第31話 ハクバラ!

 予想外の遭遇に少々時間を取られてしまったが概ね予想通りの時間に目的地である柏藤バラエティプラザに到着した。

 複合施設だけあって入口広場には噴水があり、来た客を飲み込むような入口だ。いつ見ても大きい。

 しかし、予想よりは人が少ない印象である。人は多いが白守さんが苦労しそうなほどではない。とりあえず一安心か。


「寺川たちの予定は?」

「とりあえず昼までにかさばらないもの──虫よけとか軽いものを買い集めようかなと」


 広い施設なので歩き回ることを考えるとこうなるだろう。

 といったものの、詳しい予定は立ててないので口から出まかせだが。


「美雪と私は日焼け止めもね」

「今年はボクも日焼け止め必要かもね」

「寺川君もいると思うよ」

「そうか?」


 俺だけ蚊帳の外か、と思っていると白守さんがそう言ってくる。

 別に俺は日焼けとか気にしないしなぁ……。


「じゃあさ、ボランティアの時だけ共有しない? 私は使用期限までに使い切れないと思うから」

「え? 日焼け止めに使用期限あるの?」

「寺川馬鹿ね! あるに決まってるじゃない」


 白守さん越しに高荒先輩が得意げな顔で会話に割り込んでくる。学年が上なので分からないが高荒先輩だけには言われたくない。


「タカーラ無視して白守さんの提案は悪くないと思うよ」

「そう、ですか……。白守さんと押谷先輩がそう言うなら」


 仕返しとばかりにそう言ってやると高荒先輩が軽く睨みつけてくる。それに対して軽く口の端を上げてやった。

 叩かれるかと思ったが高荒先輩は小さく微笑んだだけだ。


「まずは薬局ですね。ルートは私に任せてください」

「白守さんって確か──大丈夫なのかい?」

「大丈夫っす。ここは任せてやってくれませんか?」


 白守さんが古武術を習っていたことは先輩達ふたりとも知らないかったことを思い出して、雑に誤魔化す。2人とも信頼できる人間ではあるがおいそれと人の過去を話すのはあれだろうし、白守さんが話す気であっても場所が悪い。


「じゃあ、美雪頼んだわよ!」


 こういう時、高荒先輩の単純さに助けられる。──ってなんか高荒先輩がこっち睨んでる!


「今、失礼なこと考えてたでしょ?」

「そんなわけ、あるわけないじゃないですかぁ」

「あっそ、それならいいわ」


 案外あっさりと引き下がってくれた。ホッと息を1吐きする。

 心なしか少し複雑そうな表情の白守さんに違和感を覚えつつ白守さんの先導についていった。


 ***


 薬局で虫よけと虫よけシール、そして日焼け止めを買い込んだ俺達は適当なパスタ店に入り、昼食をとることにした。

 注文も終え、適当な雑談をしていると注文した料理が運ばれる。

 驚いたのはパスタなのに渡されたのは箸だということ。店員さんのミスかと思い、周りを見てみると他のお客さんも箸でパスタを食べていた。

 つまり、そういうことか。

 俺はカルボナーラ、白守さんが梅シソ、押谷先輩がナポリタン、高荒先輩がイカ墨パスタだ。


『いただきます』


 みんなで手を揃えて食事の挨拶をしてみんな黙々と食べ始める──と思ったら高荒先輩は料理の写真を撮り始めた。

 一部女子が『バエ』とやらで写真を撮るのは知っているがイカ墨だぞ。大丈夫かそれ?

 まぁ、人の趣味はそれぞれだ。口出しするのもあれだし、黙ってよ。

 にしても箸でパスタか……。うん。食べ辛い。でも旨い。

 麺をすすらないように気を付けないといけないので──

 箸で食べるパスタに苦戦していると目の前で豪快にすする音がしていることに気付く。

 隣は白守さん、はす向かいは高荒先輩なので──


「せ、先輩?」

「ん? どうしたんだい?」


 声をかけると押谷先輩は口元がケチャップで汚れた顔を向けてくる。

 その顔に笑ってしまいそうになるが少し息を漏らしながらも耐えた。


「いや、パスタってすするのダメじゃないんでしたっけ?」

「確かにそうなんだけど、ここはいいんだよ。気にしなくて。ほらタカーラも」

「ん?」


 呼ばれたから高荒先輩が顔を上げる。音は立てていないもののすすっていた。しかし、その唇はイカ墨のせいで真っ黒に染まっていた。

 波状攻撃に耐えられなくなり、笑い声は殺せたものの笑ってしまう。


「高荒先輩……ぶふ」

「何よ?」

「唇が悪の幹部みたい……くくく」


 俺の言葉に反応して高荒先輩が反応をする前に押谷先輩が高荒先輩の方へ向く。少し笑いながらも手元のおしぼりで高荒先輩の口元を拭った。

 それに何故か俺はさらに笑い出してしまう。


「押谷先輩も口……くっふふ」

「寺川君さっきから失礼だよ」

「本当よ──ってゆーも口元汚いわね」


 今度は高荒先輩がおしぼりで押谷先輩の口元を拭う。

 そこでようやく俺の笑いが収まった。目尻に溜まった涙を軽く指で取って息を整える。


「寺川君、笑い過ぎだって」

「でも2人揃って口元汚してるのなんか微笑ましくてさ」

「アンタねぇ……」

「どうしても昔から汚れちゃうんだよね。気を付けてるつもりなんだけど」


 軽く睨みつける高荒先輩と苦笑する押谷先輩、タイプが違うが妙に息が合ってるところに憧れのような感情を抱く。


「そんなことよりも午後はどうするつもりなんだい?」

「次はかさばるものでも、と2Lの飲み物とか寝巻パジャマや着替えとか辺りです」

「なら──美雪借りるわね!」

「え? え?」


 高荒先輩の言葉に白守さんが分かりやすく動揺する。

 その反応がちょっと可愛いと感じてしまった。


「だってさっき買おうっていったじゃない?」

「今日なんですか?」

「そうよ」


 キョトンとした顔で返すが当たり前かのような様子で答えてる高荒先輩。

 まぁ、確かに今日買うとは言ってなかったけどいつ買うかも言ってなかったしな。


「じゃあ、ボクらはタカーラと白守さんの分の飲み物を確保するとしよう。まとめて買った方が安いかもしれないし」

「それは……そうですね。そうなると俺達はスーパーの方ですね。でも俺の服はどうしますか?」

「合流する時に見ようか。ボクも一緒に見るよ」


 これからの行動方針が決まったところでみんな食事に戻る。

 ちょっと心配だったのでさりげなく口元をおしぼりで拭いた。まぁ、流石にね。


 ***


 打ち合わせたとおり、白守さんと高荒先輩と別れて俺と押谷先輩は内設されているスーパーまで移動してきた。

 昼だからか比較的人が少ないように感じる。


「さて、さっさと買いましょうか」

「寺川、そんな焦らなくてもいいよ」

「なんでですか? 待たせるの悪いですよ」

「多分ね、寺川が思ってるほどタカーラ達の買い物はすぐに終わらないから」


 すぐさま『なんで?』という単語が頭に浮かんだ。

 私服用だとしてもパパっと終わりそうなもんだけどな。


「ボク達には理解できないよ。女の子の買い物は時間がかかるんだってさ。タカーラが言ってたよ」

「へ~……」


 釈然とはしないが高荒先輩本人が言っていたのならそうなのだろう。

 押谷先輩が持ってきたショッピングカートについていくように店内に入る。

 やはり、複合施設であるからか近くのスーパーとは比較にならないほど広い。どこに何が売っているのか分かりやすく表示されているので迷わなさそうだ。

 目的の飲料のコーナーへたどり着く。そこで箱売りの飲み物が置かれているのを見つけた。


「少しだけですけど安いですね」

「そうだね。じゃあ、水2箱とスポドリ2箱だね」

「6の~12……1人頭3本ずつってことですね」

「そうだね。あり過ぎて困ることはなさそうだからね。今年は暑いだろうし」


 カートの底が抜けてしまうのではないかと心配になる音を立てて目的の物を積み込む。

 さて、これで俺達の方は終わりだな。


「って先輩?」


 押谷先輩はカートを押してレジに行かずに近くにある500mlのペットボトルが売られている場所へ移動していた。

 もう買ったにこれ以上何を買おうというのだろうか。


「何してるんですか?」

「タカーラ達が買い物で疲れてるだろうから飲み物をね。寺川は何飲みたい? あと白守さんの好みを教えてもらえると嬉しいな」


 そこまで考えていなかった。こっちに向かうときは頭にあったのに……。

 流石、押谷先輩だ。


「なら緑茶一択ですね」


 棚にある緑茶を見つけて指をさす。すると押谷先輩は適当な緑茶をカートに入れた。

 しかし、先輩の入れた緑茶は違うような気がして別の緑茶を取ってカートに入れる。


「寺川も緑茶にするのかい?」

「ん~、そんな感じです」


 まぁ、特に飲みたいものがあったわけではないのと俺の直感が正しいか検証してみたい気持ちがあったからだ。

 押谷先輩はコーラといちごミルクをカートに入れてレジへと向かう。置いていかれないように後ろに付いていった。


 ***


「やっぱタカーラ達もう少しかかるって」

「マジすか」


 会計を済ませた俺達は重い飲み物を引きずりながら各自の洋服を買い、ファッション関係の店が比較的多めの区画でソファに腰を掛けていた。

 俺達はものの数分で終わったのに。本当に押谷先輩の言う通りだった。


「ごめんごめん! 待たせたわね」

「寺川君、ごめんね。押谷先輩もお待たせしました」


 両手に大きな紙袋を抱えながら白守さん達がこちらへと駆け寄ってくる。

 多分、押谷先輩からの連絡を受けて切り上げたのだろうが。


「思った以上の荷物になりましたね。どうします?」

「これは予想以上だね」

「いやぁ~、美雪の素材が良すぎてつい夢中になっちゃったわ」


 ゲラゲラと笑いながら心底楽しそうに高荒先輩が言う。白守さんは少々疲れた顔をしてた。

 こりゃ相当振り回されたな。


「そうだ白守さん。疲れただろうし、押谷先輩とお茶を用意したんだ。どっち飲む?」

「う~ん、こっち」


 ほぼすぐに白守さんは俺の選んだ方の緑茶を取る。すると胸の内に暖かな気持ちが湧き出た。


「ほら、タクシー呼んだから帰ろう」

「は~い。じゃあ、白守さん行こうか」

「うん!」

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