第46話 いざ白守家

 倒れた白守さんの息は荒く、滝のように汗が出ている。おでこに手をやると炎天下に放置された鉄板のような熱さに思わず熱を払うように手を離してしまった。

 心配したクラスメイト(主に女子)が周りに集まってくる。


「早く保健室に──」

「待って!」


 クラスメイトの誰かがそう叫ぶがすかさず他のクラスメイトが制止する。

 とにかく地べたに寝かすのはまずそうなので正座して白守さんの頭を膝に乗せた。


「やっぱ保険の先生、バスケ部の合宿に同行してるって」

「マジかよ。じゃあ──」


 ほとんどのクラスメイトは白守さんから離れて少し距離を取ったところで話し合いが始まる。

 恐らく白守さんの近くで大声を出さないように気を使っているのかその会話を聞き取ることが難しかった。

 所々聞こえたのは『これはチ──』や『上手く~』などなんとも病人を気遣ったような内容には聞こえない。

 クラスメイトが買ってきてくれた水を白守さんの額にあてながら少し待つと女子が1人白守さんの近くに来た。


「白守さん、おうちはどこ?」

「はぁ、はぁ、えっと──」


 白守さんが大体の位置を伝えると女子は会議の輪に戻る。

 また少しすると男子が何かを手にして俺の横に立つ。


「これ使え。今タクシー呼んでるから」

「お、おう」


 渡されたものを確認するとそれはタクシー券だった。なんで高校生がこんなもん持ってるんだよ、と突っ込みたくなったが膝には病人の白守さんがいるのでグッと堪える。


 ***


 タクシーを待つ間、足がしびれそうになると他の女子が膝枕を代わってくれたり、何人かがどこから持ってきたのか凍ったスポーツドリンクを持ってきてくれたりしてみんななりに白守さんを気遣う行動をしてくれた。

 白守さんがクラスのみんなから好かれていることに対して自分のことのように嬉しかった。

 すると駆けこむように男子が教室に入ってくる。


「タクシー来たぞ。寺川、白守さんを運べるか?」

「俺ぇ?」

「当たり前だろ。男で触れるのお前だけなんだから」


 この役割は俺にしかできないよな。女子が2人がかりで助け起こす。その間におんぶで受け入れる態勢に入った。

 ゆっくりと白守さんと思われる体重が背中に乗る。そして俺の胸の前で白守さんの冷たい手が力なく組まれた。


「荷物はうちが持ってくから寺川は白守ちゃんに集中して」

「はいよっと」


 返事と同時に立ち上がり、クラスメイトが開けてくれた扉を通って教室の外に出る。

 正門前までクラスメイト達のサポートを受けつつ到着した。

 すでにタクシーのドアは開かれていてまずは俺達の荷物とペットボトルと何かが入ったビニール袋が入れられる。ん? なんで俺の荷物まで?


「寺川、一旦降ろしてここまでくればうちらがタクシーに乗せるから」

「おう」


 疑問について考える間もなく女子達がそう指示する。

 なるべくタクシーに近付いて白守さんを下ろすと女子が2人がかりで白守さんをタクシーの中に座らせた。

 これで一段落付いたから荷物を──


「な!」


 俺の荷物を取ろうとタクシーの中に手を伸ばすと後ろから強い力で押された。

 奥の方に荷物が置かれていたので前傾姿勢になっていたので白守さんの足に顔をうずめるような形で倒れ込む。

 急いで立ち上がろうとすると足を強引に押し込まれドアが閉められた。

 態勢を立て直して抗議の声を上げようにも隣には白守さんがいる。俺は血が出ない程度に唇を?み、大人く座り直した。


「行先は?」


 タクシーの運転手さんがそう言うと白守さんがいつもよりか細い声で行先を伝える。

 するとタクシーは我が校を出発した。


「白守さん、とりあえずみんなが買ってくれたスポドリでも飲もう」

「うん……ありがとう」


 袋からペットボトルを1本取り出し、開けてから白守さんに渡す。白守さんはゆっくりとした動作で受け取り、少しずつ飲んでいった。

 3分1くらい飲んだあたりで渡してきたので一瞬、頭をひねるが自分がキャップを持っていることを思い出し、受け取って閉める。

 白守さんが病人だということを聞いているのか運転手さんは話を振らずに運転に集中している。


「寺川君、ごめんね。うつっちゃうかもしれないのに」


 いつもよりゆっくりと小さな声で白守さんが話しかけてくる。下手をするとタクシーの走行音でかき消えてしまいそうだ。


「風邪か?」

「頑張り過ぎたのかも、本当は昨日からちょっと調子悪かったの」


 ゆっくりと首肯し、白状するように言葉をゆっくり紡ぐ。

 昨日、白守さんから感じた疲れは気のせいではなかったようだ。


「言っただろ? 『無理するなよ』って」

「ごめん」

「もういいから到着するまで寝ておきな。肩くらいは貸すから」

「うん」


 そういうと白守さんはゆっくり目を閉じてゆっくりと俺の肩に頭を乗せる。

 俺も慣れない作業で疲れてしまった。少しくらい休んでもいい、よ……な。


 ***


「兄ちゃん、着いたよ」


 運転手さんに揺すられて目が覚める。少し眠るつもりがガッツリ寝てしまったようだ。


「あ、彼女は俺が起こすんで」


 俺の次に白守さんを起こそうと手を伸ばしかけた運転手さんを手で制し、止める。こんな所で白守さんを動けなくすると色々面倒なことになるのでそれだけは阻止しなくては。

 頭をあまり揺らさないようにと考えた結果、軽く頬を触って限りなく弱い力で叩く。


「白守さん、着いたよ」

「う~ん」


 少し苦しそうな声を上げる白守さんに不安になるが少しするとゆっくりと大きな目が開かれる。


「ほら、運転手さんも待ってるから下りるぞ──っとその前に」


 運転席に運転手さんが戻ったのを確認して俺の荷物から財布を取り出す。

 タクシーのメーターは1050円と表示されていた。


「お会計は1050円ですね」

「これ使えます?」

「その歳でこれを持ってるとはねぇ」


 クラスメイトからもらったタクシー券を見せると運転手さんは感心したような表情を見せる。

 タクシー券に書かれている料金を確認して財布から最低限のお金を取り出し、支払う。


「ご利用ありがとうございます。お嬢ちゃんもお大事に」

「は、はい」


 急に話を振られたせいか白守さんは少し戸惑っていたがすぐに返事を返す。寝たおかげかさっきよりは体調が良さそうだ。


「荷物は持てるか?」

「うん。でも飲み物は持って欲しいかな」

「当たり前だ」


 すっかりぬるくなったであろう飲み物が入った袋を引っ張り出し、手に持つ。

 ゆっくりと出てくる白守さんの手を取りつつタクシーの中に忘れ物が無いか確認した。

 俺達がある程度タクシーから離れると扉が閉まり、運転手さんが手を挙げて挨拶をしてくれた。それに対して軽く腰を折り礼をする。

 タクシーがかなり遠くに行った辺りで後ろを振り返った。


「ここが白守さんの家?」

「うん」


 視線の先にはアニメに出てきそうな平々凡々な見た目の家だ。ちょっと昭和な雰囲気があるがそんなに築年数がたっているようには見えない。

 いやいや、待て待て。


他人ひとの家を眺めてる場合じゃない。早く入らいとな」

「うん」


 どこか緊張した様子の白守さんの返事は気にせずに白守さんを支えながら家の扉の前へ行く。

 スクールバッグから鍵を出そうとしている白守さん。その手つきは体調が悪いことを充分に語っていた。


「俺が行くのは玄関まででいいか?」


 そう聞くと白守さんは小さくゆっくりと頭を振る。


「部屋が2階にあるから寺川君が嫌じゃなかったらそこまでお願い」


 ゆっくりと鍵を開けながらそう答えた。その瞳は心なしか少し潤んでいるように見える。


「どうぞ、狭いけど」


 お決まりの文句を言って白守さんが扉を開けた。そんな場合じゃないだろうと思いつつも先に入り、玄関先に自分の荷物を置く。

 そして白守さんの荷物を受け取り、白守さんに肩を貸す。

 玄関から伸びる廊下の2メートル弱の辺りの脇に階段が見えた。

 まずはそこを目指すとして──


「あ」

「どうしたの寺川君?」

「い、いやなんでもない」


 緊張のあまり口から出てしまったこえに白守さんが何事かとこちらに顔を向ける。

 なんとか平静を装って答えたが俺はあることに気付いてしまった。


 女子の──それも白守さんすきなひとの家にいるという事実に。

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