第19話 潮風と髪

 慣れない履物に苦戦しつつ白守さんと潮の香りを楽しみながら目的地へと向かっている最中。

 潮風といえば……と思い浮かんだ疑問を口にしてみる。


「そういえばさ、こういう潮風って髪に悪いんだろ? 白守さんは大丈夫なの? 髪長いしさ」


 すると分かりやすく白守さんは嫌そうな顔をした。


「そうだね。今日は念入りに手入れしないと明後日のバーベキューに間に合わないかも」

「あ~……そういえば……」

「寺川君、忘れてないよね?」

「あー、うん。ギリギリ忘れてない」


 いや、言われるまで忘れてた。少し前までこういうイベント事を避けようとしていたせいか意識していないと忘れそうになってしまう。

 押谷先輩が男気見せてくれたのにふいにするところだった。


「本当に~?」

「ほ、ホントだヨ~」


 大きな目を細めながら俺の顔をマジマジと見つめてくる白守さんに口笛を必死に鳴らそうとする。しかし、こういう時に限って上手く鳴らない。焦ってたり動揺していると口笛ってならないものなのだろうか? もしくはそういう呪いがあるのだろうか?

 そんなことを考えてると急に白守さんが俺の頭──髪の毛を触ってくる。頭皮に伝わってくる振動がこそばゆい。


「俺の髪なんか触ってどうしたの?」

「寺川君の髪の毛って固めなんだね。手入れはどうしてるの?」


 どうやら髪の話に戻ったようだ。

 返し考えるも何も俺は何もしていない。


「特に何もしてないぞ。2ヵ月に1度くらいに髪の毛切りに行くくらいだ」

「……なんかずるい」

「そう言われてもな……」


 白守さんはちょっと拗ねた表情を見せる。髪の毛も体質みたいなものなんだから仕方ないだろ。


「私だけ髪の毛触ってるの悪いから私のも触ってみてよ!」

「いや、いいって」

「え……嫌?」

「そうじゃなくて!」


 触らなくても白守さんの髪の毛が綺麗なのは分かり切っていることだ。それに男の俺が触るってなんか変じゃないか? ほらハラスメント? 最近はそういうのにうるさいし……。


「嫌ならもういい! 2度と触らせない!」

「なんでそうなるんだ?」

「触りたいの?」

「あ、いや……」


 酷い! これは誘導尋問的な罠だ。めちゃくちゃなことを言ってツッコませて、あたかも触りたい意思があるようにするやつだ。

 これで『触りたい』と言えばなんか変な意味になるし、『触りたくない』と言えば永遠に白守さんの髪に触れる機会が訪れないわけで──あれ?

 それって俺は白守さんの髪の毛触りたいってことにならないか? それって俺がHENTAIってことにならないか?


「やっぱ嫌なんだ、ね」

「いやいや、ちょっと待ってって!」


 こんがらがる思考に拗ねた白守さんが追い打ちをかける。

 脳みそが変な音を立てながら回っているような気がした。


「す、少しだけ、少しだけ……触らせてほしい」


 まともに考えられるわけもなく何も考え無しにそう言ってしまった。

 少し後悔はしているがこの後拗ねられないで済むならこのくらいいいか。


「ん」


 俺の腕によりかかるように白守さんは頭を寄せてくる。

 すかさず動こうとした手にストップをかけて数秒、考えてから毛先数センチを軽く指を滑らせてみた。

 柔らかくツルツルとした感触が気持ちいい。


「それだけ?」

「い、今はこれだけで」


 これ以上触るのは世間体的に良くないだろう。他生徒だれかに見られでもして言いふらされるのは困る。

 それに公共の場でこれ以上はなんかいけない気がした。

 指に残る白守さんの髪の毛の感触に少し胸が高鳴っている。やはり俺は変態、なのか?

 人知れずにショックを受けながら無言で白守さんと目的地へと歩みを進める。


 ***


 しばらく歩くとようやく目的地の倉庫地へたどり着いた。

 『倉庫地』と言っても以前、倉庫として使われたところを観光地向けに改装されたもの。今回の校外学習先の有名なスポットの1つだ。

 他にはよく怪獣に壊されるタワーやバカでかい観覧車など目白押しだ。

 この倉庫地はよく季節のイベントをよくやっている。


「すごい! お花畑だ!」

「これは……野原みたいな感じだな」

「えっと『野草園』だって! これ全部野草なんだって~」

「ほへ~」


 野草と聞くと真っ先に雑草が出てきてしまうがこういう綺麗な花もあるんだな……。

 白守さんが見ている案内を見てみるとエリアごとに野草の種類や見せ方が違うらしい。奥の方には食用の花を使ったメニューを提供している飲食店があるようだ。

 2人で適当に草花を眺めてから奥へ進み、飲食店に寄ってみることにした。


「うげぇ、たっかぁ……」


 お店のメニューを遠目で確認すると思わずそんな声を出してしまう。

 多分、ここら辺なら妥当な値段ではあるのだろうが、俺はさっき浴衣を借りるために思わぬ出費をしてしまい、家族へのお土産代+少しくらいしか残っていない。

 買えるものと言ったらコルクをドライフラワーで装飾したお土産程度だ。


「私のためにごめんね……」

「気にすんな。俺が選んだ結果だ。多少ひもじいがそれも帰るまでだ」

「でも……ちょっと待ってね」


 俺の財布事情を察した白守さんが落ち込んだ様子を見せるが、何か閃いたようで携帯で調べものをし始める。少しすると携帯から顔を上げてニコッと笑った。

 どうしたのろうかと首をかしげる。


「良い所あったよ。行こ行こ!」

「?? お、おう」


 訳も分からないまま携帯を持った白守さんに手を引かれ一旦、倉庫地を後にした。

 白守さんと地図に苦戦しながら目的地へと向かう。どちらかというと俺は慣れない履物の方に苦戦している。鼻緒の前が指の間でこすれて少し痛くなってきた。


「ところでどこに行こうとしてるんだ?」

「あ、ここだよ」


 目的地であるピンをタップすると地元でも見慣れたチェーンのファミリーレストランが出てくる。

 確かにここで済ませられるなら財布には優しいがここまで来てそこに行くのはどうなのだろうか。


「いや、せっかくなんだし──」

「そんなこと言ってる状態じゃないんでしょ? それに、ね」


 そう白守さんは意味ありげに間を開けて少し恥ずかしそうにはにかむ。


「私はね、いい場所で高い料理を食べるよりも『誰と食べたか』が重要なの! だから気にしないで」

「助かるけど……う~ん」

「ほら、つべこべ言わずに行こ! それに寺川君の足も見ないとね」

「あはは、そこまでバレてたか」

「それはそうだよ! 変な歩き方になってるもん」


 苦笑いを浮かべると得意げに笑って返してくる白守さん。

 意地を張ってもどうしようもないので歩くペースを落として目的地ファミレスへと向かった。


 ***


 注文の確認そしてくれた店員さんの背中を見送り、ホッと一息吐き出した。

 慣れない場所を長い時間歩くと疲れるな。


「疲れたね」

「ああ、流石にここまで歩くことになるとは思わなかった」


 大きく息を吐くようにそう答えてソファーにもたれかかる。少々固めの感触が妙に心地よく感じた。


「ほら、そんなことより足出して」

「え? ああ、そうだな」


 っと言っても何かできることはあるのだろうか?

 そんな疑問を浮かべていることも知らずに白守さんは俺の隣に移動して履物を脱いだ。左の方は特に問題ないのだが右が擦れてしまい、ヒリヒリとした感覚が警鐘を鳴らしている。


「良かった。まだ血が出てなさそう。このままだと出血しちゃうかもしれないから絆創膏貼っておくね」

「ありがとう」

「左はなんともないけど後で怪我しちゃうと大変だし、借りものだから汚しちゃうのは申し訳ないからね」

「そうだな、本当に何から何までありがとう」

「ううん。私もたまに前坪がこすれて怪我しちゃうから分かるよ」


 白守さんはそう話しながら慣れた手つきで消毒を済ませて絆創膏を貼る。。『マエツボ』って何なんだろうと思ったが多分、右足の親指と人差し指の間を削ったこいつのことだろう。

 消毒液が少々染みるが幾分かマシになった。

 白守さんが巾着に消毒液などを片づけていると店員さんが注文した料理を持ってきてくれた。

 そしていつものように白守さんとほぼ同時に手を合わせる・


「「いただきます」」


 ***


 食事を終えた俺達は再び倉庫地へ戻り、駆け足気味にお土産を買い、俺が借りた浴衣を返しに行ったりと大忙しだった。

 集合時間に遅刻しそうになった時は肝を冷やしたが、何とか間に合った。

 今はほとんどの生徒が寝静まっているバスの中、俺は起きて頬杖をつきながら窓の外を見ている。

 先程まで俺達がいた港湾都市はすでに見えなくなっており、高速道路へ差し掛かる所だ。これで晴れて高校1年生最初の校外学習は終了。

 少し下達成感に胸を躍らせつつ、お土産袋からドライフラワーで装飾されたコルクを取り出す。

 これは倉庫地で白守さんと最初に買ったお土産だ──といっても自分用だが。


「フフッ」


 それを眺めながら隣の生徒ひと起こさないように小さく笑う。

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