第42話 芽生えた自覚
あの日を境にサイは俺の前に現れることは二度となかった。
担任が親に電話をしてもサイは遅くまで帰ってこないし、どこに行ったのか聞いても答えなかったようだ。
胸に大きな穴が開いた俺はクラス委員の業務をまともにすることもできなくなって他のクラスメイトと入れ替わる形でクラス委員副委員長から下りることとなった。クラスメイトや担任には苦労をかけてしまったことに自己嫌悪してさらにふさぎ込む。
最初はクラスメイトのみんなが心配してくれたが、俺は全て拒絶してしまった。
──また失うことが、また傷つけてしまうことが、傷つけられることがたまらなく怖かったから。
俺の態度に疲れてしまいクラスメイト達が段々と離れてしまい孤立した。
そのことに対して不思議と何も感じなかった俺は抜け殻のまま中学最後の年を迎えた。
クラスは繰り上がりだったため、孤立したまま。
唯一出来ることといえば学生の本分である勉強だ。ただひたすら空っぽになった部分を埋めるように知識を入れ込むだけの作業。
いつの間にか教科書を少し読むだけで大体の内容を理解できるようになり、やることもなく寝るようになった。
寝ていれば余計なことを考えなくても済む。そのことに気付いたからだ。
──しかし、そんなことで俺の心が満たされることはないわけで……。
秋に入った辺りだろうか。授業中に夢を見た。
知らない教室だ。恐らく授業が終わり帰ろうとした時、誰かに声をかけられた。その相手を見た瞬間──
先生に起こされてしまい相手の姿を確認できなかった。でも女子、だった様な気がする。
そして進路を決めなくてはいけない時期へと入った。特に進路は定まらないまま同じ学校の生徒が進学しなさそうな学校というだけで色々な学校見学へと行った。
比較的近めの高校を見学した時であった。
県立柏藤高等学校。そこは制服のデザインがなかなか変更されなく、それだけで受験者が減っていってるという噂の学校だ。
ガイドの先輩達の話を聞き流しながら教室の1つに入る。
内心驚いた。
忘れていた夢の内容が一瞬にして映像となってよみがえる。
夢で見たのはこの教室だ。厳密には違うかもしれないが机の並びが一緒。
しかし声をかけてきた女子の顔はやはり出てこなかった。なんとなく懐かしいような。温かな感じがした。
気付いたら進路希望に『県立柏藤高等学校』と書いていた。
何かに惹かれるかのように俺自身もよく分からないまま。
これがまさかの再会になるとは思いもしなかった。
***
話を終えると俺と白守さんのいる空間だけ切り取られたかのように静かになった。
もしかして寝てしまったのかと不安になる。
「その、寺川君も大変だったんだね」
隣のテントから少し震えた声が聞こえてくる。それは俺へ同情してくれたからなのか。
そんな願望を抱きながら大きく息を吸う。
「白守さんほどではないけどな。正直、まだ迷ってる部分はある。でも不思議だよ。話したらスッキリした」
本当に心の底からそう思う。この不安を誰かに伝えられたら少し違ったのかもしれないと思うがもう過去は変えられない。
でも話したことによって重荷が下りたような気がする。
「でさ、話に出てきた『ハナミヤ』って……」
「うん。多分、白守さんが思ってる通りだと思う」
少し辛そうな表情でいう白守さんに『これ以上言うな』という意味で食い気味に返す。
白守さんの話を聞いた時、どこか聞いたことがあるような気がしたがそれよりも白守さんと出会っていた事実の方が衝撃的だったので忘れていた。
古武術や時系列的に跡辺の言っていた人物と同一人物だろう。
「それと……あのね。寺川君。ごめんね」
「え?」
真剣な声で白守さんがそう言った。誠心誠意が伝わるが今の流れでなんで俺が謝られるのか分からない。
突然のことに素っ頓狂な声が出てしまった。
「寺川君、副委員長になるの嫌だったよね?」
「あ~」
そういうことか。白守さんとの出会いは確かにアイツと被っている部分が多かった。隣の席だし、副委員長になっちゃうし。確かにあの時はトラウマを突かれて嫌な気分になった。
しかしあの時、寝てた俺にも非があったのだ。
「そう、だな。確かに傷ついたけど今は感謝してる」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
弾むような声が聞こえると少しの沈黙が走る。その後、隣のテントで動くような音がするとテントの入口を開ける音がした。
トイレにでも行くのかと思い、申し訳程度の毛布を足にかけ寝袋を丸めたものを枕にして寝る態勢に入る。
すると今度は俺のテントの入り口を開ける音がした。見回りの先生でも来たのかと咄嗟に入口の方へと体を起こして視認する。
「白守さん!?」
悪戯な笑みを浮かべて入ってきたのは白守さんだ。予想外過ぎる状況に思わず声が裏返ってしまう。
「し~っ、静かにして」
口の前に指を1本立てて可愛く言うがそういう話ではない。
こんな狭い
「早く戻らないと」
「戻らない」
小声にしつつも白守さんに戻るように言うが白守さんは大きくゆっくり首を横に振るだけだ。
かといって俺が白守さんのテントに行ったらそれはそれで問題だろう。つまり何もできない状態。
「よっと」
「うわっ」
どうしたものか考えていると白守さんがグイっと俺を倒し、寝かせる。
予想外の行動に小さく短い悲鳴を上げてしまった。戸惑う俺をよそに白守さんは俺の胸に顔をうずめ抱きしめてくる。
「えへへへ」
胸をつたって伝わる笑い声に思わず息がつまる。抱きしめる力はさほど強くない。本気を出せば振りほどける程度の力だ。
これは多分、俺が振りほどかないという確信があっての力加減なのだろう。
確かにその通りで不思議と振りほどく気にはなれなかった。寝巻五指に伝わる白守さんの体温は夏だというのになぜか心地よかった。
「寺川君もほら」
「え?」
すると白守さんは俺のどうしようかとさまよっていた腕を白守さんの背中に回すように──つまり抱き着かせようと動かす。
最初は戸惑ったが、胸に広がる心地よさに負けて割れ物を扱うような力で小さな頭を抱きしめた。同じ施設の風呂場のものを使ってるはずなのに白守さんからはお日様と香りの強い花のような甘い匂いがする。
手にあたる髪の毛の感覚が気持ち良くて思わず頭を撫でてしまう。
「ふふっ」
気持ちよさそうに白守さんが息を漏らす。それがなんとなく嬉しくてずっと撫でてしまう。
そんな感じで撫でていると白守さんは規則正しい寝息を立て始めた。
これでよかったんだっけか? と思うが白守さんが気持ちよさそうに寝ているのを見るとどうでもよくなる。
こんな可愛いのに平凡な俺の近くにいてくれていつも支えてくれる。役職的には俺の方が補佐だからこちらが支えるべきだろうし俺も俺なりに白守さんの力になろうと動いているつもりだ。でも白守さんから貰ったものが大きすぎる。今後の人生全てを使ったとしても返しきれる気がしない。
白守さんが
だから白守さんと出会った──じゃなくて再会したのは俺の人生の大きな分岐点だったと思う。
考えていると眠気が段々と身体を包み込んでいくと次第に白守さんをなでる手が遅くなる。
大きくあくびをしながら撫でる手は止めないように、するが世界ごと減速させられたかのような感覚となり、ついには手が空を切るようになった。
瞼が落ちていき視界が真っ暗になる。
「白守さん」
遠のきそうな意識の中、なんとなくそう言ってみたが返事が返ってくるわけもない。しかし胸の内に確かにある暖かな感情。
空を切っている手を止め、白守さんの頭を包み込むように抱く。
心地の良い感覚に身を任せ意識をゆっくりと手放す。そして俺は気付いた。
──白守さんのことが好きになってしまっていることに。
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