第20話 初活動

 校外学習後の沼に沈んだかのような疲労が取れる間もなく日曜日。

 このまま布団という沼に沈んでいたかったが出席をする意思を示してしまったがために学校に行かなくてはならない。

 重い体を『肉を食べるため』と言い聞かせ引きずり学校指定のジャージを着て家を出た。

 今回、ボランティアをする上にバーベキューをするということでジャージでの登校が特別に許可されたそうだ。

 これも押谷先輩が由比先生に交渉してくれたおかげである。本当にあの先輩ひとはすごいと思う。ちょっと残念な見た目ではあるが。なんて失礼なことを考えつつ、いつもの通学路を自転車で通る。

 身体が少し温まってきた頃、いつものように重苦しい雰囲気の校門が口を開けて俺を出迎えた。吸い込まれるように校門を通り、1年生の駐輪場に自転車をとめる。日曜日ということもあって駐輪場にはほとんど自転車がとまっていなかった。多分、ここにある自転車は部活か俺みたいにボランティア(バーベキュー目的)で来ている人間の者だろう。

 時間にはまだ余裕があるが行きで何人かクラス委員会の人間を見かけたので急いで集合場所である正門へと向かう。


「あ、寺川君!」


 正門に着くと白守さんが真っ直ぐこっちへ来る。

 その顔には一昨日の疲れが全く見えなかった。和服に慣れてるとはいえほとんど知らないところを歩いたのに……。化け物か?


「おう、白守さんは疲れて──なさそうだな」

「それは、楽しかったもん」

「それでも俺は疲れたぞ」


 暇があれば居眠りでもしたいところだ。そんなことを思っていると白守さんがニヤニヤして俺の顔を覗き込む。


「寺川君も楽しかったんだね? えへへ嬉しいな」

「──────」


 顔がガっと熱くなり、声にならない声を上げる。

 思いっきり白守さんの言葉を肯定するようなこと言ってるじゃん。いや、楽しかったけどさ。なんかこう言われると恥ずかしい。雪があったら埋まりたい。このほてりを沈めてくれ!


「そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃん! 楽しかったならそれで、ね」

「仰る通りだけどさ。改めて言われるとなんか恥ずかしいって」

「ごめんごめん。寺川君が可愛くってつい」

「なんだそれ?」


 男に可愛いってなんなんだ? 思わず笑みがこぼれる。白守さんも釣られるように笑ってくれた。

 そんなやり取りをしていると普段とは違う装いの由比先生が今回のごみ拾いに使う道具一式を台車に乗せて現れる。


「全員──揃ってそうだな。念のため出席を取るぞ」


 次々とメンバーの名前が呼ばれていく。俺は1年で2組なのでいつもより早く呼ばれた。いつもと違う感じにこそばゆさを感じつつも返事をする。

 その後もよどみなく出席が終わって由比先生がゆっくりと首を縦に振った。


「LANEで連絡したとおり、今回はクラス委員会最初の活動だ。その後はバーベキューだ。みんな押谷に感謝するように」

『はい!』


 なんともハイテンションな返事に苦笑いを浮かべる。白守さんと目を合わせて人知れずに首肯した。

 白守さんの気遣いによって押谷先輩へ渡すお金も確保できた。渡すタイミングはバーベキュー開始直前辺り、今渡すと少々迷惑だろうと白守さんと事前に決めておいたのだ。


「まずは学校の周り、その次は川沿いの道を中心にやっていく予定だ。くれぐれも車には気を付けるように。道具はこの後、渡す。学校が我々のために用意してくれた物だ。丁寧に扱えよ」


 先程とは明らかに返事のテンションが少し低かった。思わずまた苦笑いを浮かべる。


「押谷、何かあるか?」

「ボクですか? えっと、とりあえず今回はなるべく同じクラスの相棒と行動すようにね。先生も言ったように車もそうだけど周りの人にも気を付けて活動するようにね。あとバーベキューはあまりボクに気を遣わずに楽しんでね」


 押谷先輩に返事するように誰かが指笛を吹く。その行動に対して由比先生が眉をひそめた。

 少しだけ空気が凍り付いたが由比先生が空気を変えるように大きく手を鳴らす。


「では、活動を始めてくれ。道具は1人1個ずつだからな」


 新しい道具に目がくらんだ生徒が数人が台車に群がる。それを呆れたように見ている数人は多分、相方なのかな?

 そんなことを考えながら他の男子が白守さんにぶつからないか警戒する。

 人数が三十人にんずうなので割とすぐに台車の前が空く。


「俺取ってくるから白守さんは待っててよ」

「いや、一緒に行くよ」


 白守さんがそういうのならということで台車へと近寄り積まれているトングに手を伸ばそうとすると──


「おや、君は1年2組の」


 押谷さんが同じようにトングに手を伸ばしていることに気付く。どうやら先輩も俺達と同じく、みんなが取り終わるのを待っていたようだ。


「はい。寺川です。先輩、お先に」

「いいよ、お先にどうぞ」


 柔らかく微笑んで先を譲ってくれるが上下関係が特に大切そうな高校だ。譲ってもらえたからといって先輩より先に取る気にはなれない。

 他の人は始めているのでさっさと始めてしまいたい気持ちもあるし──


「こら、ゆー。後輩君が困ってるでしょ! アンタが早く取りなさい!」


 そう言って女子の先輩が押谷先輩の肩を強く叩いた。流石の押谷先輩も「いたっ」っと声を上げてしまう。

 俺の後ろにいた白守さんも思わず「ひゃっ」と驚いていた。


「タカーラ、痛いじゃないか」

「アンタがとらないと取りづらいのよ。それとピザ屋みたいに呼称ばないで! ──ったく。ごめんね。コイツお人好し過ぎるから」


 タカーラと呼ばれていた先輩、押谷先輩と同じ3年2組の高荒先輩。

 言動は粗野な感じはするが見た目は真面目そうな雰囲気だ。セミロングの茶髪は恐らく服装頭髪チェックに引っかからないギリギリで染めているような感じがする。

 身長は俺より数センチ程低い程度か。背の高い押谷先輩と並ぶと小さく見えるので並ぶといい感じの身長差に見える。

 高荒先輩は道具を取っている押谷先輩を先程までの威力ではないがバシバシ叩く。

 白守さんは苦笑いを浮かべながら高荒先輩に声をかける。。


「だから会長に選ばれたと思いますよ」

「それは出しゃばりだからよ」

「でも、私達のことを思っての発言には感動しました」

「ちょっと残念そうなところはありますけどね」


 なんて冗談っぽく言うと高荒先輩は大きな声で笑い、押谷先輩は肩をがっくり落とす。

 すると高荒先輩は俺の肩を強く叩いた。


「痛っ!」

「あ、ごめん。つい、ゆーを叩く時の癖で……。よく分かってるじゃない!」

「なんで3回くらいしか会ってない後輩にも言われるんだい……」

「あ、あはは……」


 2人の先輩のテンション差に俺と白守さんは風邪をひきそうになってしまう。白守さんはいつもの笑顔とは似合わない乾いた笑い声を出していた。


「お待たせ。残り物なのが少し申し訳ないけど」

「みんな同じなんだから気にしないの! じゃ、後でね!」


 そう言って先輩はごみ拾いへと向かった。

 残った道具──トングとごみ袋を取り付けられるビニールカバンを持って出発する。

 先輩たちとは逆の方向へと向かう。少し出遅れたので周辺のごみはほとんどないだろう。なので他の生徒よりも先に行けばごみが拾えそうだ。


「私さこういうのやったことないかも」

「そういえば俺もやったことないな」


 そんな会話をしながら支給されたトングでごみを拾い始める。

 最初のごみを拾ってごみ袋に入れようとした時。白守さんが駆け寄ってきた。


「ねぇ寺川君、燃えるごみと燃えないゴミで分担した方がよさそうだよね」

「あ~、そうだな」


 トングからごみをこぼしそうになるが何事もなかったようにふるまう。

 白守さんの言うことはもっともだ。分けて担当した方が後々楽だな。


「じゃあ、俺が燃えるごみで白守さんがプラごみで」

「うん。そうしよう!」


 元気よく返事する白守さんを眩しそうに見ながら俺はトングで持ったごみを自分の持つ袋に入れた。

 周辺のごみを拾っていると他の生徒達が俺達を追い越し、目に見えるごみを拾い終えた俺達がまた他の生徒達を繰り返し、活動は進んだ。

 バーベキューがあるおかげなのか一部を除いてみんな真面目に取り組んでいる。


 ***


 拾い終わって暇なのかそれとも飽きたのか分からない連中が正門にたむろし始めた頃、市内に昼を知らせる音声が流れる。

 その瞬間、ほぼ全員の目にハイライトが入ったように見えた。

 後ろでおごってくれた押谷先輩見てるぞ。なんてとても言えなかった。

 当の本人は相変わらず優し気な笑顔を浮かべているだけだが。

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