第41話 貴女との未来のために
「なぁ、キョー。考え直してくれないか?」
休み明け、サイが挨拶の次に言ったセリフはこれだ。
何のことか分かっている。跡辺絡みのことだろう。しかし、俺の意思は変わらない。
「嫌だ」
「そこをなんとか!」
サイはクラスメイトの一部が驚くくらい大きな音を立てて手を合わせる。それに対しても首を横に振るだけだ。
「やっぱさ、ベーシンの力になりたくてさ」
「それでも無理だ」
珍しく粘るサイに思わずため息が出る。いつもならどちらかが『そこまで言うなら……』と諦めて譲るのだが俺は諦める気になれなかった。サイも同様なのだろう。
「キョーのケチぃ」
「サイがお人好し過ぎるんだろ」
今回の場合は『無謀』と言うべきだろう。高校生が勝てなかった相手に中学生の俺達が勝てるだろうか? いや、勝てるわけがない。
それに俺は
加えて俺達は跡辺の復讐を手伝う義理もない。わざわざ怪我や警察に捕まるリスクを犯す意味があるのだろうか?
「ベーシンはオレ達のダチだろ?」
「少なくとも俺はそう思ってない」
不法侵入に未成年飲酒や喫煙。この国のルールを破っている奴らと一緒にされるのはごめんだ。
「秘密基地で一服した仲だろ? そんな冷たいこと言うなって」
「あれはココア〇ガレットな。勘違いされるようなこと言うな」
ただでさえヘル・リーパー先輩もとい、獄切先輩の件で注目されやすくなってるんだ。
これ以上変な噂が流れるのは勘弁してほしい。
「ヘル何とか先輩の時からなんかおかしいぞサイ」
「オレは別におかしくない!」
「少なくともサイ、お前は暴力で何かを──」
タイミングが悪い。俺の言葉を破るようにチャイムが鳴った。
ほぼ同時に担任が入ってきて俺達のどちらかに挨拶するように視線を送る。
気まず過ぎて視線は合わせられなかったのでとりあえず俺が──
「きりー」
「きりーつ、礼、着席」
いつもより不機嫌さが現れた声でサイが号令をする。担任やクラスメイト達はそのことに気付いていない。
小さくため息をつき、着席をする。サイはそれよりも大きなため息をついて勢いよく着席した。
***
跡辺との出会いから約1か月ほど経ったが跡辺の復讐に加わるかどうかでの争いは未だに続いている。
次第に俺とサイが一緒にいる時間も減っていき、休日に2人で遊ぶこともなくなってしまっていた。
気分でゲームセンターに行くが1人でやるゲームは空虚な気分になってしまい、時間とお金の無駄に感じるようになっている。
この状況にしびれを切らしたのは以外にも俺の方だった。
「サイ、その髪どうしたんだ?」
「ああ? キョーには関係ないだろ」
ぶ厚い雲が空を覆っている日だったか。いつものようにギリギリで教室に来たサイは教育指導の先生が飛んできそうな金髪になっていた。
あまりの変わりように俺だけではなく、クラスメイトほぼ全員がサイの頭に注目している。
「関係あるだろ! その髪色は色々まずいだろうが」
「なんか言ってくる奴が来たら黙らせればいい」
「お前、自分がなに言ってるのか分かってるのか?」
「ああ」
サイが返事をするとチャイムが鳴る。うちの学校のチャイムのタイミングの悪さに呆れながらも話を続けようとするが担任が入ってきた。
「笹津君、その頭はなんですか?」
いつも朝の連絡事項まで話さないうちの担任でもツッコんでしまうほどだ。言わんこっちゃない。
「イカしてるでしょ? 先生」
「校則違反です」
担任にそう言われるとサイは威圧するように机を叩き、立ち上がる。そのままゆっくりと担任に歩み寄り、その胸ぐらをつかんだ。
「自分の髪の毛なんだから好きにしてもいいだろうが」
「それでも校則は校則です。明日までに直してきてください」
先生はひるむことなくそう言う。嫌な予感が胸をよぎった俺は急いで席を立ち、教卓へと向かった。
「うるせぇんだよ!」
嫌な予感は当たった、サイが拳を握り振りかぶる。先生は胸ぐらをつかまれて避けることができない。
クラスメイトはあまりにも急なことなので動くことが出来なかった。
すぐに動いた俺だけが手の届く位置にいる。
受け止めると俺の手ごと先生にあたりかねない。ならば!
振り下ろされた拳ではなく伸びようとする腕の横を力いっぱい殴った。硬い筋肉越しに骨の感触と同時に胸の内をナイフで切られたような感覚を覚える。
「っつぅ」
サイの驚くような声が乱暴に教室を震わせる。上手く逸れたようでサイの拳は空を切っていた。
ホッと一息つきたいところだが恨めしそうな目でサイが睨んでくる。
「何殴ってんだよ」
「仕方ないだろ。止めるには俺の全力で殴るしかなかった」
痛みを払うように手をブラブラ揺らす。対するサイは小刻みに拳を震わせていた。
「先生も明日までに言ってくれるんだから、明日には──」
まだ言い切っていないのにサイは俺を背に教室から出ようとする。
「おい、どこに行くんだよ!?」
「帰る」
そう言って教室のドアを乱暴に閉め、出ていく。重い、重い空気が教室を支配していた。
ある者は俺が何か知っているのか? と聞くような視線で見つめていた。あるものはあまりの出来事に泣き出しそうになっている。
かつて俺達が作った明るい雰囲気のクラスは跡形もなく崩れ去ろうとしていた。
「先生、すみません。ちょっとサイを連れ戻してきます」
「寺川く──」
先生の返事を聞かずに駆け足で教室を出る。
いつもより倍くらいの速度で階段を駆け下りた。靴を履き替え、
辺りを見回すと不機嫌そうな足取りで校門の方へ歩くサイの姿を見つけた。
サイを殴った時の興奮が残っているせいか、足がもつれて転びそうになる足を何とか前に出して追いかける。
向かったのは多分、学校の隣にある公園。帰りによく飲み物を買って一緒に飲んだり、拾ったボールでキャッチボールをした思い出のある公園だ。
左右を確認しながら公園の中を走る。しばらく進むと公演の中間部辺りにある坂をゆっくりと下っているサイの姿を見つけた。
全速力で駆けてその肩を掴む。
「さ、サイ……はぁはぁ……待てって」
息も絶え絶えな状態で声を出す。口から空気を吸い過ぎたせいか喉が張り付いているような気がした。
「んだよ」
こちらを振り向かず冷たい声が返ってきた。息がなかなか整わず答えられないでいると急に冷たい雨が振り始める。
雨は一定のリズムで俺とサイに当たり、濡らしていった。
「戻ろう。んでみんなに一回謝ろう。な?」
「なんでだ?」
「そりゃ、みんなを驚かせちゃったからだ」
サイの質問に答えても何も返事がない。ただ俺に背を向けているだけだ。
「俺も一緒に謝る。その前に俺がサイに謝らないとな。殴って悪かった」
それでも返事はない。返事を聞くために肩を掴んだ手に力を入れようとした。
「1年の時、2年のよく分からない奴を返り討ちにした時、何かを感じたんだ」
突然、ゆっくりと語るような口調でサイが話し始めた。なぜか雨の音が小さく感じる。
「でもこの感覚が何か分からなかった」
オレ馬鹿だからさ、と自嘲する表情が思い浮かぶような声でそう付け加えた。
しかしその表情は背を向けているため確認できない。
「そんで何とか先輩を殴った時、また何かを感じたんだ」
良くない予感がした。サイの話を遮るわけにもいかないので黙って耳を傾ける。
「悪いものだって気付いたさ。でもオレはそれを正しいことに、ダチのために使おうって思ったのに、よぉ」
サイの声が段々と
「それをキョー、──いや、お前は否定した!」
サイの言葉によって何かが音を立てて崩れ去った。それは貴重な陶器以上に価値があって修復不可能なもの。
胸の中でその破片が心に刺さっていく、そんな感覚がした。
「オレの後ろについてくことしかできないお前に!」
「や、やめろ……やめてくれ」
震える声を絞りだして出たセリフがこれだけだ。ずたずたになった心にサイの言葉が容赦なく刃を突き立てる。
「この寄生虫が!」
俺への罵倒の次に来たのは鳩尾にサイの拳が刺さる感覚。これは現実だ。振り返りざまに放ったのだろう。
抵抗できなかった俺はうめき声をあげることしかできない。なんとか倒れずに済んだもののその背中は遠ざかっていった。
冷たい雨が降りしきる中、俺を背にその場を去るかつての親友。1度も振り返らないその背中に力なく手を伸ばすことしかできなかった。
雨が重く――重く体に、心にのしかかる。
あまりの重さに体は限界をむかえ、その場で膝から崩れ落ちてしまう。それでも雨は容赦なく俺の体と心を濡らし続けた。
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