第39話 まだ傷は痛むけれど

 何度か先輩達の呼び出しに応じないように提案するもサイは聞いてくれなかった。

 そもそも今の時代に昭和のテンプレートみたいなヤンキーがいることに驚きだが、テンプレートの通りであるなら危険なのは俺達の方だ。

 だからこそ応じない方がいいと思うのだが……。

 俺の心配をよそに一瞬とも感じる時間で帰りのSHRが終わる。


「キョー、行くぞ」

「サイ、やっぱりさ……」

「だから大丈夫だって。キョーにはオレがいるし、オレにはキョーがいる、な?」


 なんとも気恥ずかしいセリフに言葉が詰まってしまう。それをサイは肯定ととってしまい、俺の手を引いてダボパン先輩が指定した体育館裏へと行く。

 そこにはダボパン先輩がたくさんいた。まるでダボパンの森だ。何故か恐怖はない。でも不安は心の奥底で渦巻いたままだ。


「おう、よく逃げずに来れたなぁ」


 本物のダボパン先輩が馬鹿にするような口調でそう言うがサイも俺も無視する。

 それが気に食わなかったのか壁を蹴った。


「ああん? 怖くて声も出ないか?」

「やめろ、必要以上に刺激するな」

「で、でもコイツら俺様の事無視しやがるんですよ!」


 ダボパン先輩がまくしたてるように言うと奥の方から誰かがそう言って出てくる。

 銀に染めた髪の毛は少年漫画の主人公のように逆立っており、所々にギラギラとした装飾品を付けていた。何故か左腕の手首からは黒い包帯が見える。


「でも、獄切ごくぎりさ──ぐはっ!」


 ダボパン先輩が抗議しようとすると奥から出てきた先輩こと獄切先輩が腹を殴り、黙らせた。


「ヘル・リーパーと呼べと言っただろがぁ!!」

「は、はいぃぃぃ!」


 近所にも響くような大声で獄切先輩改め、ヘル・リーパー先輩が怒号を上げる。

 もしかしなくても……この先輩。


「ヘル何とか先輩、中二病っすか? オレ始めて見ました。く、ふふふっ」

「おい、サイ!」


 多分、この場で一番言ってはいけないことをサイが言ってしまった。恐る恐る先輩の様子を見ると俯いて握られた拳小刻みに震わせている。


「す、すみません。こいつたまに察しが悪くて先輩の事カッコイイって言いたかったんだと──」

「キョー、そんなことないぞ。ダサいって思って」

「サイ!」


 なんとかフォローしようと慌てて言葉を紡いだが言い切る前にサイがキッパリと否定する。

 身体が全力で警鐘を鳴らしている。もう1度恐る恐る先輩の様子を見ようとしたら──


「ガフッ!!」


 俺の頬をヘル・リーパー先輩の拳が打ち抜く。あまりの威力に壁に頭をぶつけてしまった。

 揺らぐ視界の中で何かが切れる音がしたような気がした。

 頬をさすりながら立ち上がり、視界を回復させようと目をこする。

 いつの間にかサイがヘル・リーパー先輩の前に立っていた。サイにはいつものような暖かな雰囲気がなかった。


「サイ?」

「……だ」

「はっきり言えよクズやろうが! よくも我を侮辱したなぁ!!」

「オレのダチに何やってくれとんじゃあああぁぁぁ!!」


 サイが大振りで拳をヘル・リーパー先輩に振るう。

 しかしその拳は空振ったかのように見えた。良かったサイは手を出してないことに──

 安堵は束の間、ヘル・リーパー先輩が膝から崩れ落ちる。突然の出来事に俺とヘル・リーパー先輩の腰巾着達は訳も分からず固まってしまった。

 最初に我に返ったのはダボパン先輩。


「ひ、ひいいい!!」


 ケツに火が付いたような勢いで全員を置き去りにしてダボパン先輩が逃げた。

 次々と我に返った先輩達はヘル・リーパー先輩を置いて走り去る。

 心臓が恐怖で早鐘を打ち、何かに縛られたように動けなくなった。

 サイは立ち尽くすようにヘル・リーパー先輩の前で立っている。口を動かそうとするが鯉のようになるだけだった。

 するとサイが振り返る。


「キョー、帰ろうぜ」


 いつもの笑顔を浮かべたサイがそう言う。

 俺は声が出せないままサイの後についていくことしかできなかった。


 ***


 後日、『サイキョーコンビが番を張っている先輩を倒した』という噂が学校中に走り回る。

 尾ひれに背びれ、胸びれまでついてしまい『一睨みで倒した』だの『背中を預け合って迫りくる先輩達をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返した』などその場にいた俺達が否定しても信じてもらえないくらいに手が付けられなくなっていた。

 一方では感謝や尊敬の念、一方では恐怖と憎悪の目で向けられるようになってしまう。

 当時、俺は気にしていたが当の本人であるサイは全く気にした様子ではなかった。英雄視する女子の中にはサイに告白する生徒も出たとのことだ。

 しかし、サイはすべて断っていた。


 噂が収まってからしばらくして生き証人である3年生の先輩達が卒業して数か月──つまり、俺達が中学2年生に上がってしばらく経った時の事。

 不安のことなんてすっかり忘れていた俺は休日にサイと駅前のゲームセンターで遊んでいた。

 こういうところはサイに連れて行ってもらうまで行ったことがなかった。最初はどのゲームでもどうしたらいいか分からず苦戦したが今では慣れたものだ。


「サイ、貰ったぞ。これで飲み物おごりだ!」


 筐体越しにサイと騒ぎながら手元をうるさく動かす。といっても覚えたての操作以外はかなり適当に動かしている。

 勝利への確信からいつもより大きな声が出てしまった。

 驚いた他の客からの冷視線を背中に浴びながらフィニッシュを決めようとする。


「それはどうかな? キョー」

「なんだって?」


 勝ちを確信したが故の油断。そこをサイが突いて俺の勝利は音を立てて崩れ去った。

 あまりの悔しさに筐体を叩きそうになるがグッと堪える。


「くっそー!」

「さすがに危なかった。キョー強くなったな」

「ありがとう。じゃあ、もう一戦や──」

「その前に飲み物おごりな」


 おごりをうやむやにしようとするとサイがこっちまで来て手を差し出す。

 諦めて大きく息を吐いてその手を勢いよく力強く握った。


 ゲームセンターの端っこ、やたらと炭酸飲料の多い自動販売機が景気のいい音で俺達の飲み物を落とす。

 飲み物が吹き出ないように慎重に開け閉めして空気を抜いていった。

 最初、何も知らない俺を歓迎するかのように炭酸飲料が飛び出て大変なことになったっけ。歓迎料として炭酸飲料の1/3を持っていかれた。


「じゃあ、オレの勝利に乾杯!」

「次は負けないからな!」


 お互いの健闘を称えて缶をぶつける。そしてほぼ同時に口へ運び喉へ流し込んだ。

 炭酸の刺激が舌から喉へと伝わり、胃へと入っていく。

 またもやほぼ同時に口から缶を離し大きく息を吐いた。


「うんま!」


 そう言ってサイは下品な音のげっぷをする。もう慣れていた俺はそれに笑顔を浮かべる。


「そうだな。対戦後はこれが一番だな」

「だな」


 サイの同意と同時にもう一回乾杯をする。そしてもう一度、缶の中身を飲もうとした時であった。


「お前らが『サイキョーコンビ』か?」


 バリトンボイスに俺達の小さな宴会が止められてしまう。

 缶を傾けようとした態勢のまま声のした方向へと目をやった。

 サイより拳1つ分背の高い男が立っていた。スポーツ刈りの黒髪だがなんとなく触り心地の良さそうな感じだ。

 訳の分からない英語が羅列された白のTシャツと黒のロングTシャツの一体型の服にダボッとしたズボンを履いている。同じダボパンでもダボパン先輩みたいにダサい感じはしない。ファッションとしての良さを感じた。


「そうだがオレ達になんの用だ?」


 俺を守るように俺と男の間に立ち警戒の目を向けるサイ。男は一瞬、驚いたような顔をするがすぐに口の端を上げ笑顔を浮かべた。

 一瞬、俺と目が合った瞬間、目の奥底に冷たい何かを湛えていたのが見えた。

 その正体が分からず疑問符を浮かべていると男は右手を差し出す。


「我らと友達にならないか?」


 確かに男はそう言った。

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