第3章 星空の下の吐露
第23話 放課後スタディタイム
高校生最初の校外学習、クラス委員会最初の活動とイベントが過ぎて一段落付く──訳もなく、高校初の夏休みの前に立ちはだかるのは『前期中間考査』ありきたりに言ってしまうと『中間テスト』というやつだ。
じめじめとした空気が教室にきのこを生やそうとしているこの頃、先生達の指導に熱が入って嫌になってくる。
俺の睡眠学習に対して諦めたと思っていた先生達がB級ホラーばりの復活を見せ始めた。もちろん、睡眠学習の成果を見せつけ大人しくさせる。
「サーロイン」
「……正解。座っていいわ」
家庭科の先生の顔を不快そうな色に染めて席に座る。安定の
すると意外な邪魔が入る。
「寺川君、テストあるんだから起きてようよ」
白守さんだ。授業の邪魔にならないように声を潜めて俺を揺らす。
どこか必死な様子なので納得はいかないものの頬杖ついて聞いている風な態勢を取った。
それでも白守さんは少し怒ったような表情で見つめてくる。白守さんは怒ると少し頬を膨らませるようだ。なんか可愛らしい。
「ねぇ、なんで微笑ましそうに見てくるの?」
「鏡を見てみろ。けっこう可愛いぞ」
「か、かわかかわ」
白守さんに合わせて小さな声でそう言うと今度は顔を真っ赤にして照れ始めた。照れると両手を頬に当てるっと……。
最近、白守さんのちょっとした癖を見るのが楽しい。他の人と話してるときは腕を組んでたり、胸の前に手をやってたり──色々な癖がある。
自覚はないんだろうな。自分よりも他人の方が自分の癖をよく知ってるとは慣用句だかことわざであるし……。俺ほど癖のないやつは希少なのだろう。
さて、いい感じに誤魔化したし、寝るか。
最後に煙が出てそうな雰囲気を見せる白守さんを焼き付けて机に突っ伏し、夢の世界へと身を落とす。
***
「じゃあ、白守。挨拶」
「起立、気を付け、礼」
『さようなら』
今日の授業が終わり、帰りのSHRの号令を日直──ではなく白守さんがやらされる。
それでも嫌な顔1つせずに号令をする。ちなみに俺もさせられたことがあったが嫌な顔をし続けたら指名される確率が下がっていった。やらされる時もあるがその時は諦めてちゃんとやることにしている。嫌な顔をしてるだろうけど。
号令が終わると教室から速攻で出ていくクラスメイトと教室に残る生徒に分かれる。
俺は人混みが嫌いなのでワンテンポ置いてから教室を出ることにしている。なのでのんびりと帰りの準備をしながらその時を待つ。
「寺川君」
「ん? なんだ?」
真剣そうな顔で白守さんが帰りの準備をしている俺を呼び止める。
急ぐほどのことでもないし、こうして話すのもよくあることなので付き合うとしよう。
「あんなんでテスト大丈夫なの?」
「え、あ~。大丈夫だぞ抜き打ちの小テストでも合格してただろ?」
「それはそうだけど……。噂だとテストで赤点取ると補修だって」
「誰か言ってたような気がするな」
まぁ、白守さんが前に話してた女子クラスメイトだがな。俺は直接聞いたわけではない。
それにたかが噂だ。赤点程度で先生が自分の時間を削って補修するなんてお互いのためにならないだろうに。
「所詮噂だ。気にするな」
「気にするよ! 寺川君が補修になっちゃったら夏休みどうするの?」
「どうするも何も赤点は取る気ないぞ?」
取ったら面倒なことになりそうだし、赤点は回避しつつ中の上辺りを目指せば文句はないだろ。でもまずは全体の平均が分からないからそこそこ真面目にやらないといけない。
でもガチでやるほどでもないだろう。
「大丈夫だか──」
「少し残って勉強しよう?」
俺の言葉を遮り、白守さんがそう提案してくる。いや、だからね。俺は大丈夫なんだが……。
白守さんは俺が首を縦に振るまで諦める気はなさそうだ。
「分かったよ。少しだけな」
カバンにしまいかけた教科書を取り出して机に並べる。
ノートは……どれもほぼまっさらだからどれでもいいか。
「まずは現代文にしよう!」
元気よく現代文の教科書を立てて提案して来る白守さん。多分、
白守さんはノートをぺらぺらとめくって俺に見えないように立てた。
「じゃあじゃあ、『山月記』からで~なんで虎になった李徴子は呼びかけにすぐ答えなかったのか分かる?」
「あ~先週の水曜日辺りのやつだっけ?」
頭の隅から記憶を掘り起こしそう言うと白守さんが明らかに動揺する。先程までの余裕の笑みが凍り付いていた。
「ね、寝てたから分からないでしょ? 理由はね──」
「旧友との再会への喜びと虎になってしまったことを親友に知られることが恥ずかしいって思いがせめぎ合ってたから」
得意げな顔の白守さんがフリーズしたように動かなくなる。
それにこの山月記は──
「先生が間違えて2年生の教科書持ってきてなかったか? つまりこれはテスト範囲と全く関係ないはずだが」
ガラスが割れるような音がした──ような気がした。白守さんほどの優等生がこんなつまらないミスをするはずはないだろう。
数年前ならまだしも先週の話だ。それにこれほどの凡ミス、忘れるなという方が無理な話。
「寝てたのになんで……」
「睡眠学習だよ。それに聞いた感じ山月記は因数分解で解けるじゃないか」
「へ?」
「ん?」
今度は違う意味で白守さんが固まった。何か変なことでも行ってしまったのだろうか?
慌てて我に返った白守さんが1度大きく深呼吸をする。
「ごめん寺川君。もう1度同じこと言ってもらえる?」
「ん?」
「その前!」
何度かこすられてそうなボケに白守さんは真剣に返す。少し白守さんのリアクションが可愛くてついやり過ぎてしまいそうだ。その前に自制しないと。
「山月記は因数分解で解ける」
「なんで?」
「それはだな、山月記はだなスポンジなんだ。それを因数分解すると宇宙への雨にローテーションが3が日を振りかざして──」
「もういいから次行こう」
じゃあ、なんで聞き直したんだ? 首を傾げていると白守さんは別の教科書を取り出す。
次は英語をやりたいようだが……。
「英語、ちょっと苦手なんだよね」
「まぁ、気持ちは分かる。でも英語は古典の活用、正格活用を使えばいける。変格活用はちょっと癖があるから最初はおススメできないだから──」
「分からないよ! どう使うの?」
珍しく白守さんが全力でツッコミを入れてくる。俺、かなり真面目に言ってるんだけど。
白守さんは何か勘違いをしているようだ。
「白守さん、落ち着いて。何かおかしなこと言ったか?」
「言ってたよ!」
さっきよりはテンション抑えめのツッコミだがこれじゃ落ち着いているとはとても言えない。
ついには白守さんが頭を抱えてうんうん唸り始めてしまう。
どうしたらいいか分からない俺はふと白守さんのノートに目が行った。
苦手とはいえ、きっちりとノートを取ってどこが苦手なのかまとめているようだ。
「白守さん(のノート)綺麗だね」
「え? え?」
白守さんの顔が徐々に赤くなり、素っ頓狂な声を一定の間隔で上げ始める。
顔を綺麗な髪と手で覆い隠してしまった。そんなにノートを褒められたことが嬉しかったのか?
とにかく機嫌を取るのには成功? したようだ。
「んで、白守さん英語のどこか分からないの?」
「もういい、次」
次は他の教科書に比べて小さめな教科書──数学の教科書を取り出した。
しかしその表情は少し不安そうだ。これも白守さんが苦手な科目なのかな?
「寺川君は数学苦手?」
「比較的好きじゃない」
「じゃあ──」
「でも英語の動詞の三段活用をだな──」
俺が解説しようとすると白守さんは音もなく机に突っ伏した。
周りの生徒の目線に気を付けながら優しく揺する。
「もういい」
ふいに顔を上げた白守さんが唇を尖らせてそう言った。
年頃の女の子はよく分からないな。思春期の女子って難しい!
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