第4章 レトロチックメモリー

第44話 気になるあれこれ

 さて、夏休みも終わ──るわけもなく、また夏休みだというのに学校にいる。

 市民ナチュラルホームでの思い出に浸りながら時折、自分に芽生えた自覚に外気以上の体温になったような感覚になっていた俺を現実へと叩き戻したのは最近お馴染みになり始めた渋い声の通知音。いつの間にか突っ込まれていたクラスのグループからのもので送り主は白守さん。

 さらに体温が上がりそうになるのを必死に抑えながら読むとそれは『文化祭の準備のために何度か教室に集まろう』という内容であった。

 『昭和レトロ』と銘打ったわけなのでうちは他のクラスのようにクラスTシャツもといクラス和服なるものを作ることになったのだが、本格的なものを作ると予算がかさんでしまうので簡素なものを作ることとなった。それが決まった時の白守さんのメッセージはなんとなく寂しいものに感じたな……。

 今回はクラス和服の採寸と内装に必要なものの製作だ。

 これは白守さんもそうだがクラスメイトの協力的な姿勢もあってほとんど決まっていた。大がかりなのはディスプレイ用の棚くらいだろうか。入口に下げる暖簾のれんのデザインは美術部に所属しているクラスメイトを中心に白守さんがプロデュースするようだ。

 何か重要な事を忘れているような気が……。


「寺川~次」


 クラスメイトの適当な言葉に思考をいったん止め、採寸に入る。

 手芸部のクラスメイト男子のこなれた手つきで主要な部分の採寸がよどみなく進んだ。手芸部も災難だ、と思ったが文化祭でファッションショーなるものをやるらしいのでこういうのには慣れているようだ。

 女子は仕切りを挟んで向こう側で採寸している。

 時折、聞こえる会話に男子諸君はもれなくもじもじしたりしていた。


『そういえばさ白守さん、最近何かあったの?』

『え?』


 計っている間、暇なので隣から聞こえる会話に耳を傾けていると手芸部の女子と白守さんが話しているのが聞こえた。

 なぜそんな質問をしているのかと気になりさらに白守さん達の会話にのめり込む。


『なんかすっごく綺麗になってるし可愛くなってるもん』

『そ、そうかなぁ?』

『もしかして彼氏でもできた?』


「──!?」


 思わず身体が反応してしまった。

 小さな稲妻に打たれたかのようにびくりと動いてしまう。


「寺川、動くな」

「すまん」


 業務的な注意に後頭部をかきながら軽く頭を下げる。しかしクラスメイトの視線が鋭くなった。

 動くなって言われたのに動いてることに気付き、身体を必死に固めて内心でクラスメイトへ謝罪の気持ちを込める。


『私にはいないよ』

『えー、熱々の新婚みたいな感じがするのにな~』

『まだ結婚できる年じゃないよ』

『結婚できるようになったらしたいの?』


 思わず身体に緊張が走った。これで白守さんが『結婚したくない』なんて言ったらどんな顔をすればいいのか分からない。

 ──いや、白守さんの人生だ。俺がとやかく言う筋合いは……──でも『したい』っていって欲しい自分がいるのは確かで……。


『お互いを尊敬しあって、支え合える相手となら結婚したいなって』


 白守さんの言葉にホッと胸を撫で下ろす。

 一瞬、クラスメイトの視線がきつくなりかけたが急いで身体を緊張させるとそれはなくなった。


『それって寺川?』


「ブフーーーーーーッ!!」

「っから動くなっつってんだろーーーー!!」

「ごめんって!」


 ブチギレたクラスメイトがシャーペンの後ろで俺の頭を軽く殴る。

 そこは理性的なのね、なんて思いながら謝った。

 気になる白守さんの方はと言うと。


『なんか男子の方が騒がしいね』

『そうだね』

『もしかしてこっちの話聞いて興奮してるのかな? きっも~い』

『確かに怖いけどその言い方は──』


 クラスメイトの言葉に打ちひしがれた俺は抜け殻のように動けなくなった。

 採寸を終えてブースから出ると生暖かいクラスメイトの視線を一手に受け、さらに恥ずかしくなった。


 ***


「はぁ……」


 工作部と演劇部がディスプレイ用の棚の設計について話し合っているのを見ながらため息をつく。

 さすがに好きだとはいえ、白守さんの言葉に反応し過ぎた事への反省とクラスメイトの言葉によるダメージに気持ちが重くのしかかる。

 工作部が教室の廊下側から窓側までの距離をメジャーで計測している中、手持無沙汰となった生徒が駄菓子の思い出話に花を咲かせていた。

 いつの間にかデザイン会議に参加し始めた白守さんは熱く語っている。駄菓子の会話が気になったのでそこに耳を傾けているとそこからも白守さんの声が聞こえた。


「白守さん?!」

「どうしたの寺川君?」

「あ、いや、ごめん。白守さんが設計の話をしながら駄菓子雑談をしているように見えたからつい……」

「ん? 合ってるよ? んで寺川君は暗めの茶色かそれ以外どっちがいいかな? あとデリシャス棒は何味派?」


 白守さんの質問に頭がショートしかけた。

 えっと、ディスプレイ用の棚の色と好きなデリシャス棒の味だな。


「そうだな。最近のレトロブームに乗っかるなら『バエ』? 狙いでチーズ味に挑戦してもいいかもな。デリシャス棒は派手めな色派かな」


 口に出してから気付く。今変なこと言わなかったか俺。いや、確実に言った。

 動揺する心を落ち着かせながら白守さんの反応をうかがう。


「寺川君、混ざってるって。おかしいの」


 手で口元を抑えながら笑う白守さん。色々な感情が混ざり、顔から耳までがあっという間に熱くなる。


「寺川、あんま話さないけど面白いやつだな」

「そうだね。白守さんいつもこんな面白い男子やつ独り占めしてたの?」


 白守さんに釣られてクラスメイトも笑う。今や俺の顔は人間の限界を超えるほどの温度となっているだろう。湯気が出てきそうだ。

 そうしているうちに周りにクラスメイト達が集まってくる。


「寺川は何か思い出の駄菓子ないの?」

「?!」


 そう言いながらクラスメイトの女子が肩に手を乗せてくる。突然のことに音もなく空気を吐き出してしまった。

 答えを考えていると視界の端に白守さんが映る。笑顔ではあったが心なしか怒っている、ような気がした。


「が、子供ガキの頃は缶みたいな入れ物に入ったら、らら、ラムネかな」

「あったね~」


 白守さん以外のクラスメイトと話すことがあまりないせいで思わず声が上ずってしまう。

 俺の回答に満足したのか俺がどもったりした事に気にした様子を見せずにクラスメイトは別のクラスメイトに同じ話題を振る。

 ホッと大きく息を吐くと白守さんはゆっくり立ち上がり、俺の隣に位置取った。


「商品のラインナップも大体決まってきたね」


 白守さんがそう言いながらみんな意見をまとめたノートを開いて見せてくれる。

 そこには馴染みの物だったり、見かけたような見かけてないようなおぼろげな物もあった。


「まぁ、なんだかんだ同じ世代だからな食ってきたものは一緒なのかもな」

「私は駄菓子こういうの食べたことなくて」

「マジか!?」


 あまりの事実に驚きの声が飛び出す。その反応に満足したのか白守さんは満足げに笑顔を浮かべた。


「うん。うちは和菓子屋だから残り物とか試作品とか食べてたかな」

「へ~、いつか白守さんちの和菓子食べてみたいかも」

「今度ね」


 恐らく社交辞令と思われる返事に首を縦に振ると棚の製作班が設計図を広げて白守さんに声をかけた。

 手招きする白守さんについていって設計図を確認する。必要な材料をリストアップしたり、イートインを設けようという案を聞いてみたりしているうちに時間は過ぎ、今日は解散となった。

 ほとんどのクラスメイトが帰った教室で白守さんと言葉もなく今日まとめた内容を眺めていた。


「うん。大丈夫そうだね」

「そうだな。あんま変なものは目立たないな」

「じゃあ、帰ろっか」

「ああ」


 白守さんはにっこりと笑う。しかしその笑顔から疲れがにじみ出ているようなそんな気がした。

 心配にあった俺は思わず白守さんへ手を伸ばしかけていた。


「どうしたの?」


 白守さんが小首をかしげる。伸ばしかけた手を止まる。

 頭の中にある直感を何とか言語化しようとする。


「えっと、無理はするなよ? 手伝うからさ」

「うん! あとがとう!」


 笑顔で白守さんは返すが俺の心の奥底には不安が小さくうずくまっていた。

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