第48話 ライバル登場!?

「夏休みの宿題くらいでうるさいのよ、あのハゲ」


 夏休み明け一発目の昼休み、いつもの踊り場で高荒先輩が髪の毛を逆立てるような勢いで声を上げる。

 ナチュラルホーム以来なのでけっこう久しぶりに高荒先輩の元気な声が聞けてホッとする俺がいた。


「まぁまぁ、夏休みの宿題をやらなかったタカーラが悪かったんだし」

「やったわよ! 忘れただけ」


 それはやってない人のいい訳では? なんて言ったら痛い目合いそうなので黙って昼飯でも食ってよう。

 ふと隣の白守さんに目を向けるとニコニコしながら昼食を食べていた。似たような心境なのか白守さんも同じ考えのようだ。


「寺川。なんで夏休みの宿題ちゃんとやったのよ?」

「それは暇だから、ですかね?」


 それ以外理由はない。毎日多忙なら俺だってやらない。あんなもの。

 やる必要ない訳だし。


「アタシは寺川と違って受験勉強で忙しいの!」

「それだと白守さんも家の手伝いとかあったんで同じくらい忙しかった思いますよ」


 巻き込まれたので勢いで白守さんを巻き込んでみる。すると白守さんは口の中のものを飲み込む動作をしてから考えるしぐさをした。


「そう、ですね。お盆とか特に大変でした。でも宿題はちゃんと提出しました」

「タカーラ、諦めよう」


 押谷先輩が高荒先輩の肩を軽く叩いて首を振る。噴火した火山のように高荒先輩は大きな声を吐き出して落ち込む。

 それを白守さんと苦笑いを浮かべながら見守る。こういう時は下手に突かない方がいい。触らぬなんとやらにたたりなしだ。


「そういえば寺川達は文化祭の準備どうだい?」

「うちにクラスはディスプレイ用の棚を作ってる所っすね」

「クラスのみんなが協力的で順調に進んでます」


 俺と白守さんの報告を聞くと押谷先輩は感慨深そうに目を閉じ、首をゆっくり盾に振った。


「そういう先輩達はどうなんですか?」

「ボクらかい?」


 同じ質問を押谷先輩にすると落ち込んでいた高荒先輩が勢いよく顔を上げる。


「アタシらのクラスは劇で演目は白雪姫よ! ゆーは主役」

「声だけだけどね」


 押谷先輩はそう補足すると恥ずかしそうに頬をかく。声だけ?


「白雪姫の王子って普通に人間ですよね? なんで声だけ押谷先輩が演じるんですか?」


 質問をすると白守さんはのめり込むような視線でウンウンと首を振る。

 普通に王子役の人にセリフを言わせればいいのに。


「それは事情があってね」

「事情ですか」


 ピンとこない様子の白守さんに得意げな顔をして高荒先輩がほとんどない胸を張る。やべ、なんか睨まれた。


「主役の奴、顔はいいだけど声がひっどいのよ。まるで外国の蛙みたいなね」

「タカーラ」


 高荒先輩の発言を咎めるように押谷先輩が強めに言うと高荒先輩は申し訳なさそうにまた落ち込む。

 まぁ、これは高荒先輩が悪い。


「タカーラはああは言うけど。いい奴なんだ。それに七曜大賞狙ってるからね」


 しちよー? ああ、そう言えば柏藤うちの文化祭の名前は七曜祭だったな。

 どうやら昔は7日間やるほど大規模だったようだがカリキュラムの関係でそこら辺の学校と同じく2日間の開催になったってクラスの誰かが言っていた。

 文化祭の一番優れた出し物に与えられるのが押谷先輩の言っていた『七曜大賞』である。ほぼ3年生のためにあるようなもので商品も出ないそうなのでそこまで頑張る必要はあまりないのだが。

「賞、取れるといいですね!」

「ありがとう白守さん。寺川と一緒に見に来て送れよ」

「だって、一緒に行こうね」

「そうだな」


 先輩達にはお世話になってるからな。行かないとばちが当たりそうだ。

 俺達の返事に満足したのかまたもや高荒先輩が回復し、顔を上げる。


「何度も見なさい! ゆーの圧倒的な演技力に腰を抜かすといいわ!」


 当の王子様は最後の方にしか出てこないのだが、というツッコミはしない方がいいのだろう。

 押谷先輩が演技しているところを見たことないので気になるし細かいことは気にしないでおくか。


「寺川と白守さんのクラスは駄菓子屋だったよね」

「はい。昭和レトロをモチーフがテーマです」

「服装は少し安っぽい物になりそうですが」

「寺川馬鹿ね。そんなの雰囲気でいいのよ」

「痛っ」


 自嘲気味に笑うと高荒先輩が活を入れるように肩を何度か強く叩く。どのくらいの威力か分かっているはずなのに思わず痛みに顔を歪めてしまう。

 本人は深く考えていないかもしれないが俺と──衣装に一番力を入れたかった白守さんへの高荒先輩なりのエールなのかもしれない。


「ありがとうございます。『たまには』いいこと言いますね」

「はぁ? アタシはいつもいいこと言ってるんだけど? 失礼しちゃうわ」

「そうかい? ボクはいつも何も考えてないように見えたんだけど」

「ゆー!!」

「寺川君も先輩も失礼ですよ」

「み、美雪ぃ?!」


 白守さんの思わぬセリフに高荒先輩の声が裏返る。思わず笑ってしまい、それに釣られるようにこの場の全員が笑う。

 不意に白守さんが驚いた表情で階段の方に目をやる。何事かと俺も階段の方に目を向けた。


「ユー君、こんな所にいたのね」


 数秒後、なんとも高圧的な声の生徒──押谷先輩への言葉遣いと上履きのラインから3年生の先輩が上がってきた。


「げ、ランバ」

「あらあら、洗濯板の高荒さんじゃない。ワタシ胸が大きくて見えなかったわ」

「うっさいわね。ビン底眼鏡!」


 あの高荒先輩が分かりやすく嫌な顔をする。ランバ? どっかで聞いたことある名前だな。

 件の先輩は暗めのブラウンの髪、きちっとした服装。少々鋭めな目には大きな丸眼鏡をかけている。体型はややグラマラスで確かにその方面では高荒先輩に勝ち目は──


「いたたた! なんですか高荒先輩!!」

「なんかムカつく顔したからよ!」


 高荒先輩の強く握られた拳で頭を執拗にグリグリされる。抜け出そうにも思ったより力強く逃げることはできなかった。


「あらあら、後輩に八つ当たりなんてお里が知れるわね」

「いちいち何なのよ! 早く行きなさいよ!」

「嫌よ。ユー君に用があるんだから」


 野犬のように唸る高荒先輩を一瞥してランバ先輩は押谷先輩に顔を向ける。その顔が先程までは違い、どこか穏やかさを感じさせるものであった。


「どうしたんだい? 乱場さん」

「用件は?」


 ランバ先輩の要求をひらりとかわし、笑顔を向ける押谷先輩。その笑顔はいつも通りではあるがどこか業務的なものを感じさせる。


「釣れないわね。そこがまた──コホン。文化祭の器材の貸し出しの書類が出来たわ」

「ありがとう。別に放課後でも良かったんだけどね」

「それだとゆっくり話せないじゃない」

「…………」


 高荒先輩が鬼の形相でランバ先輩を睨みつけている。──いや、これは修羅だ。修羅がいる。

 内心で高荒先輩が落ち着くように祈るがそんなものが届くわけもなく、高荒先輩の表情が晴れることはない。


「見ての通り、ボクらは食事中なんだ。それに後輩も驚いているだろう? 今日はボクに免じて帰って欲しいな」

「ハァン! ──んんん。分かったわ」


 キリっとした表情でそう言い、ランバ先輩は階段の方へ足を向ける。一瞬、女子高校生がしちゃいけないような表情をしてたような気がするんだが……。

 何か思い出したかのように振り返り、真剣な表情を押谷先輩へと向ける。


「それと後夜祭を復活させたから是非参加してね。詳細は後日、先生から連絡されるわ」

「なに? あの奇祭が帰ってくるのか?」

「寺川君?!」

「何言ってのよ、後輩君」


 白守さんの可愛いツッコミに内心安堵する。先程まで白守さんはどうしたらいいか分からない様子で落ち着かないようでいた。

 ランバ先輩は高荒先輩に向けていたものと似た視線を俺に向け、そう言って階段を下りて行った。

 階段を下りる音が聞こえなくなるのを確認して大きく息を吐く。


「寺川君、の言ってたの何?」

「知らないのか白守さん。高野祭は江戸時代、辺境の村で行われていた奇祭で高野豆腐を両手に持って妙な動きをしながら櫓の周りを夜通し周り続けるってやつだろ?」

「そんなのないよ!」

「そうだったけか? じゃあ、気のせいだ」


 江戸時代ガチ勢そうな白守さんにこれ以上ツッコまれたら後戻りできなさそうなので適当に話を切る。

 んで、そもそもな話。ずっと俺が疑問に思ってることがあった。


「んで今の先輩誰?」

『え?』


 この場にいる俺以外の人間が同じ顔して同じ言葉を発した。

 あまりのことに訳も分からず固まっていると白守さんが俺の肩に手を置く。


「さっきのは乱場先輩。この学校の生徒会長だよ」


 白守さんに言われてやっと合点がいった。そうだ入学式の時、挨拶してたじゃん。あー、スッキリした。


「なーんであんな奴が生徒会長なんかに……」

「タカーラ。生徒会選挙で決まったことなんだから文句言わない」

「はいはい」


 悪態をつく高荒先輩を押谷先輩が宥める。さっきの会話の雰囲気からして何かしらの因縁があるようだ。

 高荒先輩の様子からしてあまり聞かない方が吉かもしれない。ちょっと気になるけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る