第34話 アタックオンキッド

 白守さんと灰汁に悪戦苦闘しつつもルーを投入。嗅ぎなれたスパイスの香りが鍋の周りを包み込み始めた。

 なんというか最後の美味しいところを持って行ってしまった感が否めない。年功序列でよそっていくのだから俺体は最後の方になるからいいか。


「寺川君、ボーッとしないの。焦がしたら台無しになっちゃうよ」

「大丈夫だって」


 これでもたまには家事の手伝いもしている。簡単な料理くらいは出来つもりだ。

 もう煮込むだけになったカレーなんて卵かけご飯レベルと言っても過言ではない。


「やっぱり参加者達はぼちぼち終わってるな」


 状況的にはほぼ全組が食べ始めている。遅くてももう盛り付けは済ませていた。


「そうだね、私達は人数が人数だから──」

「お姉さん!」


 話していると大声を出してたっくんが両手を広げ白守さんをハグしようと飛び掛かる。

 しかし、大声を出してくれたおかげで俺が済んでのところで頭を押さえて阻止した。


「やめろ! まおう! 馬にモフられて死んじまえ!」

「それを言うなら『蹴られて』な。馬にモフられた程度じゃ人間死なんぞ」

「あ、あげあしとるな!」


 間違いを指摘するとたっくんのきが俺に向く。悔しそうな声を上げながら俺の背中を容赦なく殴る。

 鈍い音はするものの所詮は小学生の力だ。強めのマッサージレベルの威力にしか感じない。

 少しするとまたたっくんの母親が泣きそうな顔になりながらたっくんを回収していった。


「白守さんモテモテだな」

「やめてよ。私が寺川君以外触れないの知ってるでしょ?」

「そうだけどさ。そういえば、さっき言ってった好きな人って誰なの? 本当は嘘じゃなかったりして」


 からかうように言うと白守さんは耳を赤くしながらそっぽを向いてしまった。

 あれ? なんだこの空気。


「もう、嘘なわけないわけなわけ……」


 しまいには訳の分からないことをブツブツ言い始めた。悪いこと言っちゃったかな……。


「ご、ごめんって! ほ、ほらいい感じに煮えたから先輩達呼ぼう。な?」

「うん」


 ふくれっ面になった白守さんを引っ張ってサポートをしている他のメンバーに声をかけて回った。

 押谷先輩はこちらに譲ろうとしてくれたが高荒先輩がバーベキューの時と同じように説得(物理)をかまして従わせる。

 それを遠目で見てクスッと笑う。


「よく考えるとさ、先輩達はこれで最後の活動かもしれないんだよね」

「そうだな」


 シーズン的には進路に向けて動き出さなくてはならない時期だ。

 押谷先輩の行きたい専門学校はどういったシステムか分からないが受験があるとしたらそのために準備しないといけないだろう。受験がない場合も学費のためにバイトしているのだから忙しくなってしまうだろう。


「なにか用意できたらよかったな」

「くらえまおう! エクスカリバー!」


 たっくんが大声を出して突撃してくる。あまりにも近い距離だったので避けることも出来ずまともにくらう。何かを俺の足に振り下ろす。


「いって!」


 さすがに今度の攻撃は痛かった。たっくんの手に握られているのは包丁だ。

 血が傷口から──なんてことはなく、子供用の包丁なので少し痛かった程度だ。

 しかし、たっくんのやったことは一歩間違えれば命を奪いかねない行動。


「たく!!」


 この場にいる誰もが怒号の主、たっくんの母親の方へ視線を向ける。

 さっきまでは場の空気を壊さないようにある程度、抑えていたのだろうがさすがに今回はまずかった。

 今までの比にならない速度でこちらへと向かい、たっくんの首根っこを掴む。


「本当にすみません。お怪我はありませんでしたか?」

「大丈夫です。あざは出来るかもしれませんが支給されていたのが子供用の包丁で助かりました」


 我ながら少しビビったのか割とまともな対応ができてそれにも驚いた。

 高速化した鹿威ししおどしのように何度も俺に頭を下げる。

 無理もない。今回使われた包丁が金属製の物であったのなら大事になっていた。親としては恥ずかしい思いと悔しい思いでいっぱいだろう。

 しばらくこの状態が続いてからたっくんと母親は施設の方へと行ってしまった。


「寺川君大丈夫?」

「ああ、ちょっとびっくりしたよ」


 俺が叩かれたところと俺の顔を交互に見ながら心配そうにそう言ってくる。

 当事者の俺よりも動揺している様子だ。


「ごめんね。私のせいで」


 白守さんは俯きながら泣きそうな声を出す。白守さんのせいではない。

 きっかけはそうだろうが、俺がよく分からない感情に任せてたっくんにちょっかいを出したからだ。


「白守さんは悪くない。俺が大人げないことをしたから」

「なんで? 寺川君は私を守ろうとしてくれたんでしょ?」

「それは、そうだけど」

「だから始まる前に男の子でも大丈夫なのか聞いてくれたんでしょ? 私、嬉しかったよ」


 抱き着いてくるんじゃないかというくらい白守さんが近付く。顔を逸らしたかったが白守さんの真剣な目に吸い込まれてしまい抜け出すことができなかった。

 胸の鼓動が早い。頭が沸騰して狂ってしまいそうだ……。


「ねぇねぇ、お母さん。あの2人前見たドラマみたいにチューするの?」

「そんなこと言わないで食べなさい! 人参残さないの」


 近くの少女とその母親の会話で我に返った。急いで白守さんから半歩距離を取る。

 白守さんも近かったことに気付いて恥ずかしそうに顔を手で仰ぐ。


「と、とと、とにかく怪我無くてよかったよ」

「そうだな、ほら、俺達もカレー食べよう」


 自分でもわかるくらいぎこちないやり取りな上に話題の転換も無理矢理。

 参加者ほぼ全員の視線から逃げるようにその場を去った。

 何か言いたさそうにニヤニヤする押谷先輩と高荒先輩のまなざしに耐えながら食べたカレーの味はよく分からなかった。


 ***


 これから親子達は施設内にあるプラネタリウムで天体観測。

 俺達はその間、休憩だ。暑さと事件で削られた体力を回復させなくちゃな。

 ──と思ってたが。


「美雪! 寺川! 川行くわよ!」


 思ってたんだが……。そう言えば川で遊んでも良いとは言われてたな。

 こんなことなら水着なんて持ってこなければよかった。持ち物に書いてあったら持って行っちゃうだろうって。これは罠だ。悪質な罠だ。

 内心でそう叫んでも仕方ない。自分の身の安全を考えると行った方がよさそうだ。


「白守さんは? 行かないといけない感じはするけど」

「え、いや、その、い、行くけど……」


 さっきのことをまだ気にしているのだろうか? そう思うと俺も──いやいや、ダメだ。白守さんが心配してくれたんだから、その気持ちをふいにするようなことを考えちゃだめだ。

 必死に雑念を振り払って白守さんの様子を見る。

 なんとなくだが、どうやらさっきのことではそう? 白守さんはひっきりなしに白守さんの身体と高荒先輩の持っている荷物を見ていた。


「先行くぞ」

「待って、ちょっとだけごめん」


 そう言って白守さんは俺の服の裾を強く握る。他のメンバーにバレないようにさりげなく腕を動かさないように努めた。

 眺めに距離を取りながら先輩達についていく。

 川のせせらぎが聞こえ始めたると白守さんが裾から手を離す。


「ありがとね」

「あ、ああ」


 少し寂しさを覚えながらもそれを隠すように顔を逸らす。

 川の入り口には由比先生が立っていた。一応、何かあった時のためにいてくれているのだろうな。

 由比先生と話しながらメンバー達はこちらをチラチラ見ていた。


「なんか待たせてるみたいだな。行こうか」

「そうだね。ちょっと緊張するけど」


 しりすぼみになっていったので白守さんが最後に何言ったのか聞き取れなかったが肯定してくれたのは分かったのでいいか。

 無駄な汗をかかない程度に駆け足でみんなと合流する。


「入ったら更衣室があるから着替えはそこを使うように」


 先生の指をさした先にはなんとも言えない味のある小屋があった。左右に扉があり、マーク的に右が男性用、左が女性用ってところだろうか。

 まばらな返事をしながらメンバー達はそれぞれの入口に通っていった。


「さて、と」

「寺川、白守さんと何話してたんだい?」

「いや、特に?」

「それにしてはいい雰囲気だったね」


 更衣室に入ろうとすると押谷先輩が楽しそうに話しかける。これはさっきのことも含めてからかおうとしていそうだ。


「何か言いたいことでもあるんですか?」

「別に? 何も──そうだそうだ」


 怪しい笑みを浮かべてくるが何かを思い出したようで押谷先輩は耳を貸すように手振りをする。

 訳が分からないまま耳を貸した。


「どうやらね、タカーラが白守さんの水着を見繕ったみたいだよ」

「は、はぁ……」

「すごくかわいいんだってさ」


 思わず黙り込んでしまった。白守さんお水着姿を思い浮かべそうになるが必死にその幻影を振り払う。

 高荒先輩が見繕うが見繕わなかろうが可愛いのは決まってるんだ。って俺は何を考えてるんだ?!


「ほら、行くよ」


 更衣室で思考停止に陥った俺を押谷先輩が引っ張てくれた。

 内なる自分と戦いながら更衣室で着替えを済ませる。

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