第32話 未来は未定

 買い物から数日、また退屈な日々の連続で溶けてなくなりそうになった。

 外に出たら暑さで死、家にいたら退屈過ぎて死。どちらにしろデッドエンドなわけだが、人間そんな簡単に死なない構造になっているらしい。

 暑さと退屈さに変な思考が回り始めた頃、クラス委員会第2回目にして日をまたぐ大きめな活動『市民ナチュラルホーム』でのボランティア活動の日となった。

 惰眠を貪り過ぎたせいか、おかげか朝はすぐに目覚めることができた。

 駅前で有名人を見たような視線を家族に浴びせられながら時間通りに家を出る。

 いつものように自転車に乗って学校へ向かうが暑くてしかたない……。引き返してしまおうか、と考えた何度考えただろうか。その度に俺を引き留めたのは白守さんの存在だった。白守さん──と先輩達と過ごせると考えると自然とペダルを踏む足に力が入った。

 待っている時間が長いと暑さにやられてしまいそうなので今日は珍しく時間ギリギリで着くように計算して向かったのだがいつもより多い荷物に苦戦してしまう。

 飲み物は押谷先輩が持ってきてくれるとのことだから想定よりも荷物は少ないがそれでも重い荷物に身体が振り回されてしまった。


「や、やっと着いた」


 汗だくになりながら自転車をひいて駐輪場の日陰で一息つく。

 もう体操服の背中と首元がビショビショだ。これでテントで寝ろというだから鬼だ。2日目は私服でいいからいいけどさ。


「あ、寺川君! 今日は変なところにいるね」

「おはよう白守さん。いや、日陰にいないと死んじまうよ」

「そんな簡単に死なないよ。でも暑いね」


 涼しい顔をしつつも白守さんも何筋か汗を垂らしていた。

 にしても俺と比べて汗の量少なくないか?


「寺川君、運動してないでしょ?」

「当たり前だろ? 退屈で死ぬくらい家で大人しくしてたぞ」


 胸を張ってそう言うと白守さんは苦笑いを浮かべる。その反応は予想してたよ。


「だから余計に汗かいちゃうんだよ。今のうちに気を付けておかないと早死にしちゃうよ?」

「ん~。それはそうだけど、白守さんには関係なくないか?」

「関係あるって! だって──」

「だって?」


 白守さんが言葉半ばで固まってしまった。別にほかの男子に触られた訳ではない。夏休みに学校の駐輪場にいるのだなんて部活か俺達クラス委員会くらいしかいない。

 警戒するほど人もいないってことだ。


「白守さん?」

「なんでもないよ。ごめんね」

「いや、気になるんだが」

「ほ、ほら、集合時間もうすぐだから早くいかないと!」


 強引に誤魔化すな、と言いたいところではあるが白守さんの言う通り、集合時間まであまり余裕がない。

 ここは追及はいつでもできるだろうと諦めて集合場所に行くのが賢い選択だろうな。


 ***


 急いで集合場所に行くとすでに何人か集まっていたがほとんどの人がもうばてていた。俺もその一人だが、日陰で白守さんと話していたおかげで少しは楽になったので今は大丈夫だ。


「やぁ、寺川。ちゃんと来てくれたんだね」

「普通に来ますって。俺を何なんだと思ってるんですか?」

「メンドーくさがりナマケモノ」


 押谷先輩の代わりに返事したのは押谷先輩の後ろからひょこり現れた高荒先輩だった。

 確かに面倒くさがりではあるけど、ナマケモノって言われるほどの事はしてないはずなんだが。むしろちゃんと仕事してる方だぞ。こうして任意参加の活動に参加してるわけだし。


「退屈に殺されそうになれば嫌でも来れますって。暇潰しの夏休みの宿題も2、3日で終わってあとは面倒なのを適当に片付けるくらいですし」

「え? 寺川君、それ本当?」

「ああ、そうだけど」


 驚きを隠せない声で白守さんが聞いてくる。押谷先輩も高荒先輩もガンジーが人をボコボコに殴っている様子を見ているかのような顔をしていた。

 なんかまずことでも言っただろうか?


「寺川、アンタは裏切らないと思ってたのに……」

「はい?」


 何故か心底裏切られたような声で高荒先輩が膝から崩れ落ちる。

 もしかして俺、とんでもない問題児だと思われてるのか?


「白守さん、もしかしなくても寺川って優秀なのかい?」

「いつも寝てますけど勉強はできます。中間テストも私よりも上位でした」


 押谷先輩もなんて失礼な。人よりよく寝るが俺はいたって普通の生徒だ。みんなにこんなリアクションされる筋合いはない!


「なんでこんなに言われないといけないんだ……」


 今度は俺が膝から崩れ落ちる。しかし膝をついた瞬間、鉄板のような暑さが俺の膝を焼こうとしてきたのですぐに立ち上がった。

 代わりに大きくため息をつく。


「普段の行いだよ。だから授業、真面目に受けないと」

「……」


 一瞬、白守さんの言う通りにしようと思ったがダメだ。せっかく勝ち取った睡眠じゆうを手放すわけにはいかない。

 徹底抗戦を胸に誓った。


 ***


 少しすると由比先生が来て急ぎ目の点呼を経て、先方のマイクロバスに乗る。

 今回の参加人数は10人ほどだ。流石にこの季節は部活やイベントがあるせいで都合のつくメンバーはなかなかいなかったとのこと。

 それでも10人も来たのだからいい出席率なのではと思う。

 夏の日差しと人が入ったせいで途中から生ぬるくなったマイクロバスの空気に慣れてきた時、ふと小さな疑問が浮かぶ。


「そういえばさ、白守さんって男の子とかは大丈夫なのか?」


 隣で飲み物を口にしながら何か考えている様子の白守さんに声をかけた。

 今回のイベント『親子キャンプ』という名前なので小さい子も来るだろう。もし、事故や何かしらのはずみで触られてしまったら大変だ。


「赤ちゃんは大丈夫そうだけど、それ以上だとダメかも」

「まぁ、そうだよな……」


 過去の話を聞く限り、年少くらいの子でも難しそうだ。直接の被害を被ったわけではないだろうが、幼少時いじめられていた過去も白守さんの男性への恐怖心を煽っているに違いない。

 となるとなるべく白守さんの近くにいてあげた方がいいだろう。少なからずちょっかいをかけようとする子もいるだろう。白守さん可愛いからなぁ。仕方ないことだ。


「大丈夫だよ。親御さんもいるからね」

「え? そんな不安そうに見えたか?」


 内心を読んだかのような発言に通りすがりの人に肩を殴られたような顔をしてしまう。


「うん。すごく考えてるような顔してたよ」

「白守さんには敵わないや」

「寺川君のことは分かるんだから!」


 『──お前のことはなんだって分かるんだ!』

 かつての親友しりあいを彷彿とさせる言葉に一瞬、心が沈む。一瞬を見逃さなかった白守さんが心配そうに顔を覗き込んできた。


「大丈夫? 私なんか変なこと言っちゃった?」

「さっき、俺が夏休みの宿題やってることを驚かれた」


 茶化すように言うと白守さんが少し複雑そうな表情をする。

 いつもは少し頬を膨らますくらいだが、今は少し冷たさを感じる表情だ。


「それはごめんだけど、違うよ」


 叱るというよりかは真剣──俺自身と向き合おうとしているように感じるその声に言葉を失う。

 綺麗な瞳に嘘やいい訳も吸い込まれていくようだった。

 なにも考えることもできないまま口が動きそうになる。


「そろそろ着くからな忘れ物がないように気を付けること」


 由比先生が車内にいる人間に聞こえるように大きな声を出す。

 返事をするメンバー、慌てて荷物の確認をし始めるメンバー、何事かと飛び起きるメンバーと到着を目前にして車内は混沌とし始めた。


「寺川君」

「なんだ?」


 気付くといつものように少しふくれっ面になった白守さんが俺を可愛く睨みつける。

 先程の表情が頭から離れなくなったせいか、おどける気にもならなかった。


「私はね。寺川君の力になりたいと思ってるんだよ?」

「それはありがとう」

「今もこれからも、ずっと思ってるんだから」

未来それは分からないだろ? もしかしたら白守さんも──」


 これ以上はダメだ。何重にもガムテープを貼られたように口をつぐんだ。

 白守さんの頬がさらに膨らみそうになった瞬間、大きく揺れてマイクロバスは目的地へと到着した。

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