第38話 キズアトをなぞる
サイと出会ったの次の日、クラスの自己紹介や部活紹介会、各種授業の説明などを経て中学生活最初のLHRが行われていた。
内容はクラス委員などを始めとした委員会決め。
『どこにも所属しない』という選択肢はなく、誰かしらどこかに入るように人数の調整がされているそうだ。
委員会決めはド頭から膠着状態に入っていた。
「誰か立候補してくれよ」
「そう言うお前がやればいんじゃないか?」
「やだよ」
しびれを切らしたクラスメイトが小さな声で軽く言い争う。それを先生は黒板の前から動かずただ見守るだけだ。
今決めているのはクラスの代表──クラス委員長と副委員長決めだ。
本当に序盤の序盤でクラスの空気は悪くなりつつある。かといって俺も立候補するほどの度胸はない。
これさえ終わればすぐ帰れるのにと思いつつも特に何か行動を起こせるわけでもない。そんな状況。
ただ、この時間を終わらせるために誰か動いてくれと頬杖をついてぼんやりと考えていると俺の肩が突かれた。突いた人物は
「『──なぁなぁ、こんな退屈な委員決め終わらせたいからクラス委員一緒にやろうぜ」
祈りが通じたのかと一瞬、喜んでしまったがやるのお前か。それに俺もやらないといけないのか……。
「あんた頭いいって自慢してたんだからやれば?」
「それとこれは話が別だ」
「そういえば小学校の修学旅行の時、お前のリーダーシップすごかったよな。クラス委員どうだ?」
「冗談。あの時はノリでやっただけだし、てめーらのせいで予定狂っただろう」
悩んでいるうちに小さな言い合いがクラスの所々で起き始める。
悪い意味でざわつく教室。このままだと泥沼化しそうだ。いや、もうその状態か。
そんなクラスの状況を見ているとサイと目が合う。するとサイは『心配ないさ』と言いたげに笑顔を浮かべた。
サイから目を逸らし、一考する。会ったばかりのやつだけど信頼できるような気がする。
──それになんとなくサイと一緒なら楽しくできそうな気がした。
「分かった。引き受けるか」
「よし来た! じゃあ、お前副委員長な!」
先程とは比べ物にならないほど破顔したサイ。その顔に釣られるように俺も笑顔になってしまう。
「この話し合いを終わらせに来た」
「なぁに言ってんだ?」
俺の笑顔を肯定としたサイが訳の分からないことを言いながら立ち上がる。思わずツッコんでしまい、クラス中の注目を浴びた。先生も固まってしまっている。
数分にも感じる沈黙の後、サイは首をかしげた。
「あれ? 伝わってない?」
「伝わらないって。サイ──笹津が委員長、
先生にそう申告すると先生はやっと黒板にサイと俺の名前を黒板に書く。
教室のよどんだ空気が浄化されていくような感覚にそっと安堵した。
「では笹津君と寺川君あとはお願いします」
担任はそう言って黒板横にパイプ椅子を広げてそこに座る。
「よっしゃ!」
「そんな張り切ることか?」
「こういうのは景気良くいかなくちゃな」
よく分からない理屈を鼻で笑いつつも堂々と壇上へ向かうサイを追うように並行した。
壇上に立つとサイは少々残ったクラスの悪い空気を払うかの如く教卓を叩く。
あまりにもいい音がしたので俺も含めた何人かのクラスメイトが身体をびくっとさせた。
「ちょっとあまり威圧みたいなことは──」
「オレがこのクラスの
俺の注意を払い除け宣言するようにサイはそう言った。サイなりにクラス中に聞こえるように大きな声を出したのだろうが、元から声が大きいのでその必要はないのにな……。
でも、なんかいい感じだ。
「んじゃ、委員会決めてくぞ」
頼もしく見えるその横顔に安心感を覚えながら先程まで先生が持っていたチョークを持ち、黒板を埋めていった。
***
そんなこんなあって俺とサイはよくつるむようになった。
体育のコンビや校外学習の班、特別授業。いつでも当たり前のように一緒にグループを組む。
他のメンバーはあぶれしまったり、その時その時で変わったがサイさえいれば俺は誰もよかった。
いつの間にか俺とサイはお互いを呼び合っているあだ名から『サイキョーコンビ』と呼ばれるように。響きの良さから俺達はその呼び方を気に入っていた。
「アンタのクラスいい感じよねぇ~。機会みたいなのが担任なのにぃ」
クラスメイトを尋ねてきた別クラスの女子が教室の後ろの方で普通の人より大きめな声量で言う。
相手のクラスメイトの女子はそれに対してゲラゲラと笑った。
「うちなんてうるさい方よ。でもサイキョーコンビのおかげかな」
「クラス委員長と副委員長のことでしょ? うちのクラス委員と変わってくれない?」
「え~、ヤダよー」
その会話を聞いて俺とサイはニヤニヤしてしまう。
いい気になった俺達はお互いのにやけ顔を見て噴き出した。
「キョーの顔変だぞ!」
「いやいやいや、サイの方がおかしかった!」
腹を抱え、お互いを指をさす。その笑い声はクラス内のどの音よりも大きかった。
ひとしきり笑った後、息を整えると先程の女子の会話がまた聞こえる。
「やっぱ、いいよ。そっちのクラスにあげるよ」
「パスで」
そのやり取りを聞いた俺とサイは──
「……」
「……」
黙り込んでしまった。あげるって何なんだよ……。笑っただけじゃないか。
そしてふとサイの落ち込んだ顔を見る。同時にサイもこちらを見てきた。
「ぷぷぷ……」
「くくく……」
口から漏れ始めた笑いは次第に大きくなっていき、またもや大きな笑いとなる。
笑い過ぎて出てきた涙をぬぐう。そして一旦、息を整えた。
「何気にしてるんだよ! らしくないなサイ」
「キョーの方が3秒くらい早く落ち込んでたからな!」
お互いの頭をガシガシとこすっていると教室のドアを乱暴に開ける音がした。
教室中の視線が俺達から扉の方へ向く。
うちのクラスの日常を壊したのは少し長めの学ランに明らかにサイズの合っていないズボンを履いた生徒だ。
なんとも時代錯誤を感じさせる先輩には身に覚えがあった。
俺達が『サイキョーコンビ』なんて呼ばれて少しの事、勘違いした2年生のガラの悪い先輩が因縁を付けてきたのだ。
流れもあって体育館裏に呼ばれたのだがそれをサイが返り討ちにした。多分、というかそのことでまた因縁を付けにきたのだろう。
「おい、調子に乗ってるサイキョーコンビってのはどいつだ、オラァ!!」
誰も座っていなかった椅子を蹴飛ばし、威嚇するダボパン先輩。
近くにいた生徒達が窓際へと逃げた。
「サイとキョーならここにいるっすよ。なんすか?」
「あぁん?! テメーらかふざけてるってのは?」
ふざけてるなんてとんでもない。なんて思いながら肩をすくめると青筋立てたダボパン先輩がズカズカとこちらへ歩いてきた。
「なんだオメー、舐めてんのか?」
「舐めるだなんて、先輩汚そうですし」
「ハァ?!」
鼻と鼻がぶつかりそうな距離でダボパン先輩が顔を近づけ睨みつけてくる。
襟についているクラス章からして3年生の先輩のようだ。
「オレのダチに近付かないで貰えますか?」
サイがグイっとダボパン先輩のワックスでちょっと整えたのだろうダサい頭を掴んで遠ざける。
俺の視界がダボパン先輩で埋め尽くされている間に横まで移動いたようだ。
「おい、キマッてる髪に何してくれてるんだ?!」
今度は野犬のように低い声で唸ってそうな顔でサイを睨むダボパン先輩。
サイも少しだけ目を細めて睨み返した。
するとダボパン先輩は大きく息を吐く。
「喧嘩しに来たんじゃないわ。たーさんが放課後体育館裏に来いって言ってたから来いよ。絶対に逃げるなよ?!」
それだけ言ってダボパン先輩はポケットに手を突っ込んで帰っていった。
恐る恐るといった感じで教室の端に固まっていたクラスメイト達が自分の席に戻っていく。
「サイ、どうする?」
「せっかくの招待だ。顔出さなきゃシツレイだろ?」
「う~ん……行かなくてもいいような気がするけど」
「オレ達サイキョーコンビだぞ。何があっても大丈夫だ。それにキョーがいてくれるしさ」
いつものように光のような笑顔をするサイ。その表情に一抹の不安が芽生えた。
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