第27話 協力的だがしかし
白守さんとの熾烈な戦いも終わり、クラス全体の気も緩んできた。しかし、容赦のない夏の兆しは登下校中など容赦なく生徒に襲い掛かる。
タイミングよく衣替えのシーズンが来た。暑苦しい学ランは押し入れでお留守番させている。真新しい半袖のワイシャツが緩く俺を包み込んでいた。
さて、テストの戦果として授業中の睡眠時間と今日の昼食を確保した。今日も昼ご飯のために貰ったが全然使ってない。厳密には飲み物を買うのでこれから少しは使うが。
たくさん食べるために朝食を抜くなどして食べないのは逆効果と聞いたのできちんと朝ご飯は食べてきた。
「寺川君おはよう!」
「おう、おはよう!」
白守さんのお弁当が楽しみ過ぎていつもより挨拶の声が弾んでしまう。
それに気付いたのか白守さんが少し苦笑を浮かべた。
「気が早いよ。昼休みまで待ってね」
「すまんすまん」
「んもう」
軽く叱るように白守さんに注意されたので垂れてもないよだれを拭いて謝る。どこか嬉しそうにそう言い白守さんは席に着いてカバンやら机の中やらいじり始めた。
普段、白守さんが食べているお弁当を見ているだけに期待値が高い。寝るだけで昼休みまでスキップできないものか。
楽しみ過ぎて変な動きをしてしまいそうなのを必死に抑えるように机に突っ伏す。
そうしているうちにチャイムが学校中に鳴り響き、少し遅れて先生が入ってきた。先生のフリートークから出席を取るといういつもの流れを聞き流す。
「今日は文化祭の出し物の話し合いするからな。出し物のアイディア考えておけよ」
え? 文化祭? 確か
「んじゃ、クラス委員頼んだからな」
そう言って先生は教室を出て行ってしまった。
ほぼ丸投げされた……。この世はいいことがあると面倒なことが起こるシステムにでもなっているのだろうか。
まぁ、いっか。多分、資料的なものを直前に渡されるから読んどけば何とかなりそうだ。
「文化祭かぁ~。中高一貫だったから少しだけ懐かしいな」
「そうなのか? 白守さんは何かやったのか?」
「ううん。中等部は少しお邪魔しただけ」
だとすると白守さんも文化祭の出し物をしたことがないってことか。少しでも参考にしたかったんだがそれなら仕方ない。
学校見学は
見えない文化祭のイメージに苦戦していると1時限目開始のチャイムが鳴る。
いつの間に来ていた先生に内心、驚きつつも日直の号令をこなしていつものようにすぐ寝た。
***
授業終わりのチャイムのたびに飛び起き、まだ昼休みではないことに落胆するのを3回ほど繰り返す。
今度こそ本当の昼休み開始のチャイムに待ってましたとばかりに飛び起きた。
「よし、昼休みだ。白守さん、荷物持つよ」
「あからさますぎるよ……。でも今日は少し重いから助かるよ」
呆れながら白守さんがスクールかばんを手渡す。少し重いと言っても少しだけだろうと思いながら白守さんの手からカバンを受け取った。
「よっしゃきた──って本当に重い!」
「言ったでしょ? その分、頑張ってきたから、ね?」
白守さんはそう言って俺の胸を軽く何度か叩いた。何故か白守さんの叩いたテンポを真似るように心臓が鼓動する。
よく分からない感覚に戸惑いながらもグッと堪えて教室を出た。
持っている荷物は重いのに身体は軽やかに跳ねる。付いてくる白守さんからの生暖かい視線を感じながらいつものようにいつもの場所へと向かった。
いつも登っているうちに疲れてしまう階段も普段の1.5倍程の速度で登り切りいつもの場所に到着し腰を降ろす。
「準備するからちょっと待ってね」
「うん。何か手伝うことあるか?」
「大丈夫だよ」
昼ご飯を用意してもらったので何かしてあげたかったのだが、ないのなら仕方ないか。
少し待つと白守さんはカバンから漆塗りの重箱を大切そうに取り出す。
「デカすぎないか?」
「私の分もあるから大丈夫だよ」
にしても大きくないか? これ2段あるぞ。
でも白守さんの手料理なら食べられるような気がする。自然と口からよだれが垂れてしまいそうになり、緩みそうな口を締めた。
「じゃあ、これ寺川君の箸ね」
「おう、ありがとう」
白守さんから少し重い箸を受け取って指に挟んで手を合わせる。
その様子に白守さんは少しクスッと笑って重箱を広げた。
いつもの煮物や焼き鮭等の和食に加え、から揚げや小さいハンバーグなども詰められている。
「珍しいね。いつもはから揚げとか入ってないのに」
「男の子だからお肉も入れないと、ってお母さんが」
「そこまで気を使わなくていいのに。でもありがとう」
「うん。じゃあ」
白守さんの作ったものなら何でもいいのに、と言いたかったがなんか照れ臭かったので飲み込んだ。
「「いただきます!」」
食事の挨拶をしてすぐに箸を伸ばしたかったがグッと堪える。
勝負に勝ったとはいえ、作ってくれたのは白守さんだ。
好物の目の前にした犬のように弁当を見つめて待つ。
「先でいいのに。可愛い」
「これでも気を使ってんだぞ」
「うん。ありがと、でも先に食べて」
作った白守さんがそう言うなら、と箸を伸ばす。まずはから揚げやハンバーグ──ではなく色とりどりの野菜が食欲をそそる煮物、恐らく筑前煮に箸を伸ばす。
人参とレンコンを一緒にとって口に運ぶ。
じっくり煮込まれた人参は柔らかく煮汁のうま味と人参本来の甘味が口に広がり、レンコンの歯ごたえが口の中を楽しませる。
「うまい!」
「お口に合ってよかった」
「白守さんも食べないと全部食べるぞ」
「それはやめて欲しいな」
素早く箸を動かすと嬉しそうに白守さんはそう言って弁当に箸を伸ばし、食事を始める。
これが桜の下とか原っぱとかならもっと美味しくなりそうだ。
将来、そうなれば──
白守さんとの未来を想像しようとした時、何かが急ブレーキをかける。胸を焦がすように黒い何かがちらついた。
「寺川君?」
「あ、ああ。なんでもないよ」
白守さんの声で我に返った。今のは何か分からないまま返事をして食事を再開する。
弁当全てを食べきるのに昼休みほぼすべて使ってしまったが美味しかった。
教室に戻るまでの間、さっきのは何だろうと考えるが満腹による眠気が思考の速度を限りなく0にしてしまい、答えを出すことができなかった。
***
白守さんの弁当を食べて満足、終わり! というわけにはいかなかった。
クラス委員の仕事だ。我々1年生初めての文化祭の出し物を決めなくてはならない。
「じゃあ白守、寺川後は頼んだぞ」
6時限目開始3分ほどで進行の全てを丸投げされてしまった。
やれやれと思いながら教卓の前に立つ。文化祭の出し物について書かれた書類が置かれていた。
ええっと。
主な出し物の種類は『飲食』『小売』『アトラクション』『演劇』『映像』『展示』の6種類。
『飲食』は喫茶や調理等をして提供するもの。
『小売』は既製品、手作りした物の売買。
『アトラクション』は人探しや迷路、射的等の出し物。
『演劇』は──そのまま演劇。
『映像』は自作映画や作った動画の放映。
『展示』は学習の成果や製作物の展示といったもの。
と説明に書かれている。
制限があるのは『飲食』で各学年ごとに2組まで。『アトラクション』はお化け屋敷が禁止されていた。
「まずは飲食、小売、アトラクション、演劇、映像、展示どれがやりたい?」
「白守さん、まずは説明しないとみんなイメージ出来ないんじゃないか?」
「そうだね」
少し先走る白守さんを制して出し物の概要の部分を
ハッとなった白守さんは恥ずかしそうに後頭部をかいて俺の指さした場所をそのまま説明した。
「じゃあ、大まかに何をやりたいか多数決ね!」
白守さんはそう言いながら確認を取るようにこっちを見る。首を縦に振ると白守さんがカテゴリーごとに聞いていく。
それぞれで手を挙げた人数を数えて黒板に書き込む。
『飲食』7票、『小売』12票、『アトラクション』7票、『演劇』3票、『映像』5票、『展示』0票。
「
白守さんがクラスメイト達に聞くと返事の代わりに拍手が響く。
少し接戦だったので不満が出ると思ったがそういうことはなさそうだ。
「次は何を売るだね!」
するとクラスメイトの何人かが手をあげた。白守さんが順番に指名する。
クラスメイトの意見を簡略化して黒板に書きだす。
出た意見をざっとまとめると『アクセサリー』『お菓子』『変なもの』『缶詰』『ブランド品』。
確か注意事項の所になんかあったような……。
「『高価なものは禁止』だから『ブランド品』はダメだな。んで『公序良俗に反する』──反しそうなので『変なもの』は却下」
書類に目を通しながらひっかりそうなものを選択肢から外す。
少し残念そうな声を上げる奴もいたが納得はしてくれているようだ。
「とりあえず『アクセサリー』と『お菓子』と『缶詰』で多数決だな」
「うん。じゃあ──」
先程と同じように白守さんが多数決を取った結果、かなりの差で『お菓子』になった。
店をどういうコンセプトにするかを決めるとなると意見が多数出てくる。
意見をまとめる時間もなく、チャイムがヒートアップした教室の空気を両断した。
出た意見はクラス委員でまとめて来週詳しい内容を詰めることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます