第40話 前に進もう

 半ば強制的にいつもの時間を中断させられゲームセンターから出た俺達は謎の男──跡辺深悟あとべしんごと名乗る男について歩いていた。

 初対面で『友達になろう』と言ってきたのは隣を歩くサイ以来だろうか。

 しかし、サイの時とは違う予感が俺の忘れかけていた不安を思い出させる。


「サイ、本当に大丈夫かな?」


 跡辺に聞こえないようにサイに話しかける。

 俺の心配を悟ってくれたのかサイは小さくサムズアップをした。


「面白そーじゃん! それに何かあっても」

「はいはい。俺にはサイがいてサイには俺がいる、だろ?」

「そそ」


 サイはいつもの笑顔を向けてきた。しかし俺の不安は小さくなるどころか段々大きくなっていくばかりだ。

 駅からかなり離れた位置にある廃ビルの前で跡辺は立ち止まる。

 廃ビルの入り口には三角コーンとコーンバーによって封鎖されている──といってもそれらを退かせば入れそうだが。

 そんな事を考えたせいか跡辺はなんの躊躇ちゅうちょもなくコーンバーを上げた。


「遠慮なく入れ。我らの秘密基地だ」

「えぇ……」


 こちらがおかしいのかと勘違いしそうだ。明らかに不法侵入だろう。

 しかしサイは跡辺の後へ続くように中へ入ろうとする。慌ててその手を握って引き止めた。


「どうしたんだよ、キョー」

「さすがにまずいって!」

「いいじゃねぇか。秘密基地だぞ? ワクワクするだろ?」

「それはそうだけど、私有地はまずいって」


 説得を試みるとサイは少し考えるそぶりを見せたが無邪気に笑って見せる。


「大丈夫だって、行こうぜ」

「だから、まずいって──」


 今度は俺が手を引かれ廃ビルの中へと入る。

 少しくらいならワクワクしたシチュエーションだったのかもしれないが俺の胸の中は罪悪感と不安ですし詰め状態であった。


 ***


「遅いぞ」


 巨体を追って奥に進むと扉の前で待っていた跡辺が少しイラっとした態度で言った。


「まぁまぁ、キョーが少しゴネてな。悪いって」

「そうか。入れ」


 跡辺はビルの1室の扉を思いっきり引っ張ってあけ放つ。

 最初に来たのは耳をつんざくような大音量の音楽。実際にやったら喉がつぶれそうな声のボーカルが何を言っているか分からない歌詞が脳みそを揺らしてきた。

 次に混乱した脳みそを襲ったのは煙と酒の臭い。俺の幼少時に父さんが吸ってたくらいでそれ以外にはあまり縁のなかった臭いにむせてしまう。

 サイは少し顔をゆがめた程度でそれ以外は特に気にした様子は見せなかった。


「おい、お前ら。客を連れてくるって言ったのに何やってんだ?」


 跡辺が大声を出した先には俺達と同じくらいの年代の男子が5人くらいいた。

 そいつらがタバコをふかしていたり、コンビニで見かけることの多い酒を飲んでいる。完全に無法地帯だ。

 変なことされる前に何とか出ていかないと。


「しんちゃん、また男かよ~。可愛い女の子連れてきてくれよ」


 酒やけのせいかかなり同じ世代の声だと思わない声で下品に跡辺へと言葉を投げつける。


「それが噂の『サイキョーコンビ』? 片方弱っちそうだなぁ」

「ちげぇね、ガハハハッ」


 偉そうにソファに腰を掛けている2人組がこちらを値踏みするように見ながら大笑いする。

 弱そうで悪かったな。こちとら暴力とは無縁の生活をしてたんだ。小さい頃に戦いごっこをして以来か。


「変な奴らだが悪い奴じゃない。安心しろ」


 安心しろも何も未成年飲酒と喫煙してるやつは明らかに『悪い奴』だろ。と言いたいところが状況が悪い。

 ここは大人しくいるしかないか……。


「サイ、俺は笹津宰牙。こいつはキョー」

「寺川。苗字だけでいい」


 こんな奴らにフルネームを覚えられたくない。

 早く帰りたいと思いながら逃げられるかどうか周りを見てみるが今は俺達に注目が向いている。

 落ち着かない様子に何を思ったのか跡辺がタバコの箱を開けて俺に差し出した。


「1本どうだ?」

「た、タバコは……」

「いや、ココアシ〇レットだ」

「それなら……」


 箱から1本だけ引っ張り出し、軽く舐めてみる。うん、大丈夫だな。安全と分かれば遠慮なくいただくとしよう。

 懐かしい感じの食感に少しだけ気が緩む。


「そんでベーシンは何でここに人集めてんだ?」

「我のことか?」

「そう跡辺慎吾だからベーシン」


 分かるぞ、その気持ち。俺も初手であだ名付けられて驚いた。

 ──じゃなくて!


「跡辺がここでたむろしてる理由だろ?」


 どこか不満げな様子で跡辺は俺を軽く睨む。その後、深呼吸をして考え込み始めた。

 何か隠そうとしているのか? まさかヤバいことの片棒でも担がせようとしているのか?


「いや、やめだ。話そう」


 思わずサイと顔を見合わせて首をかしげる。サイも何のことか分かるはずもなく外国のコメディのような手振りをした。

 ヘル何とか先輩みたいな人じゃなければいいんだが……。


「5年前。ここら辺で番を張っていた高校生のアニキが1人のガキに負けたんだ。今だとちょうどお前らと同じくらいの年になっているはずだ」


 5年前、ということは俺が小学3年生くらいか……。ちょうどまいが高熱で入院してた頃だ。もうそんなに前か。


「その時の怪我が原因でアニキは社会に出ることすら難しくなってしまった。まともに会話できない状態だ」


 跡辺が涙ぐんだ声になると他の奴らからもすすり泣く声がする。

 しかし、高校生が小学3年生に再起不可能なレベルの負傷を負わされて負けた、ね。それは現実なのか?

 跡辺の話にヘル味が出てきたので話半分で聞くことにしよう。


「アニキのかたきを取ろうとアニキの舎弟が総出でかかったが傷1つ付けられずに負けた」


 えっと、もしかしなくてもあれですかね?

 嫌な予感に知らず知らずのうちに跡辺の話に自然と耳を傾けてしまう。


「だから今度は我が最強のメンバーを集めてアイツを──」


 演説をする独裁者のように跡辺は腕を広げた。その目に暗い闇が灯る。最初に跡辺と出会った時に感じた冷たさはこれのことだろう。

 完全に復讐に囚われてしまっている。


「ハナミヤを殺す!」


 跡辺の低い声も手伝ってかそのハナミヤとやらへ向けた殺意がビリビリと伝わってくる。

 しかしな、そんなレベルの怪物を俺が──ここにいる人で挑んで勝てるのだろうか?

 老人ならともかく、俺と同い年であるなら未だ現役──昔より強くなっている可能性が高い。俺達の手に負えるかどうか予想すらできない。


「古武術だかたんこぶか分からねぇが極めたとかぬかしやがって!」


 そう言って跡辺は近くの壁に歩み寄り、拳を入れる。一瞬、その場が揺れただけで特にこれといって変化がない。が他の連中は何故か囃し立てる。

 サイは──珍しい虫でも見つけた少年のように目を輝かせていた。

 もしかしてだけど、サイ……?


「オレ手伝うよ」

「ありがとう。キョーとやらは?」


 この場にいる全員の視線が俺へと向く。これはイエスと言うべき状況なのだろうが言い淀む。

 特にこれといって戦力になれそうにないし……。そもそも、だ。


「俺は喧嘩とかしたくない。だから──」

「キョーは頭がいいぞ。だからいい作戦が出てくるかもしれない。サンボーに向いてると思うぜ」


 サイは俺が授業中ほとんど話しているのにテストでいい点を取ることや今までのエピソードを話し、俺をプレゼンする。

 勝手に周りに期待値が上がり、雰囲気的に断れないような状況が構築されていることに胸の不安よりも怒りが勝ってきた。


「いい加減にしろ!」


 思わず口から感情があふれてしまった。怒りや不安、この場で吸った汚らしい空気も一緒くたにして口というダムから吐き出す。

 盛り上がっていた俺以外のメンツは目を点にしてこちらを見た。


「勝手にしろ。俺は絶対に関わらないからな」

「おい、キョー」

「帰る」


 縋りつくようなサイの声に対して吐き捨てるように言って廃ビルを後にした。

 やはりというかサイは追ってこなかった。俺がいなければサイは話に乗らないだろう。


 ──そう、思っていた。

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