第22話 アフターカーニバル

 みんなの胃袋が落ち着いたのか、保温のために置いていた食材が溜まり始める。ほとんど野菜ばかりだが。

 先程まで怒涛の勢いで食べていたのが嘘のようだ。

 大体の人が話してたり、腰かけてウトウトしてる生徒もいる。


「お疲れ様。初めてなのによく頑張ってくれたよ」

「こちらこそ、たまにフォローしてくれてありがとうございました」


 高荒先輩に焼きそばを突っ込まれたせいか口元にソースをつけながら押谷先輩が労いの言葉をかけてくれる。どうやら本人は気付いていないようだ。なんか締まらないなぁ……。

 そうすると疲れた様子の高荒先輩が疲れた様子でため息をつく。


「もう疲れたわ。なんか余ってるものない?」

「タカーラ、配達ご苦労さん。焼きそばはけっこう残ってるかな。あとは寺川君のとこに少しのお肉とたくさんの野菜かな」

「バランスよく運んでたはずよ?」

「先輩が渡している間、自分で取りに来てる人もいたんで」

「もう、私が食べる分取っておこうと思ったのに……」


 どうやら給仕をやったのには自分の食べる分を確保する理由があったようだ。だとしてもそう上手くいくものでもないだろう。


「寺川君、お疲れ様」

「白守さんも水分補給とかありがとな」

「どういたしまして。寺川君が頑張ってるんだもん、支えたくなるって」

「それは嬉しいけど白守さんもちゃんと食べた?」


 ほとんど焼いてる食材に集中していたせいかちゃんと白守さんが食べていたのか見れていない。

 たまに白守さんが俺に水や食べ物をくれたりはしていたが。


「少しだけね。あとはずっと寺川君見てた」

「俺なんて見ても楽しくないだろ? 物好きだな」


 からかうように笑って見せると白守さんが視線を逸らす。俺が炭の熱にやられないか見てくれてたのかな、と思うと今の言葉は不適切だったかもしてない。


「じゃあ、残り物だけどボク達も楽しむとしようか。後夜祭的な感じでさ」


 白守さんにどう声をかけたものかと考えていると押谷先輩がそう声をかけてくる。

 押谷先輩は焼きそばをたくさん食べ(させられ)たから炭水化物だけじゃ物足りなかったのだろう。


「そうね。白守さんもそんな食べてなかったでしょ? 参加費分は楽しまないと、もったいないわ」

「で、でも私は充分元を取ったいうかなんというか……」

「せっかくなんだからお腹も満たしちゃおう。残り物で何か作ろうか」

「残り物って今ここにあるものくらいじゃないんですか?」


 押谷先輩の言葉に首をかしげると先輩は意味深な笑みを浮かべる。

 そして俺達だけに聞こえるようにボリュームを抑えて話し始めた。


「どうやら先生は料理こういうのには慣れてないらしくてね。クーラーボックスに卵があってね」

「あ~……」


 失礼と分かりつつ生徒の様子をどこか満足げに見ている由比先生を横目で見る。

 鉄板の上じゃ出来ても目玉焼き程度。──ん? それじゃ焼きそばの上に目玉焼き乗せるくらいしかできなくないか?

 浮かんだ疑問に頭をひねっているとそれを察したかのように押谷先輩が俺の肩に手を置く。


「あの状況じゃゆっくり用意ができなかったからね。任せてよ」


 そう言って卵を割って紙の深皿で溶く。こんなのもあったんかい。これも先生が間違えて買ったものだろうか。

 網から野菜と肉をいくらか鉄板に移し、軽く火を通す。そして溶いた卵を鉄板にぶちまけてヘラで上手く形を整えた。ある程度形になったら温め直した野菜と肉を卵の上にのせてそれを綺麗に巻く。

 焼きそばに使っていたソースをかけて8等分に切り分けた。


「こんなものかな? みんな頂くとしよう」

「とん平焼きですか?」

「そうだよ。ちょっと上手く作れなかったけどね」


 興味津々そうに見つける白守さんにニコニコしながら押谷先輩が答える。


「さすがゆーね。白守さん、食べなよ」

「先輩がお先に、みんなに配ってて疲れてるでしょうし」

「う~ん……」

「ほら、タカーラ、後輩ちゃんが困ってるよ。タカーラが早く取らないと始まらないから」

「ゆーアンタね……」


 譲り合う白守さんと高荒先輩に押谷先輩が優しく言い聞かせるように言った。

 なんか似たフレーズを午前中に聞いたような……。押谷先輩なりの仕返しなのかもしれない。

 高荒先輩が困ったような表情で軽く押谷先輩を睨んでから鉄板からとん平焼きを皿に乗せて食べる。


「ん~、悔しいけど美味しいわね。ほら食べたわよ。白守さんも」

「押谷先輩も食べましょう。その前に口についてるソースは拭いた方がいいですよ」

「え?」


 白守さんがすごく言いづらそう──笑いを堪えているような様子も見せつつも押谷先輩に指摘する。

 素っ頓狂な声を上げて押谷先輩は使い捨てのおしぼりで口元を拭いてそれを確認した。


「もう! 白守さん。黙ってたのに! 言っちゃだめよ」

「悪いけどタカーラもついてるよ」

「げ?! 本当だ」


 今度は同じように高荒先輩がおしぼりに茶色い汚れを付けて驚きの声を上げる。

 その様子に流石の俺も我慢できなくなってきた。


「ハハハハ。流石先輩達ですね」

「言うじゃないか寺川君」

「アンタは──綺麗じゃない。つまんないの」

「ごめんなさい、私が拭いておいたので……」


 なんで白守さんが謝るんだ。ってか俺にも付いてたのかよ。

 俺から感染うつるように笑いが伝播した。この雰囲気がなんとも愛おしく感じる。


 ***


「んでてらかわくん達の馴れ初めはどんななんだい?」

「へ? 俺達ですか?」

「アタシも気になるわ!」


 残り物を食べていると鉄板の掃除をしながら押谷先輩がそう聞いてくる。便乗するかのように高荒先輩が会話に入ってきた。

 馴れ初めって言われてもな……。なんて思いながら隣で一緒に食べていた白守さんと目を合わせる。

 白守さんの過去トラウマのことを言わなきゃいいだろ。


「この高校で出会ったと思っていたんですが、相当昔に会ってたようで」

「へー! やっぱ運命ね!」

「なかなか面白いね」


 おもちゃを見つけた子供のように目を輝かせて食い入るように俺と白守さんを交互に見る。


「俺も驚きです。でも覚えてる範囲の記憶と合致しているので嘘ではないです」

「私はほとんど覚えてたよ」

「でも肝心の『約束』は覚えてないだろ?」

「え、あー、うんそうだね」


 明らかに目が泳ぐ白守さん。やっぱ俺の推測通りかもしれないな、と思いつつとん平焼きを口に運ぶ。

 ソースの味を残り物のお茶で流し込んだ。


「んで、2人はどこまで行ったのよ?」

「ブフッ……! ゲホゲホ」


 なんとも意味ありげな高荒先輩のにやけ顔に思わず吹いてしまう。ここまで漫画チックなリアクションをしてしまうとは我ながら不覚。

 爆発を紙皿までだけに収めていると白守さんが首を傾げた。


「どこって? どこです?」

「おや、白守さんと寺川君は付き合ってるだろう? 多分、デートとか行ったのかってことじゃないかい?」

「ちょっと違うけど、そういうこと」

『え?』

『え?』


 俺と白守さん、押谷先輩と高荒先輩がそれぞれ同じタイミングで同じ声を上げる。

 もしかしなくても勘違いされてないか?


「~~~~~~~~~~」

「あの、俺と白守さん、付き合ってないんですが」

「そんな! あんな仲良しなのに?」

「どうやらボク達の早合点だったみたいだね」


 顔を真っ赤にしてフリーズする白守さんに代わって俺が事実を伝えると信じられないと言った表情を浮かべる高荒先輩。

 対して押谷先輩は少し申し訳なさそうに後頭部を軽くかいた。

 なんでそういう考えに至ったのかよく分からない。


「いやいや、ここまで運命的なのに──」

「これ以上はだめだよ。タカーラ」


 少し困惑した様子で何か言おうとする高荒先輩を諭すように押谷先輩が止める。

 その間に俺は深呼吸して冷静さを取り戻した。


「ボクらだってみんなから見たら寺川君かれ達みたいに見えてるだろ? 実際、タカーラが言いかけたことを言われて困った事あったろ?」

「そうね」

「勘違いされてはやし立てられる気持ちは分かるだろ?」

「ええ」

「だからボクらは何も言わずに見守るとしよう」

「ゆーの言うとおりね。ごめんね寺川君、白守さん」

「見苦しい所見せたね」


 ちょっとした説教が終わるとそう言って高荒先輩と押谷先輩が頭を下げてきた。

 どうやら白守さんも復帰したらしくまたもや顔を見合わせる。まるで示し合わせたかのように同タイミングで首を縦に振った。

 それが少しおかしくて笑ってしまう。


「俺は別に気にしてませんよ」

「私も」


 少し気まずそうに笑うと白守さんも同じように笑っていた。なんかこそばゆいというか少し気恥ずかしいな……。


「やっぱ……」

「タカーラ!」


 何かに耐えるように呟く高荒先輩を押谷先輩が抑えるように肩に手を置く。

 ──んで結局、高荒先輩は何が言いたかったんだろうか?

 その疑問だけが浮かんで春の空へと消えていった。

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