第45話 無理しないで白守さん
夜中に鳴り響くLANEの通知音を無視しているうちに今日も学校に集まって文化祭の準備となった。
部活の練習で来れないメンバーもいたが来れる人間は全員来た感じだろうか。まだ集合時間まで時間があるからかみんな雑談している。
ちなみにこの学校ではジャージ登校が許されているのでみんなジャージだ。今日は棚を作る作業なので都合が良かった。
「おはよう寺川君」
「ああ、おはよう」
俺が来たことに気付いた白守さんはトコトコと歩いてきて挨拶してくれる。その様子に少し違和感を覚えたが気のせいだろう。
その胸には大切そうに昨日一緒に見た出し物について書いたノートが抱えられていた。
「ちょっと早いけど始めようかなって思うんだけどどうかな?」
「いいと思うぞ」
首肯すると白守さんは大きく手を挙げてクラスメイト達に呼びかける。
「早いけど始めよう!」
そう言うとクラスメイトはそれぞれのタイミングで席を立ち、座席を教室の後ろに下げていく。
あまりの統率の取れた動きに驚きながらもみんなの作業を手伝う。うちのクラス変なところでまとまってて気味悪いな……。
「どうしたの?」
「なんかみんな変にまとまりがあって気味が悪くて……」
「文化祭だからだよ。考えすぎ」
本当にそうか? アルカイックスマイルな白守さんを尻目に内心で鍵的な表情を浮かべた。
どちらにしろまとまりがあるのはこちらとしては楽だ。変に突いてクラスメイト達の機嫌を損ねるのは立場としてあってはならないこと。
「じゃあ、まずは材料の買い出しだね!」
「そっか、買い出し班を──」
「私も行くから寺川君も行かない?」
「え?」
買い出しは運動部の男子じゃなかったっけ? そっか今は頭数が足りないのか? でも男ではいるにはいるからそいつらに任せた方が……。
確かに白守さんは俺よりも力があるが別に行く必要は──
「ほら行くよ!」
「ちょ、ま──」
***
「はぁはぁ……」
「寺川君お疲れ」
棚の材料を放り出すように落とし、床に倒れ込む。
学校に一番近いホームセンターまでそんな遠くはないのだが夏の暑さが粗いやすりのように俺の体力を削った。その上、木材や塗料といったものもけっこう重量もあり、自転車で運んだとはいえ大変だった。
白守さんはというと汗は多少かいていたが俺や、一緒に行った男子ほどではない。
不意に肩を叩く感覚がする。この感じは白守さんだ。
「じゃあ、みんな作業に取り掛かって。私はまた行ってくるから!」
「え? 白守さん、どこ行くの? 買う物は大体揃ってるはずだけど」
「秘密。じゃあ、ちょっと行ってくるね!」
倒れている俺に手をひらひらと振って白守さんは教室を後にした。
何はともあれ、白守さんがあんなに頑張っているのに呑気に寝てられないと自分を奮い立たせて立ち上がる。
***
「みんなお待たせ!」
設計線も書き終わった物から木材を外で木材を切るメンバーへ運び始めた時、元気な声で白守さんが帰りを伝える。
その両手には大きな風呂敷を下げていた。
追加の材料だろうか? でも材料はほとんど揃っているはずだ。仮に足りなくても少数のメンバーでまたホームセンターに行く手はずになっている。
「白守さん、結局それはなんなんだ?」
「昨日、寺川君言ってたでしょ?」
「何をだ?」
ピンとこない顔をしていると白守さんが悪戯っぽく笑い、風呂敷の片方の結び目を解く。
すると3段くらいの重箱が出てきた。この時点で何かしらの食べ物なのは分かった。そして昨日言ったこともなんとなく思い出した。
「食べたいって言ってたでしょ?」
「そうだな。でもこんなすぐじゃなくてよかったのに」
てっきり社交辞令か何かのたぐいだと思っていたのだが。でもこうやって俺の何気ない一言を叶えてくれるのは嬉しい。例え、しっかり約束してなかったことだとしても。
中身への期待が高まってきた。
漫画なら『パカァ』という効果音が付くとともに重箱いっぱいに敷き詰められたおはぎが顔を出す。
「寺川君が『食べたい』っていうから差し入れとして持ってきたの」
「本当にありがとう」
思わず白守さんの頭をなでてしまいそうになるが俺達はそんな関係ではない。出そうになった手を隠すように後ろに下げる。
「お1つどうぞ」
「お、おう」
そう言って白守さんは重箱を差し出す。手先にちょっとした緊張を覚えながら隅にあるおはぎを1個、慎重に掴み上げる。
口元へ運び半分ほどを口へ入れた。
「うんま!」
まだ飲み込んでもいないのに口から感想が飛び出した。思わず残りの半分を口に放り込む。
「もう、そんながっつかなくてもいいのに」
どうやら口の周りを汚してしまったらしく白守さんがハンカチで
俺のリアクションで白守さんの差し入れの存在に気付いたのかクラスメイト達が手を止めて集まってきた。
「寺川ずるいぞぉ!」
「うちらにも! うちらにもちょうだい!」
「大丈夫だよ。みんな分、あるから。順番に取っていってね」
白守さんの言葉を聞くとクラスメイトは俺の後ろに並び始めた。
もう考えない方が良さそうだ。さて、後もつかえてるわけだしどかないとな。
俺が白守さんの前から離れるとみんな迅速かつ正確におはぎを持って行った。ある者はお礼を言い、ある者は受け取ってすぐに口に放り込んでいた。
その様子を見ていると嬉しいんだかちょっと寂しいんだか分からない感情になる。
***
もう日は沈み始めようとその足を地平線に突っ込み始めた頃。
設計線の書き込みが終わったものを外で切り出す作業もその半分程が終わっていた。
気付くと手伝うと息まいて途中まで作業を手伝っていた白守さんがいなくなっていた。
周りの生徒に聞くと今日は生徒会がいるらしくそこに材料や完成した物を置く場所を借りに行っているとのことだ。
書類なら俺にも言ってくれればいいのにな……。
「ごめんごめん。生徒会まで行ってきて」
肩で息をしながら白守さんが書類とタグのついた鍵を片手に持ってきた。
タグには『部室棟4F 1』と書かれている。
「ありがとう。でもたまには俺にもそういうのやらせてもいいんだぞ?」
「うん。でもせっかく寺川君がみんなといい感じになってるから邪魔したくなくて」
別にそんなこともなかったんだが……。黙ってのこぎりを動かしてただけだし。
「じゃあ、今日はここまでにして片付けようか」
まばらな返事を聞きながら切り終わったものを中心に何個か手に取る。
ダラダラと流れる汗を腕で拭って校舎内へと戻った。
すると少し多めの材料を抱えながら白守さんが前に出る。
「白守さん、しまう場所は?」
「いつものところに近いよ」
いつものところ? ああ、部室棟の屋上前の踊り場ね。
夏休みのせいもあってしばらく行ってないな。すごく久しぶりにいくようなそんな感覚がする。
一瞬、階段を上る白守さんがふらつく。
「白守さん大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
心配する声に白守さんは振り返って笑顔で答える。一瞬、目の焦点があってなかったような気がして不安が大きくなった。
その不安をよそに白守さんは階段を登り切り、いつも部室棟へ向かうときに通っている廊下へ入る。
その後は特に問題もなく指定の場所へ材料を置き、教室へと戻った。
***
教室の机を元の位置に戻し、みんながお互いの働きを労い合っていると白守さんが控えめに手を鳴らす。
俺も含めた教室にいた人間が白守さんへ注目する。
「じゃあ、今日はこれで解散──」
最後までセリフを言うことなくその場に倒れ込む白守さん。
俺は真っ先に白守さんの元へ駆け寄った。
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