第24話 珍しい来客

「「いただきます」」


 特に特別でもない日の昼休み。いつものように白守さんといつもの部室棟の屋上前の踊り場で食事の挨拶をする。

 1つ目のパンを開封しようとした瞬間、白守さんが何かに反応するうようにぴくッと動いた。


「白守さんどうしたの?」

「誰か来る」


 学校なんだから誰が来たって不思議ではないが、ここは木造で古く埃臭い部室棟だ。

 どうやらここは幽霊が出るやらなんやらでここに部室を持っている部活の人間以外立ち入らないらしい。白守さんから聞いた話だけど。

 そんな場所、白守さんの言葉からするとここへ真っ直ぐに向かっているっぽい感じがする。

 警戒しているとどこか聞きなれた声と足音がしてきた。


「お、ここにいたんだね」

「あらあら、普段はこんな所で仲良くしてるのね!」

「押谷先輩に高荒先輩?!」

「どうしてここが?」


 驚きの余り語彙力が無くなってしまった。白守さんが代弁するかのように聞くと2人は顔を見合わせる。

 押谷先輩は襟のホックを開けているだけでいたって普通の着こなし、高荒先輩は白守さんと比べると10cmほどスカートが短い。


「たまにはお昼でも一緒にって思って君達を探してたんだよ」

「そしたらアンタ達のクラスメイト? 達がやたら部室棟の前でうろうろしててね。女の勘でここに来たってわけよ」


 そう言って押谷先輩は持っている三角巾で包まれたものを軽く掲げる。俺達のクラスメイト? ここで何かあったんだろうか?

 多分先輩は襟に付いているクラス章を見てそう判断したんだろう。だから適当なことは言ってないはずだ。


「みんななんで部室棟の前なんかにいたんだろ?」

「だな。訳分からん連中だな」

「クラスメイトなんだからそんなこと言っちゃだめだよ。ポケ〇ンGOでもやってたんじゃないか?」

「それは違うような気がするわ。ここら辺は何もないわよ」


 押谷先輩のよく分からない推理に突っ込む高荒先輩。それについつい笑みがこぼれてしまう。


「話を戻すと一緒してもいいかい?」

「お邪魔なら帰るわよ?」


 別に不通にご飯を食べているだけだし……。白守さんの様子を見てみると少し悩んでいるような様子だ。

 知らない先輩ならまだしも同じ委員会の先輩だから断る理由はない。


「白守さん、いいよな?」

「そう、だね。ご一緒しましょう」

「ありがとう。じゃあ、失礼するね」


 押谷さんがそう言うと押谷先輩と高荒先輩は同じタイミングでその場に腰を下ろす。

 先輩達は両方ともお弁当のようだ。つまり、俺だけ総菜パンか。

 何とも言えない疎外感に内心、肩を落とす。


「寺川君はパンか。飽きないかい?」

「まぁ、正直、組み合わせは決まってきてるような気がします」

「おんなじものばっか食べてると身体に良くないわよ」


 高荒先輩あんたはオカンか、とツッコミを入れたくなるがグッとこらえる。言ってることは正しいしな。


「白守さんは和食だね。綺麗だね」

「ありがとうございます」

「らしくていいわね」


 なんだろう。このファッションチェック受けているような気持ちは……。

 なんて思っていると先輩達が弁当箱を開けた。その中身は──


「2人とも全く一緒、ですね」

「本当だ」


 押谷先輩が男子なのもあってか高荒先輩に比べると量は多めではあるが中身の内容は一緒だ。

 小さなハンバーグにポテトサラダ、卵焼き等々綺麗に詰められている。


「これはタカーラが作ってくれてね」

「ゆーがあまりお金使わなくて済むようによ」

「タカーラ、そう言うとボクんちが貧乏みたいじゃないか」


 今まさに思ったことを押谷先輩が言う。つまり押谷先輩は少なくともお金に困っている家庭にはいないようだが……。

 話が見えなくて戸惑っていると落ち着くように手振りをする。


「ボクには夢があるんだ。だからバイトしてるんだ」

「夢、ですか」

「そうだよ」


 何も考えずに復唱するように言うと少しくすぐったそうに笑う押谷先輩。それはどこか期待で輝いているように見える。同時に一抹の不安を抱いている様子も感じさせた。


「押谷先輩の夢ってなんですか?」


 話の流れを汲んでなのかそれとも単純に興味がわいたのか、白守さんが質問する。

 弁が立つ先輩だ。そういう系の仕事かもしれないな、とフワッとした予想を立てた。


「それはね、そうだな──」

「せーゆーよ!」


 変にもったいぶる押谷先輩を押しのけるように夢の内容を言ってしまう高荒先輩。

 イントネーションが少しおかしく聞こえたのでスーパーなのかと一瞬、勘違いしてしまいそうになったが声優ボイスアクターの方の声優だろう。


「先輩、いい声してるっすからね。いいと思いますよ」

「声優さんですか~。昔、アニメはそのキャラクターがしゃべってると思ってました」

「分かる! 俺も白守さんと同じだった」


 変なところで白守さんと盛り上がってしまったことにすぐ気づき、先輩の様子を見る。

 どこか嬉しそうにこちらの様子を見ているだけだった。


「君達はボクの夢を笑わないんだね」

「え? なんで笑うんすか? いいと思いますよ?」

「はい、私も押谷先輩にぴったりと思います」


 押谷先輩の涼やかな声は多くの人を幸せにできる、そんな気がした。

 白守さんと押谷先輩の夢を肯定していると高荒先輩が嬉しそうに見ていることに気付く。


「ゆー、やっぱこの後輩達、いい子ね」

「そうだね。クラス委員会のことは正直不安だったけど、寺川君達に出会えて良かったよ」

「そうね。寺川君──いや、寺川と美雪が良ければアタシ達と仲良くしてくれないかしら?」

「ボクからもお願いしたいかな」


 恐らく、押谷先輩は夢のことで悩んできたのだろう。幼馴染の高荒先輩は他の誰よりもその場面を多く見てきたのかもしれない。

 だからこそ俺達にこう言ってくれているのだろう。

 白守さんと自然と目が合う。──なんとなく、なんとなく白守さんと同じ答えのような気がした。だから首を縦に振った。白守さんも首をたってに振る。


「「よろこんで!」」


 俺達の返事を先輩達は暖かな笑顔で受け取ってくれた。

 そして高荒先輩がボランティアの時のように押谷先輩をバシバシ叩き始める。


「それなのにさ、ゆーってば声優の学校に行くためのバイトしてお金貯めてるのに懇親会の時9万も使ったのよ! あり得る?」

「痛いってタカーラ。最初のイベントなんだし、みんなには出てもらいたかったんだよ。それに寺川と白守さんは出してくれたじゃないか」

「だからってね! 学費が高いのは知ってるでしょう? だったら出費は抑えないとダメじゃない!」


 俺達そっちのけでイチャイチャしだす先輩達に俺は苦笑いを浮かべる。

 白守さんもこちら側に置いていかれて困ったように笑う。


「本当に2人、お似合いだな」

「そうだね。こういうコンビ憧れるな」

「俺はちょっと違うかな?」

「え~、なんで?」

「なんというか俺はお互いが支えあえ合うコンビがいい」

「じゃあ、私頑張るね!」

「ん? なんでだ?」

「え~ひっど~い」

「え? え?」


 コンビの話だよな? なんで白守さんが頑張る必要があるんだ?

 ちょっと拗ねた表情かおをする白守さんにどうしたらいいか戸惑う。


「あ、アンタら何いちゃついてるのよ!」

「いちゃついてなんかいません! いちゃついてるのは先輩達の方じゃないですか」

「これがアタシらのいつもなの!」

「え~私、先輩達になんか特別感ある感じしますよ~」

「白守さんも言うねぇ~。タカーラ反撃しないと」

「なんでゆーは第三者たにんぶってるのよ!」


 いつもより騒がしい屋上前の踊り場。

 先輩達をからかう後輩おれたちの頭を軽くぐりぐりする高荒先輩。それを他人事ひとごとのように笑ってみる押谷先輩。

 暴力を振られているのにもかかわらずゲラゲラ笑う俺と白守さん。

 いつもの2倍の笑い声に胸が少しスッとする。


 ──たまにはこういうのもいいな。

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