第37話 夏の大三角形の下で

 キャンプファイヤーも終わり、参加者たちは宿泊施設へ俺達は一度テントへ戻り、風呂へ行った。

 晩御飯は昼の余りのカレーになりかけたが他のメンバーがカレーうどんを作ってくれた。おかげでカレーは消化に成功。これで3食カレーの可能性はついえた。

 さすがに夜空の下で年頃の男女が土管風呂というわけにはいかないので施設のを使わせてもらった。

 風呂の余韻も束の間、あいつの羽音が聞こえたので急いで虫よけスプレーを振りかける。今度こそ、一息ついた。あわてんぼうの虫たちの合奏がテント越しに聞こえてくる。

 そしてテントの外へ出た。他のメンバーは各自、テントの中で思い思いの時間を過ごしているようだ。テントの中がまだ明るい。

 おもむろに夜空を見上げる。星たちは手を振るように地上おれたちを照らしていた。

 今はさっきほど感動はしないが見入ってしまう何かを感じる。


「星、綺麗だね」


 そう言って隣に座ってきたのは白守さんだ。今白守さんが着ているのはなんか時代劇に出てきそうな服装ではあるが、それよりも寝巻向けの物だろうか。


「そう、だな」


 返事をすると学校で2人きりの時と同じくらいの距離でくっついてくる。暑いが不思議と不快な気持ちにはならない。心臓には悪いがな。


「私キャンプファイヤーの時、空見たらさ感動しちゃって泣いちゃった」


 そう言って白守さんは恥ずかしそうに笑って見せる。まるで祭りの終わりを寂しがる子供の様だった。


「うん、見てたぞ

「え? は、恥ずかしいな」


 白守さんに軽く肩で小突かれる。白守さんの笑顔を見ればそれが照れ隠しなのは明らかだ。

 それに対して俺も小さく笑って見せる。


「俺もだよ。俺も思わず泣いちゃったよ」

「そうなんだ。じゃあ、一緒だね」


 お互い、顔も見ずに笑う。対する星空は相変わらずチカチカと信号のように輝くだけだ。

 ゆっくり流れる時間に俺達はこれ以上言葉を出さなかった。


『そろそろ消灯だ! 寝ろよ』


 遠くから由比先生の声がこだまする。声のした方向を見ると電気式ランタンを持った人影が見えた。

 その声に反応して大半のテントの明かりが消される。明かりの消えていないテントへ由比先生と思われる人影が向かっていた。


「そろそろ戻らないとね」

「そうだな」


 先生がこちらへ来ないうちに2人でテントへ戻り、明かりを消す。

 ランタンに携帯の充電器を挿し、繋ぐ。充電開始の音声が1人きりの空間に空しく響く。


「寺川君、おやすみ」

「白守さん、ちょっといいかな?」


 穏やかな声で挨拶をする白守さんに待ったをかける。


「ん? どうしたの?」


 不思議そうな声色を出す白守さん。テント内でこちらを向いたような音がする。


「あのさ、少し昔話に付き合って欲しいんだ」

「うん。いいよ」


 どこか真剣で優しさに満ちた返事を聞き、大きく息を置く。

 すると自然と言葉が出てきた。


「あれはな中学入学した時だ──」


 ***


 地元の小学校から進学して普通の市立の中学校へ入った。

 入学式の前、同じ小学校の連中もいたがほとんど交流もなかったので声がかけづらくどうしたらいいか困っている。 ど真ん中というポジションが恨めしい。

 苗字がわ行かあ行の家に生まれていれば良いとこに座れたのに、なんて意味のないことを考えていた時だ。



「おう、お前、どこから来たんだ?」

「え?」


 左隣の席の生徒が声をかけてきた。見た感じ体格はかなり良くて少し頭の悪そう。なんとなく攻撃な印象のある少年だ。

 癖っけなのか、いじったのかは分からないがツンツンしたような印象を感じる黒髪(中学校の校則で染まられないから当たり前だが)。目力を感じる力強い目が不安そうな俺の顔を映す。

 少し大きめな口は両端が上がっていて友好的な笑顔を浮かべていた。

 思わぬ声掛けに思考がとまってしまった。


「家」

「ガハハ! そりゃそうだろ? 面白いなお前」

「ちょ、痛いって」


 咄嗟に出た俺の返事に少年は豪華に笑って俺の肩に手を振り下ろすように置く。あまりの衝撃に顔を歪めた。


「わりぃわりぃ。オレは笹津ささづ笹津宰牙ささづさいがっつーんだ。お前は?」

「て、寺川恭平」

「そうかそうか。恭平だから『キョー』! これで決定」


 『オレ』の言い方が少し独特な隣人、笹津に勝手にあだ名が決められてしまった。

 まぁ、母親には『きょー君』とか呼ばれているから別にいいんだが。しかし、一方的にあだ名を付けられるのは癪だ。


「俺がキョーならあんたは『サイ』だな」

「いいな、気に入った! 隣の席同士仲良くやろうぜ。よろしくな。」


 そう言って大きな手を差し出すサイ。俺も新しい出会いに歓喜しその手を力強く握る。

 ──これがかつての親友との出会い。


 ***


 中学も変わらず校長先生の長い話があるんだと絶望を覚えた入学式後。

 校長先生の話はなぜ桜の話から野球の話になったのか理解できずに目を回したまま机に突っ伏していた。

 この後は軽く今後の説明か何かをして解散だったはず。


「キョー! なぁに疲れた顔してんだ?」

「? あっ俺か。すまんすまん。校長の話のせいでな」


 入学式の後から少しの間、姿を見なかったサイが暢気な顔して声をかけてくる。

 新しいあだ名に慣れて無く返事が遅れてしまう。しかしサイはそれを気にした様子を見せなかった。


「あ~、長、かったな」


 なんとも歯切れの悪い返事に目を訝しげな眼を向ける。サイは俺の視線を受け止めることはせずに明後日の方向を見ていた。口笛まで吹き始めた。いや、鳴ってないからな。


「まさか、入学式の時に聞こえてたいびきって」

「オレじゃないオレじゃないオレじゃないオレじゃない!!」

「ハイ、アウトー」


 俺の指摘に手や顔を使って全力で否定するサイにゲラゲラと笑ってやった。すると一瞬でサイの全ての動作が止まり、喉の辺りで声がとまったような音がする。

 多分、なにかいい訳か適当なことでも言おうとしたのだろう。


「そうだよ。なんで分かるんだよ……」

「入学式の後から見なかったからさ、怒られてたんだろうなって」


 うなだれながら俺の指摘が正しいことを認めるサイ。慰めの意味も込めて軽くサイの肩を叩く。

 するとサイは急に体を起こした。


「そうだよ! その通りだよ! 話がつまんなくて寝ちまったよ!」

「話がつまんなかったのは同意。ただ、いびきをかいて寝てたのがまずかったんだろ」

「この時期の空気がいい感じでさ~」


 コイツ情緒不安定か? と思ったが怒られて落ち込んでいる状態で指摘するのは少し可哀そうか。

 それに、なんとも幸せそうな顔で言うもんだから少し注意してやろうかと思った気持ちが失せてしまった。


「ってかさ、始めて笑ったなキョー」

「ん? そうか?」


 急に真剣な顔になったかと思ったら唐突になんなんだ? 疑問符を浮かべるとサイはニカっと気持ちのいい笑顔を浮かべる。


「だってオレが声かけるまですんごい顔硬かったぞ」

「そうか? いや、そうだな。あんま知ってるやつが少なくてな」


 初対面なのに、と思ったが見た目とは裏腹に気の利くやつなのかもしれない。

 なんて思っているとサイは俺の頬を引っ張り始める。


「はひふふんだお~」(なにするんだよ~)

「キョーの顔がまた固くならないようにほぐしてる」


 前言撤回。単純に馬鹿なだけだ。それだけに本質を見抜く目があるのかもしれない。なんてな。

 サイのほぐしに抵抗するもかえってそれが逆効果になることを察したのは担任の先生が教室に入ってきた頃だ。


 ***


「キョー一緒に帰ろうぜ」

「あ? ああ。そうだな」

「あだ名呼びいい加減慣れろよなぁ」

「いった!」


 担任の機械的な説明のおかげで早めに終わった中学生生活初日、サイは先生に怒られたことも忘れてしまっていそうな声でそう提案してくる。

 今回は音は良かったものの、不意打ちだったので思わず『痛い』と言ってしまった。しかし実際はさほどの痛みではない。


「そんな痛かったか。すまん?」

「いいや、驚いただけだ」

「じゃ、帰るぞ」


 そう言うと俺を置いてサイは先に教室を出る。急いで帰りの準備を済ませてその背中を追った。

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