第33話 姫と魔王と小さな勇者
マイクロバスから降りた俺達を襲ったのは熱気だ。
比較的木々の生い茂る場所ではあるが、それでも暑いものは暑い。まだバスの中の方がマシだ。
みんなで重い荷物を引きずって宿泊施設のスタッフルームへと詰め込む。施設内はクーラーが効いてって気持ちがいい。
小休止を挟んでロビーに集められた俺達は一通りの説明を受けた。
要約すると
『小学1年生~小学5年生の子供とその親が参加するイベントであること』
『外の炊飯場で昼ご飯を作る。
『小さな子供はしゃがんで同じ視線になって話してあげること』
『お昼ご飯の後はプラネタリウムの公演をするので
『夕方に向けてキャンプファイヤーの準備をする。その時にテント設営のレクチャーもする』
『そして今夜は星が綺麗に見えるらしいが熱帯夜』
と言った感じだ。順序がめちゃくちゃで整理するのに一苦労だ。
レクチャーが終わると俺達は重い荷物を職員の人と手分けして運ぶ。
鍋や食器など1つ1つは大したことないがたくさんあると運ぶのが大変だ。
やっとの思いで運ぶと数のチェック、それが終わったら食材を運びまたチェックと日の光に焼かれそうになりながら準備を終え、施設内へと戻る。
涼しい空間でボケっとしていると俺の肩を誰かが叩いた。
「寺川君、今のうちに日焼け止め、塗っとかないと」
白守さんだ。そういえば一緒に使うってことで日焼け止めを買ってたんだっけ。
「ああ、ありがとう。それにしてもきつかったな」
「そうだね。今日は暑いし、子供たちが心配だね」
「エネルギーの塊みたいなもんだ。親もついてるだろうし大丈夫だろ」
話しながら日焼け止めを塗るとヒヤッとした感触が妙に気持ちいい。日焼け止め独特の臭いも不思議と不快ではない。
「でも油断しないようにね。特に私達はこまめに水分取らないと干からびちゃう」
そう言うと白守さんは何とも言えない顔をして両手を胸の前でプラプラと振る。
訳が分からなくて思わず笑ってしまった。
「なにそれ可愛い」
「なんでよぉ! ゾンビだよ?」
「干からびるならミイラだろ」
「そうだね」
少しの間、会えなかった寂しさか夏の雰囲気がそうさせたのか。いつもよりテンション高めな声で白守さんと笑う。
そうしていると由比先生が待機しているスタッフルームに入ってきた。
「そろそろ始まるそうだ。まずは挨拶だ」
それだけを伝えると扉を開けて出るように促す。
最終確認を終えてから次々と出るメンバーに続いて部屋を出た。
***
簡単な挨拶を終えて外に出た。先程よりも暑く感じる。やはり、昼が近づいているせいか。
雨でも降ってくれないだろうかと思うがそう都合よく雨雲は発生してくれない。
親子たちが自分たちの割り振られた場所で準備している間に俺達は名札が配られた。
どうやら転職前にポップ職人をやっていた職員が参加者分の名札を作ってくれたようだ。丸々とした字で『てらかわ』と書かれていた。
「ねぇねぇ、可愛いよねこの字!」
同じく丸々とした字で『しらもり』と書かれた名札をこちらに見せながらはしゃぐ白守さん。
「そうだな。可愛いな」
白守さんが。と思っていると職員さんに来るように促される。
ちょっとした余韻に浸る
「では、準備出来た方から始めてください。なにかお困りのことがあれば職員課スタッフにお声がけください」
『はーい!』
子供たちの元気な返事が淋しさ感じる炊飯場を彩った。
はしゃいで親の言うことを聞かない子供やすでに退屈そうにしている子供など色々な個性がさらに場を色鮮やかにする。
「元気があって良いね」
「俺達にもこんな時代があったの……あ、ごめん」
「ううん。気にしてないよ」
この時期はちょうど白守さんが辛い思いをした時期なのに思わず口に出してしまった。
白守さんはああ言ってくれてたが反省しないとな。
「私達の分は──今は押谷先輩達がやってくれてるね」
「俺の出る幕はなさそうだな」
「やだよ。私も寺川君の料理食べてみたい!」
「といってもな」
みんなで作るんだから100%俺の手作りではない。そう言われたら自分の力で作ったものを提供したい。
白守さんと話しながら見守るだけの簡単な仕事であって欲しいものだが予想外のことは起こるものだ。
真っ直ぐ白守さんの元へ向かう男の子の影が1つ。見た感じ小学3年生くらいだろうか。
男の子は白守さんの服を引っ張ろうとしたのか小さな手を伸ばす。しかし、白守さんは最低限の動きでそれを空振らせた。
何もつかめなかったことに少し驚いた様子の男の子は少し不思議そうにしていたがめげずに顔を上げて白守さんの顔を見つめる。
「ねぇねぇ、お姉さんの名前は?」
「ここに書いてある通り、『しらもり』だよ」
教わった通りに白守さんは男の子の目線になるように屈み、優しい声で答える。
しかし男の子は少し不愉快そうな顔をした。
「ちがうよ、名字じゃなくて名前!」
「なんでお姉さんの名前が知りたいの?」
「お姉さんとけっこんしたいから」
男の子は少し恥ずかしい様子を見せながらも純粋な気持ちを真っ直ぐに白守さんにぶつけた。
普通なら笑ってやりたいところなのだが、何故か笑えない。笑おうとしても顔が固まってしまって表情を浮かべることができない。
「ごめんね。私ね他にす、すす好きな人がいるから」
「だいじょーぶ! お姉さんの分まで好きだから」
どんな理屈だよ。と声に出してしまいそうになった。
白守さんが優しい嘘をつくも男の子は譲るつもりはないようだ。その様子に白守さんは笑顔を浮かべてはいるが困っているのは明らか。
仕方ない。俺が──
「たっくん! お姉さん達を困らせないの!」
「ヤダ! ぼく、このお姉さんとけっこんするの!」
「すみませんね……。普段はいい子なんですけど」
「大丈夫ですよ~」
慌てた様子で男の子──たっくんの母親が連れ戻しにきた。
小学3年生の親ともあってかうちの親よりも1、2まわりほど若く見える。子育て大変そうだわ~。
白守さんの営業スマイルから困惑が無くなったのを確認してホッと一息ついた。
「あんま、かーちゃん困らすなよ、少年」
「うるさい! じゃますんな! このまおー!! お前がお姉さんをせんのーしてるんだろ?!」
「はい?」
なんでぇ? 小学生の発想分からない。怖いな~……。
そんなの出来たらここにいる意味なくないか? その力使って世界支配できるからな。のんびりこんなところで
「こら! すみません」
「い、いえいえ~」
「ぜってー、とーばつしてやる!」
「やめなさい!」
さすがに攻撃的な発言を繰り返したせいでたっくんは母親から教育的指導(あたまをはたく)をくらう。
しかしそれでも諦める気はない様で母親に引きずられながら俺を親の仇のように睨みつける。隣に親いるだろうが。
「寺川君、なんかごめんね」
「子供の言うことだ。気にしとらん」
「ありがとうね」
「しゃあないよ。白守さん可愛いし」
「も、もう! 口が上手いんだから」
すごく顔を赤くした白守さんに軽く腕を
おっと職員さんの視線が痛いので真面目に見て(るふりし)ないと。
誤魔化すように参加者達の様子をみる。例のたっくんは時折、こちらを見て俺と目が合うと挑発するように舌を出してきた。
そうしているうちに調理の番が回ってきたので白守さんと調理へ向かう。
といってもほとんど押谷先輩達がやったようで俺達は煮込み具合を見たりルーを入れるくらいしかやることがない。あとは灰汁取りか。地味にめんどいな。
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