である。最初は『木目がおばあちゃんの顔に見えたから』といった理由だった。その時は棚作りも終盤で手持無沙汰な生徒も多かったせいかみんながこぞっておばあちゃんを作り始めたのだ。

 結果、小さなおばあちゃんがディスプレイ棚の所々に居座っている。小さく笑い、適当に懐かしいお菓子を何点か手に取った。


「んじゃ、これで」


 俺から商品を受け取ったクラスメイトがそろばんをパチパチと鳴らし計算する。ここは白守さんのこだわった点だ。

 その為にうちのクラスメイトはそろばんを猛練習したのだ。もちろん、俺も例に漏れずやらされた。


「370円」

「ありがとな」


 財布からお金を取り出し、ちょうどの金額を手渡す。するとクラスメイトは意味深にウインクをしてきた。

 意図が分からず首をかしげながら白守さんの待つ畳へと向かう。


「寺川君おそーい」

「ごめんって。でも3分くらいしか経ってないぞ?」

「それでも遅いの!」


 ソワソワとした様子の白守さんに思わず笑みがこぼれる。


「寺川君、酷い! 馬鹿にした~!」

「そういう意味笑ったんじゃないって」

「じゃあ、なに?」

「白守さんが可愛いなって」


 耳を真っ赤にして黙り込んで俯いてしまう。数秒した後に、首を小刻みに何度か振り、復帰してきた。

 何か抗議しようと開かれた口はパクパクと開閉するだけで何も言葉を発していない。

 ちょっとした嗜虐心が俺の手を動かし、袋から小指の第2関節ほどまでの長さのカルパスを取り出し、それを白守さんの口に放り込む。

 驚きの声を上げようとした口はカルパスによって塞がれ白守さんは驚きの表情を浮かべた。


「美味しいこれ!」

「だろ? 白守さんは何を買ったんだ?」

「私はね──」


 こうして俺達は文化祭の最初を自分のクラスで過ごす。

 一部視線が生暖かったがそれは気にならなかった。白守さんと過ごす初めての文化祭というイベントの前ではそれは些事に過ぎない。

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