第47話 看病の報酬
胸の中にわいてきそうな邪念を振り払いながらも白守さんの手を取りながら廊下を歩く。
家の匂いはなんとなく懐かしい感じがする。いやいやいや、女子の家の匂いの感想なんてただの変態じゃないか。
何度か頭を振って頭の中に浮かんだ感想を払い飛ばした。
「寺川君、どうしたの?」
「あ、いや……急にごめん」
「ううん。なんか面白くって」
白守さんは小さく笑うと小さくせき込む。俺が変な事をしたばかりに。
ちゃんと白守さんを部屋まで連れて行かないと。
綺麗に磨かれた廊下を歩き、わきにある階段へと差し掛かった。ゆっくりと1段ずつ白守さんと歩く。
「もうそこまで気にしなくてもいいよ。うちなんだし」
「でもこういうところで落ちたら大変だろ?」
「そう、だね。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
すると白守さんは力強く俺の手を握り返す。
階段を登りきるとすぐ目の前と左に行って少し奥まったところに扉とふすまがあった。目の前の扉には何もなかったが奥の部屋のふすまの上には立派な楷書体で『美雪』と書かれた表札がくっついていた。まるで『鳳凰の間』みたいなノリで若干引いてしまう。
「白守さんの部屋は奥の方だね?」
「うん」
一応確認すると白守さんは首を縦に振る。
階段という試練を乗り越えたおかげかあとは楽だった。
「ちょっと待っててね」
「? ああ」
部屋の前に着くと白守さんは素早くふすまを開けて中に入る。俺を驚かせないためか、閉めるときは素早くも音が鳴らないように閉めてくれた。
少しすると衣擦れの音がし、衣服が床に落ちる音がした。もしかして、着替えてる?
ダメだダメだダメだダメだ! 落ち着け。着替えるのは普通だ。ってか帰ってもいいんじゃないか? でも『待ってて』って言われたし……。
白守さんの部屋の前を不審者のようにうろうろしながら考えているとふすまが開かれた。
「中、入っていいよ」
市民ナチュラルホームの時に見た寝間着姿の白守さんに招かれ部屋に入る。
畳が敷き詰められた部屋には先程敷いたであろう敷布団があった。
白守さんはきれいな動作で布団まで歩き、ゆっくりと布団へ入る。
綺麗な和箪笥に手入れの行き届いた日本人形、赤べこ。浮世絵で見たことのある机など、実はお宝なのではと思う品が何点か見受けられる。そのせいでスクールバッグなどの存在が浮いて見えた。
「そのあまり見ないで、欲しいかな」
「すまんすまん。女子の部屋なんて初めてだからさ」
「私も男の子部屋に入れたの初めてかも」
「白守さんのお父さんは?」
「それはカウントに入らないよ!」
家に帰って安心したのか少し元気に見える白守さんと一緒になって笑う。が白守さんはすぐに咳込んでしまった。
白守さんの背中を撫でながら部屋に置かれたビニール袋に手を伸ばし、ペットボトルを取ってキャップを開けて渡す。ペットボトルを受け取ると白守さんは体をゆっくり起こし、中身のスポーツドリンクをゆっくりと飲み込む。
「ありがと」
白守さんからペットボトルを受け取ってビニール袋に戻す。少しの間、沈黙が走った。
あまりもの緊張に耐えられなくもじもじしてしまう。
「そろそろ帰──」
「ヤダ。もう少しいて」
立ち上がろうとすると布団から飛び出した白守さんの細い腕が俺の腕を掴む。
白守さんの潤んだ大きな瞳が俺を掴んで離さない。
「寂しくて……だから、ね」
「わ、わわ分かった」
少しドキッとしてしまいながらも諦めて畳の床に座り直す。
またもや一瞬の緊張と沈黙が部屋を駆けた。
「手、握って欲しいな」
「え、あ、ああ」
積極的な白守さんに少し戸惑いながらも布団から出された手を握る。
熱が出ているせいか白守さんの手はひんやりとして気持ちよかった。でも緊張で手汗が……。
一回、手を拭こうと手を引っ込めようとすると先程より強い力で手を握られる。
「ヤダ」
「これは手汗拭くだけだから、な?」
「それでもヤダ」
頬を膨らませフグのようになる白守さん。これはどう説得しても無駄そうだ。
諦めの意味で息を吐いて意を決してから白守さんの手を握り直す。
「えへへ」
白守さんは口元を緩め頬を風船をしぼませてくれた。そのまま俺の手や指を軽く何度か握ったり、手を絡めたりしている。
そうしているうちに白守さんの手から温かさが伝わるようになってきた。白守さんが楽しそうで何よりだ。
***
白守さんの手いじりはしばらく続き、気付くと白守さんは規則正しい寝息を立て始めた。
そろそろ潮時かな、と思い白守さんを起こさないようにゆっくりと手を抜く。ちょっと名残惜しいが長居するわけにもいかない。
ゆっくりと立ち上がろうとするとまたしても手を握られる。もしかして起こしちゃったかと顔を上げようとした瞬間、手に柔らかい感触の何かが当たった。
顔を上げ終わった頃には白守さんが俺とは反対側に寝返りを打っている所だった。
頭に疑問符を浮かべながらゆっくり立ち上がり、足音を立てずにふすまに近付いて音を立てないようにゆっくりと開ける。
部屋の外に出てふすまを閉める。
「寺川君、ありがとね」
はっきりと白守さんの声でそう聞こえた。ふすまが閉まる瞬間、笑顔の白守さんと目が合った、ような気がする。
「ああ、どういたしまして」
聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう言ってなるべく音を立てずに廊下を歩き、階段を下りた。
玄関を出る時、鍵はどうするか聞くのを忘れていたことに気付く。
どうしたものかと考えを巡らせるがいい時間なので両親も帰ってくるだろうと判断して帰った。
***
──2日後。昨日は白守さんの体調を考慮して集まらなかった。LANEのグループには丁寧な文章で白守さんが迷惑をかけたことについて謝罪していた。
クラスメイトのみんなは『気にしないで』などの温かい言葉を投げかけていた。いいクラスだな……。そう思った。
さて、今日は一昨日の切り出し作業からだな。
「寺川君おはよ!」
「おう、おはよう」
自分の席で考え事をしていたら白守さんが教室へと入ってきた。
いつものように挨拶を交わし、白守さんも自分の席に着く。するとクラスの女子が1人白守さんに近付いて
「白守さん、一昨日は大丈夫だった? 送り狼に襲われなかった?」
「送り狼?」
クラスメイトの意味ありげな視線が一瞬、向けられた。
俺とほぼ同時に白守さんはそう言って疑問符を浮かべる。どういう意味だ?
「大丈夫大丈夫、何でもないよ。今日は無理しないでね」
「う、うん。分かった」
女子は白守さんにひらひらと手を振って自分の仲良しグループへ戻っていく。
その瞬間、恐ろしい速度のヒソヒソ話がクラス中を駆け巡り、俺に対して哀れみや責めるような視線が向けられ始める。
「ヘタレ」
「ヘタレだな」
たまに聞こえる声から俺に対してろくでもない印象を持っている事は分かった。だが白守さんを家まで送らせたのはお前達だろうが。なんで俺が非難のような視線を向けられなくてはならないのだろうか。納得ができない。
「寺川君? どうしたの?」
「いや、この上ない理不尽な理由で俺の株が下がっているような気がしてな」
「なんで? 寺川君はなんも変なことしてないのに」
返事の代わりに頭を抱えて大きく息を吐く。
本当にその通りだ。俺は何も悪いことをしたわけでもないのに……。この扱いは不当だ! 仮にも副委員長だぞ! 待遇の改善を要求する!
心の中で言ってて空しくなってきた。
***
その日はクラスメイトほぼ全員の態度がどことなく冷たかった。
話している感じはいつもとそんな変わらない感じだったが向けられる視線がどこか冷たく、言葉の端々に棘のようなものを感じる時もあった。
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