第36話 受け継がれる炎

 疲れた体に鞭を打ち、キャンプファイヤーの会場へ着いた。

 すでに職員の方がある程度の道具を持ってきてくれたいるようだ。軽めの点呼が行われ職員さんの指示の下、キャンプファイヤー火床の組み立てにかかる。

 俺のイメージでは丸太だけで組むと思っていたが実際は違かった。厚板も使うし、それをまとめたり止めたるするのに針金も使っている。今回の手伝いに来なかったらこういうことは知れなかった。改めて実質、誘ってくれた白守さんには感謝だな。

 物珍しさもあってか他のメンバーが張り切って手伝ったおかげで思ったよりも早く火床が組みあがる。


「寺川君、お疲れ様」

「白守さんもお疲れ様」


 まだ気だるさが残っているが身体を動かしたおかげか少しはマシになった。

 もう日が沈もうと下がり始めている。木々の隙間から指す光が少し眩しい。


「寺川、白守さんお疲れ」

「美雪! ついでに寺川も飲み物持ってきたわよ」

「ありがとうございます!」

「ついでは余計なのでは? でもありがとうございます」


 紙コップに入ったスポーツドリンクを一気にあおる。疲れた体にスッと水分が入り込んでいく感覚に息を吐いた。

 そんなことをしているうちに高荒先輩は他のメンバーにも飲み物を配りに行く。白守さんもそれを手伝うためかついて行った。


「少し時間があるらしいから休むといいよ。疲れてるだろ?」

「やっぱり分かります?」

「そうだね。寺川はぐうたらだから今日のはきついんじゃないかなって」

「酷くないですか? いや、間違ってはないですが」


 親切さに刃を隠さず切りかかるような押谷先輩の言葉にについついほおが緩む。

 先輩の言葉に甘えて地べたに腰を下ろした。押谷先輩も俺の隣にゆっくりと座る。特に会話もしないまま俺達でくみ上げた火床を眺めていた。


「高荒先輩、水着ありがとうございました」

「寺川は落とせたかしら?」

「落とすもなにもちょっと一緒に遊んだだけですよ」

「それが答えのようなもんよ。寺川、他の女子なんて見てなかったわよ」


 少し離れた場所で話す白守さんと高荒先輩の声が聞こえた。

 なんでそれを……。確かに一瞬、高荒先輩に気は向いたがそれ以外は白守さんしか見てなかった。

 それがどうしてなのか暗くなりそうな空を眺めながら考える。


「寺川、図星のようだね」

「いいいいいや、そんなことあるわけないわけある──」


 小さく笑う声の次にとんでもないことを言う押谷先輩。あまりにも的確な指摘に驚く。


「そんな訳あるわよね?!」

「いって!」


 心地の良い打音と竹刀で打たれたような衝撃に大きな声を上げてしまう。

 犯人は明らかだ。白守さんを引き連れた高荒先輩だ。どうやらあちらにもこちらの会話が聞こえていたようだな。


「寺川君、大丈夫?」

「大丈夫。いつものことだから」

「ほら、ゆーも寺川も座ってないで説明聞きに行くわよ」


 そう言って高荒先輩は押谷先輩を無理矢理立たせようとする。その様子にクスクスと笑いながらゆっくり立ち上がった。

 高荒先輩のせいで立つのが遅くなった押谷先輩を待ってからみんなの集まっている場所へ向かう。

 そこで一通り、キャンプファイヤーの流れの説明を受けた。

 どうやら昔は点火した後はダンスやゲームをしていたそうだが時間が時間なのとここは暗くなるとほとんど見えなくなるそうだ。

 自然とのふれあいがコンセプトの宿泊施設になるとこうなるのだろう。

 今日はゆっくりふかふかのベッドにでも──


 ***


「そうだった。俺達はテントだった……」


 色々なところからペグを叩く音が聞こえる中、深いため息を吐きながら1人呟く。

 1人にしては少々大きめなテントを引きずりながら決められたエリアの端っこへ向かう。どうやらこのテントは今回、俺達のために用意してくれたようだ。

 このくらい広いのだから2人で1つでも良さそうなものだが年頃である俺達のへの配慮なのだろう。

 草むらが近すぎると虫とかが少し怖いので充分に距離を取って、と。


「お隣いいかな?」


 職員の説明通りにテントを組み立てようとすると白守さんがそう聞いてくる。俺が苦労して運んでたテントセットを軽々と持っていた。

 別に男女が隣になることに関しては何も言われなかったが……。


「それはいいけど、変な目で見られないか?」

「変な目? いいんじゃない? 高荒先輩達もけっこう近いよ?」

「マジか?」


 白守さんの指した方向を見ると向かい合わせでテントを設営する先輩達の姿があった。

 まさか幼馴染って言ってたし家の配置と一緒だったりしてな、なんて思いながらついついにやけてしまう。


「だから、ね?」


 断る理由はないし白守さんなら別に大丈夫だろう。どちらかというと俺が警戒されるべきだと思うが。本人がいいのならいいか。それに──


「ちょうどいいしな」

「??」


 可愛く首をかしげる白守さんからサッと視線を外してテントの設営に戻る。

 2人で並んで無言で作業しながら揺らぐ覚悟をどうしたものか考えた。それでもその揺らぎは収まることはない。


 ***


 日も沈みかけた頃、テントに自分の荷物を運び終えテントから出ると参加者達が火床の周りにぞろぞろと集まり始めていた。

 そろそろ時間かと火床へ向かうと白守さんがゆっくりと付いてくる。


「白守さん、お疲れ」

「うん、寺川君もね」


 お互いを労いながら向かうと軽い衝撃が俺の腰にぶつかる。

 何事かと下を見るともじもじとしたたっくんがいた。少し遠くから心配そうな様子でたっくんの母親が見ている。

 なるほど、な。

 屈んでたっくんの言葉を静かに待つ。


「ごめん」


 不貞腐れたように、でも申し訳ないという気持ちが伝わるそんな謝罪だった。


「ああ、いいぞ。でもな包丁は攻撃するために使う物じゃないのは知ってるな?」

「うん」


 たっくんは大きく首を縦に振る。いなかった間、似たことを言われたのだろうか、たっくんはたっくんの母親の方を見た。


「じゃあ、魔王──お兄さんとの約束だ。もうするなよ?」

「うん!」


 小指を出すと元気よく返事をして指を絡める。指切りをするとたっくんの母親が深くこちらへお辞儀をする。

 足音を立てて戻るたっくんの背中を見守っていると不意にたっくんが振り返った。


「でもお姉ちゃんはあきらめないからね!」

「こら!」


 たっくんそういうとすかさずたっくんの母親に怒られる。その様子を見てまだまだ続くのかと笑いをこぼしてしまう。

 空に星が広がろうとしていると職員が参加者とクラス委員会メンバーに一定の距離を取って火床を囲むように呼びかける。

 言われた通りにすると職員の人が長い棒の先に何かが付いたものを配り始めた。

 少しして俺のところにも職員さんが来て棒状の何かを受け取った。


「これからトーチの使い方を説明します。──」


 職員が大きな声でアナウンスをする。これってトーチなのか。トーチというとオリンピックの聖火リレーに使われる奴くらいしか思い浮かばなかった。

 説明された内容はこれから職員さんから時計回りに火を隣の人に渡していって最後にみんなで火床へ点火するそうだ。


「やぁ」


 いつの間にか押谷先輩と高荒先輩がこちらへ来ていた。そして当たり前のように俺、白守さん、高荒先輩、押谷先輩と言った順番に並ぶ。

 隣に来た職員さんが始まりの合図をすると職員さんは俺ではなく逆側にいた親子に火を渡す。

 暗闇が渡されていく炎によって照らされていく。そして押谷先輩に火が渡される。

 穏やかな笑顔を浮かべながら押谷先輩は高荒先輩に火を渡し、いつもより真剣そうな表情の高荒先輩から白守さんへ、そして──


「はい」

「おう」


 火に照らされる白守さんの顔が妙に幻想的に見える。

 白守さんから火を受け取ったのを確認した職員さんが首を縦に振るとみんな恐る恐る前に出て火床に火を当て始めた。

 少しするとみんなの火が燃え移り、もう少し待つと大きな炎になった。

 さすがに危ないと思って下がると職員さんがトーチの火を消して回る。


 大きな炎を前にただ静かに見つめるだけ。火の音、乾いた木の焼ける音と少しの子供たちが話す声。土と緑と煙の臭い。

 みんなの火を受け継いで大きくなった炎は周りを煌々と照らす。

 何気なく空を見上げるとそこには満天の星空が広がっていた。家から見る空よりも星が多く、力強く輝いている。

 星々に心を洗われるような感覚がすると頬を一筋の涙が撫でた。

 悲しいことがあったわけじゃないのに、辛いことがあったわけじゃないのに一筋だけ涙が流れる。

 その刹那、小さく流れ星が空を駆けた。


 ──俺に少しだけ勇気をください。


 心の中でもういなくなった星に祈る。

 涙の通った跡を軽く拭うと白守さんが目に入った。彼女しらもりさんも空を見上げその頬を一筋の涙で濡らしていた。

 そして祈りが届いたのか、俺の胸の決意に揺らぎが無くなっていた。

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