第30話 偶然エンカウント

 高校生になって初めての夏休み。

 寝る場所が机からベッドに変わっただけでやることは変わらない。いつもと違うのは退屈さが何倍にも膨れ上がっていることだ。

 暇潰しに開始2、3日でほぼ全ての宿題を片付けてみたが退屈さは紛れなかった。

 退屈さに圧し潰されそうになっていると携帯から通知音が鳴る。

 今回は渋い声の通知音ではなくデフォルトの通知音。基本、通知音を切っているのでこれは──

 飛びつくように携帯を開くと通知欄には『今日のスケジュール 11時~白守さんと買い物』と表示されていた。

 そういえば今日って白守さんと決めて忘れないようにスケジュールアプリに登録したんだっけか。


「さて、と」


 ベッドから起き上がり、出かける準備を始める。

 気付くと退屈さによる重さはきれいに無くなっていた。

 自然と準備する手が早くなるのを感じながら小さく笑う。


 ***


 隣町、といっても電車で1駅程度の距離でやろうと思えば歩けるが疲れるのでやりたくない。

 夏休みのせいで妙に窮屈で汗臭く感じる電車に揺らされ、たった1駅だからと耐えしのぶ。

 ──白守さんはこういう時、どうしてるんだろ。

 なんて頭の端で考え始めたら電車が大きく揺れて停まる。3テンポほど待つと電車の扉が開き、湿った空気を取り入れた。

 多少、楽になった呼吸に開放感を覚えながら下車する。

 ここから目的地である柏藤バラエティプラザはもう少し距離があるのだが、あっちだと人混みのせいで待ち合わせしづらそうだったので集合場所は駅にした。

 改札口を出て他の人の邪魔にならない位置を確保してっと。LANEで連絡でも入れておこうか──


「寺川君、お待たせ~!」

「いや、別に本当に今来たとこ、ろ」


 今回は校外学習いぜんのこともあったので衝撃は小さめだった。駅の北口から駆けてくる白守さんが着ているのは白地に綺麗な朝顔の柄の浴衣だ。

 比較的季節に沿っているので前よりは安心ではある。


「どうしたの?」

「いんや? 今日も可愛いなって」

「そう? お気に入りなんだ浴衣これ


 周りの邪魔にならないように配慮してなのか白守さんは周囲の様子を見ながらゆっくりと回って見せる。

 少し離れた距離にいるのに白守さんから風を感じた。まとわりつくような湿り気を吹き飛ばすような爽やかさ。

 まずいまずい。見惚れてる場合じゃなかった。


「と、とりあえず行こうか」

「? そうだね」


 思わず声が上ずってしまった。白守さんは小首をかしげながらも答えてくれる。

 恥ずかしさが先行して少々早足で目的地へと向かおうとすると服を引っ張られる感覚に止められた。


「そんな急がなくても大丈夫だから」


 声がして振り向くと白守さんが俺の服の横っ腹の部分を小さくつまんで引っ張っていた。


「そうだな。意外と買うもの少なかったしな」


 特に虫よけはたくさん買わないと大変なことになるので気を付けないとな。

 服をつまんだままの白守さんと並びながら駅を後にした。


 ***


 柏藤バラエティプラザへは駅からシャトルバスが来ているのだが、白守さんの事情も考慮して乗らないことにした。

 線路沿い──といっても線路は遥か頭上なので厳密には高架下だが、そこに沿ってゆっくり歩く。


「なんだかんだ家族以外と行くのは初めてかもしれない」

「そうなの? といっても私も家族以外だと友達と何回か来たくらいかも」


 こういう所は食事も物も高い傾向にあるので特別なものを買う以外はなかなか来ることはない。

 それに夏シーズンはけっこう混む。映画館等が併設されている影響だろう。

 しっかし、目的地へ続く道も心なしか混んでいるように感じる。


「白守さん大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ。それに寺川君がいるからいつもより気を張らなくて済んでるよ。ありがとう」

「ん? どういたし、まして?」


 白守さんの言っている意味がよく分からないが一応、感謝の言葉は受け取っておこう。

 にしても今日は夏ってのもあるが暑い。俺自身もだが白守さんも水分を取っているか注意しないとな。


「でさでさ、今日はよく来れたね。寺川君、忘れちゃいそうで心配しちゃった」

「失礼な。確かに退屈に潰されそうだったが──そういえばここ数日に比べると身体が軽いような……」

「へぇ~。そうなんだ。なんか嬉しいな」


 なんで俺の体調がいいと白守さんが嬉しいんだ? まぁ、こうして約束は守られたからってことなのかもしれない。

 今思うと約束破ったら後が怖い。白守さんみたいな人が怒るとどうなるんだろ? と好奇心が湧いたがそれで猫どころか自分を殺してしまいそうなので、その気持ちを心のごみ箱へダンクシュートする。

 なんてことを考えていると白守さんが前を向いて表情を固まらせているのに気付いた。


「白守さんどうした?」

「あ、いや、気のせい。だといいなぁって」

「何が?」


 質問に答えてくれない白守さんにしびれを切らしてさっきまで白守さんが見ていた方向を見ると1組の男女がいた。

 世代的には俺より少し上だろうか? かなり仲が良さそうな雰囲気だ。カップルだろうか。女性の方が楽しそうに笑いながら男性の背中をバシバシ叩く。

 その横顔と叩き方にどこか見覚えがあるような、ないような……。

 意識したせいか例のカップルの話声がおぼろげながら耳に入る。

 ──


「もしかしなくても白守さんの言ってるって──」

「寺川君も気付いちゃった? その、どうしよっか?」

「どうしようもなにも……」


 このルートを歩いているってことはほぼ間違いなく目的地は一緒だ。

 違うとしたら近くの図書館か科学博物館くらいだが、2人は同じクラス委員会のメンバー。そして次回のボランティアへ参加の意思を示しているメンバーである。

 つまり、目的地が一緒な上に買うものも一緒の確率が高い。

 白守さんとどうしようか答えを出せずに流れを止めるわけにもいかないので歩みを止めるわけにもいかずにいるとふと2人組の男性──押谷先輩と目が合ってしまう。


「あ」

「気付かれちゃったね」

「まぁ、どちらにしろあっちで出くわすだろうし遅かれ早かれだろ」

「そうだね」


 諦めの息を吐いて歩いていると押谷先輩は2人組の女性──高荒先輩の肩を叩いてこちらを指さす。

 高荒先輩が振り向いてこちらに向かって元気よく手を振る。白守さんはそれに対して控えめに手を振り返した。

 今歩いている道は目的地前の大きな道路の歩道と合流する前の部分が少し広くなっている。先輩達はその端っこで俺達を待ってくれていた。

 流れを乱さない程度に早めに歩いて先輩達の待つ場所へ向かう。


「やぁ、偶然だね」

「そうですね。まさかこんな所で会うとは思いませんでした」


 押谷先輩はゆったり目の半袖の青いTシャツに白いズボンを履いている。なんとなく先輩らしいな、といった感じだ。

 対する高荒先輩はえっと黒の……キャミソールだっけかそれに普段せいふくと同じくらい短めの水色のスカートを履いていた。この日差しでこの露出、日焼けしないか心配になる。


「美雪会えて嬉しいわ! でも浴衣なんて着ちゃって、この後、花火大会あったっけ?」

「ありませんよ? 寺川君と買い物に来ただけです」

「じゃあ、それが美雪の私服ふだんぎ?」

「そう、ですけど」


 高荒先輩の言葉に白守さんの顔が曇りかけた。──多分、校外学習の時のことを思い出してしまったのだろう。

 通りすがりの奴らに馬鹿にされるだけならまだ立ち直りようはあるが、知り合いとなると──


「可愛いわね! 美雪らしい。でもね洋服は持ってるの?」

「持ってはいるんですけどずっと和服ばっか着てて……」

「確か、校外学習も私服だったはずよね? その時は?」

「その時も和服でした。あの時は寺川君が気が利かして浴衣借りて着てくれました」


 白守さんの言葉に高荒先輩が驚く。そして信じられないような目で俺を見た。

 そしていつもの笑顔を浮かべて肩をバシバシ叩く。いつもより強めの威力に顔をしかめてしまう。


「寺川にしては気が利いてるじゃない! でもね──」


 急に真剣な顔になって白守さんの方に向き直る。言い聞かせるためなのか高荒先輩は白守さんの両肩に手を置いた。


「あのね。聞いて。ファッションはね自由よ。でも見慣れないものやその場にそぐわないものもあるのは分かるわよね?」

「は、はい」


 珍しく視線を外して首肯する白守さん。

 高荒先輩はなるべく白守さんを傷つけないように言うが校外学習で嫌な思いをしてしまったせいで少々空気が重くなる。

 心配だがファッションにうとい俺にはどうしようもない。

 押谷先輩に助けを求めるように目線を送るが先輩は『心配ないよ』と言わんばかりに1度だけ首を縦に振る。


「前は寺川が助けてくれたけど、寺川がいないときはどうするの? せっかくの楽しいお出かけなのに気分が下がったら台無しでしょ?」

「そ、それは……」

「そうならないために洋服も少し買っておこ? ね?」


 白守さんが答えを渋る。するとようやく静観していた押谷先輩が口を開く。


「白守さん。タカーラはこんなだけどファッションに関しては問題ないから、ね」

「先輩もそう言ってなら少し挑戦してみたらどうだ?」

「そう、だね。高荒先輩、お願いします」

「よし来た! 誰かさんをノーサツできるようにしないとね!」


 こちらにウインクしながら高荒先輩はそう言った。

 その言葉を受けて白守さんはもじもじするが一瞬、こっちを見て高荒先輩の顔をしっかり見つめる。


「はい。す、少し怖いですけど」


 横からでも分かる。俺達の上に広がる空に浮かぶ太陽のような笑顔を白守さんが浮かべた。

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