第25話 大決戦ノウレッジネイバーズ

 夏の気配にクラス全体が地に足がつかない様子が広がり始め、珍しい来客せんぱいの訪問が少し遠い過去に感じ始める頃。

 テストも目前。再び先生達が俺の居眠りに対して諦め始めてくれた。

 しかし隣の白守さんはなんとか俺を授業に参加させようと気を引こうとするがそれに従う気はなかった。

 寝てても点は取れるだろうし別に行きたい大学があるわけでもないので内申点にこだわるつもりはないし。

 テスト3日前、俺の態度にしびれを切らしたのか白守さんが可愛らしく怒って帰ろうとする俺の前に立ちふさがる。


「寺川君! テストの点数で勝負しよ!」

「なんなんだ唐突に。別に構わないけどさ」

「え? いいの?」

「しなくていいならそれでいいけど」


 なんでそんなリアクションなんだよ。自分で吹っ掛けた勝負だろうが。

 冷たい目線を向けると白守さんは可愛らしく咳払いをした。


「私が勝ったら今後の授業は真面目に受けて」

「じゃあ、俺が勝ったら?」

「え?」

「俺は睡眠を賭けてるんだぞ? 白守さんも同じものを賭けないとダメだろ?」


 もしかして自分が勝つ前提で話を進めてたな……。舐められたものだ。

 しばらく考える様子を見せる白守さん。そろそろ話を終わらせないとクラスメイトの邪魔になるからな。

 白守さんに触れないためなのか空気を読んでなのかクラスメイト達は教室の後方の扉から帰宅していた。


「な、なんでもするよ」

「ん~なんでもするかぁ……」


 なんでもって言っても限度ってもんがあるだろうしなぁ……。丸投げされてもなぁ。

 クラスメイトの帰路の確保のために俺は早く答えを出さねばと考えると押谷先輩達のことを思い出す。


「何でもするって言ったな?」

「う、うん……」

「じゃあ──」

「じゃあ?」


 わざと溜めるように言うと何故か不安そうな顔をする白守さん。そんな俺、ヤバいこと言いそうな雰囲気か?

 まぁいい、さっさと言うか。


「白守さんの作ったお弁当が食べたい!」


 そう言うと俺と白守さん以外のクラスメイトが全員ズッコケる。まるでテレビで見るコント番組のようだ。

 一体、なんなんだ?! と教室中を見回すとみんな何事もなかったように日常に戻る。

 マジでなんだったんだ? 疑問符を浮かべながら白守さんに視線を戻す。


「ま、毎日?」


 不安そうに俺の顔色を窺うように見つめる白守さん。その手は俺の前にしては珍しく胸の前で軽く拳を握っている。

 俺って信用ないのかな?

 安心してもらうために笑って見せる。


「いや、一回きりでいいって。流石にそこまでは求めてないって」

「うん。分かった。負けたらお弁当作ってあげるね!」


 心の底からホッとしたような表情で白守さんはそう言って笑顔を浮かべる。

 先輩達が同じ弁当を食べてるのがなんとなく気になったのは俺の胸の内に秘めておくとしよう。


「ほら、さっきからみんなの帰りの邪魔になってるからさっさと俺達も帰ろう」

「あ、みんなごめん」


 白守さんが謝ると一部の生徒が『いいよ』と言ってるように手をひらひらと振ってくれる。

 なんとも暖かな雰囲気は白守さんが委員長だからこそできた雰囲気なのだろう。

 教室から出る間際、クラスメイトに軽く礼をしてから先に出た白守さんの後を追った。


 ***


 テスト当日。

 ノートや教科書を開くクラスメイト達を尻目に俺は荷物の整理をしていた。

 テストでは机の中はもちろん、机のフックに何かをかけるのも禁止になっている。

 なので教科書、プリント類は教室後方のロッカーに入れるか入りきらないものは廊下に出さなくてはならない。

 盗難防止のため、貴重品は先生の方で預かってくれる手はずとなっている。


「寺川君、もう片づけてるの?」

「まぁな、みんなギリギリまで粘るだろうし、先にやっておいた方が楽だろ?」

「優しいね寺川君」

「いや、そういうのじゃないから」


 チベットスナギツネのような目でそう言うと白守さんがクスリと笑う。

 胸に少々のくすぐったさを覚えながら必要なものと貴重品以外を廊下の端に放っておく。廊下にカバン1つ落ちる音が響いた。


「白守さんは調子どうなのよ?」

「いい感じかな。寺川君に負けないよ!」

「じゃあ、テストが終わったらちゃんと寝ろよ」

「え?」


 訳が分からない、といった様子で白守さんが首をかしげる。

 どうやら白守さんは気付かれていることに気付いていないようだ。


「白守さん、目の下クマが出来てる」

「あ……。うん、そうだね。テストが終わったらゆっくり休むよ」


 白守さんは色白なのでクマができるとすぐ分かる。

 肌のケアとか分からないが『夜更かしは肌の天敵』とかいうセリフをどこかで聞いたくらいだ。無理して欲しくはない。

 白守さんのなんにでもない俺が余計なおせっかいだったかな。


「せっかく可愛いんだから、な。無理はすんな」

「う、うん」


 返事をすると白守さんは恥ずかしそうにノートとプリントに目を落とす。なんか変なことでも言ったか? ま、いっか。

 俺もほどほどまで教科書でも読んでテストに備えるとしますか。

 テスト範囲のページをさらっと読んでふと教室の時計を見るとテスト8分前だ。そろそろ動いとかないと廊下が混みそうだ。

 席を立って貴重品以外を廊下に置いたカバンの上に置く。教室に戻って机で待機する。

 テスト開始前の予鈴が鳴るとクラスメイトが濁流のように教室の外へ荷物を置きに行った。

 それを尻目に大きく1あくび。隣にいる白守さんは流れが落ち着くまで少し待っているようだ。その眠そうな目には闘志のようなものが宿っていた。

 ──なんでそんなに俺に真面目に授業を受けさせたがるのだろうか?

 ふと疑問が浮かぶが多分、白守さんが気にしているのは『てい』なのだろう。

 恐らく押谷先輩辺りにあてられたってところか。確かに俺が授業中に寝てるだなんてクラス委員会の印象に関わってくるかもしれないからな。

 でもそれは校内だけの話で地域の人には関係ないんだけどな……。それに気付くのはいつになるのやら。

 負けてあげてもいいような気がするがこれは俺の睡眠がかかっている戦いだ。それに全力でぶつかろうとしている相手しらもりさんに手を抜くだなんて失礼だ。


「今更悩んでも手加減しないんだからね」

「ん? ああ、負けるつもりはないぞ」


 教室に荷物を置きに行く間際、宣戦布告する白守さんにそう返して前を向く。

 俺が全力を出すかどうか悩んでいる様子にどうやら勝ちを確信した様子だ。

 勘違いしてくれてありがとう。


 ***


 いつもより時間が短いせいかテスト1日目、テスト2日目と日めくりカレンダーを一気にめくるような感覚で過ぎ、最後の科目が終わった。

 普段より感覚広めな席は隣同士くっ付ける形に戻る。

 当たり前だが、中学のテストに比べると難しい印象はあったものの解けないことことはなさそうだ。今後は今回のテストの学年全体の順位を見て変に目立たない順位ところにならないように気を付けるだけだ。

 最初は全体の平均が把握できてないので調整のしようがない。それに白守さんとの勝負もある。内容が内容だけに負けるわけにはいかない。

 とりあえず、今はテストの終わりを祝うとしよう。


「白守さんお疲れ様、どうだった?」

「寺川君もお疲れ様……。私は上々だと思うよ」


 テスト初日に比べるとクマが濃くなっているような……。流石に気のせいであって欲しい。

 無理矢理エナジードリンクを流し込んで働くサラリーマンのような(イメージ)に不安を覚える。


「とにかく家に帰るまで気を抜かないようにな?」

「うん。気合でどうにかするよ。ありがとね」


 勝負よりも白守さんへの心配が勝ったので気を使って声をかける。それでも白守さんは心配かけまいとしているのかにっこりと笑って返してきた。

 気合じゃどうにもならなさそうな……。こんなことなら勝負を受けなかった方が良かったかもしれない。


「確か先生の話だとテストと返却が終わってから全体順位が出るから結果はその時に、な?」

「うん。そうしようね」


 いつもの逆みたいな気分だ。白守さんが机に突っ伏して寝てそれを俺が見守る。

 ただ、その寝顔はやり切った感じで満足そうだ。

 願うなら今回みたいな無茶は2度として欲しくないものだが。

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