第18話 超ダーリいん
白守さんに引っ張られてオリエンテーリングの最初のチェックポイントに到着する。
噴水らしき中心部から放射線状に広がるように細い水路が広がっている。それを囲むようにオブジェクトが並んでいたり、窓や扉のように四角く抜かれた部分のある壁などがあった。
水路と直角に鳴るように並んだ数本の柱の横に優しい雰囲気の男性──ここのチェックポイントの担当者が立っていた。
ちょうど他のグループの相手をしてて少しだけ待った方がよさそうだ。
観光客が多いこの地域だとスーツ姿はよく目立つ。学校が手配した会社だと思うが地域性を理解してるいい選択だと思う。
「そろそろ終わりそうだよ」
「ってかそんなかかりそうなお題ではなさそうだけどな……」
今、のんきに担当者にお辞儀しているグループはさっき、『ここがこうだから──』やら『太陽って北だっけ?』とか言ってた。
多分方角を知りたかったんだろう。しかし、偏差値そこそこのはずなのになんだこの義務教育の敗北感は……。
「お待たせしました。2人のグループ──2組の生徒ですね」
「あ、はい」
仕事だから余計なことを言わなかっただけだろうがその目から生暖かさを感じる。
白守さんとはそういう関係ではないので、と言っても徒労に終わりそうだ。
「お題はさっき聞こえてましたか?」
「いえ、なんか方角を知りたがっていたのはなんとなく分かりました」
「え? そうなの?」
「ちゃんと聞いておこうぜ」
「えへへ」
どうやら白守さんは待ってる間、ボケ~っとしていたようだ。可愛らしく笑っても許さないぞ。ただでさ人数が他より少ないんだ。しっかりしてくれ。
呆れた目線を白守さんに向けていると担当者が軽く咳払いをする。反射的に担当者に視線を戻す。
「彼の言う通り、ここでは方角を当ててもらいます。あの観覧車、見えますか?」
そう言うと担当者は俺達のずっと後ろの方を指さす。釣られるように白守さんとその方向を向いた。
かなり遠くだが大きな観覧車がゆっくりと回っている。
「あちらの方角はなんでしょう?」
「北西」
「え?」
「北西です」
間髪入れずに答えると担当者が素っ頓狂な声を上げた。
聞き逃した可能性もあったのでもう一度言うと我に返ったように慌て始める。
「あ~……正解です。コンパスは──持ってなさそうですね。ではチェックポイントクリアです!」
そう言って俺と白守さんのしおりのページにスタンプを押す。これを全部集めることによって自由行動の権利を得ることができる。
毎年恒例の行事なのかもしれないが上手い手法だ。
「すごいね寺川君は……」
「いや、地理でいきなり指されるよりは、ねぇ」
前の授業で地図帳も使わずに答えろと言われた時にはヒヤッとしたがその時はさりげなく白守さんが地図帳を開いててくれたっけか。
それに比べれば太陽や海の位置などがあるだけ分かりやすい。困ったら携帯の地図を使えばいいし。
「さて、次だ、次」
「うん!」
今度は俺が白守さんの手を引くように次の
その際、少し騒がしい連中が横を通った。恰好が派手で目が痛くなるほどだ。
「え? あの子、着物じゃん!」
「マジマジ~! ホントだ可愛いけどなんか空気読めないって感じ」
「聞こえちゃうって」
馬鹿みたいに大きな声で笑って俺達と逆に方向へと歩いていった。不愉快なやつらだ。
不快な声が聞こえなくなってから白守さんの方を見る。
「お気に入り……なのに」
消え入りそうな声で呟く
別に気にするような連中ではないってのに。
そう思いながらも落ち込む白守さんに気の利いたことを言ってあげられないのが悔しい。
***
「牛鍋」
「正解!」
最初のチェックポイントと正反対の位置にある最後のチェックポイントの問題を白守さんが元気? に答えてクリアする。
うるさい集団の言葉を聞いてから少し落ち込んでしまっている。3つ目のチェックポイント辺りからいつもくらいにはなっていた。多分、俺に心配かけまいと少し無理をしているのだろう。
心配で白守さんの様子を見ているうちに担当者が最後のスタンプを押し終える。
これで晴れて俺達は自由行動を手に入れたわけだが。
「白守さん、言ってた倉庫にでも行くか?」
「う、うん。その前に少し休みたいかな?」
やはり、少し反応がよろしくない。元気そうではあるがまだ先程のことを気にしているようだ。
考える時間が少し欲しいのでとりあえず白守さんの提案に乗っかるとしよう。
「そうだな……ちょうど休憩所があるしそこで茶でもしばこうか」
「何その言い方? うん、そうしよう」
近くにあったコンビニとカフェが併設されている休憩所を指さす。昼時前だからなのか客足はまばらだった。
いつもより勢いの弱いツッコミを聞き流しながら店内へと入る。
コンビニで白守さんは緑茶、俺は水を買って適当な席に腰を掛けた。
「寺川君、あのさ、私の格好ってやっぱり変なのかな?」
「変ではないだろ?」
「でも『空気読めない』って……」
「それって必要なことなのかな?」
「え?」
いつの間にか考え事を止めて真剣な声で答えていた。
俺自身、驚いていると同じように白守さんが驚き、間の抜けた声を出す。
白守さんの綺麗な瞳を見つめながら続ける。
「好きな恰好するのに空気を読む必要あるのかな?って、その時に着たいものがあるならそれでいいんじゃないか? 」
「で、でもドレスコードって言葉もあるんだしさ……」
「そんなの──」
大人の世界の話だろう、と言おうとしたがある考えに至って言葉を止めた。
目の前で言葉の続きを待つ白守さんを目の前に携帯で調べものをし始める。
──これだ!
「白守さん、ここで待ってて。えっと──いくらかお金置いておくから待ってる間、好きなのでも買って休んでてよ」
「どこに行くの?」
「野暮用だよ。絶対戻ってくるからさ」
不安そうに聞く白守さんにそう言って小さく笑ってその場を後にした。
***
数十分後。待たせてしまった罪悪感と慣れない感覚にドキドキしながらも白守さんを待たせている休憩所の扉を開ける。
さっき、自分たちが腰かけていた場所にまだ白守さんがいてくれた。
白守さんの存在を確認したと同時に白守さんがこちらに気付き、振り向く。
そして綺麗な目を大きく見開いた。
戸惑い半分、嬉しさ半分で荷物とごみを持って白守さんが急ぎ足でこっちに来る。
「寺川君、その恰好どうしたの?」
「え~、いや、なんだ? そうだ。白守さんがその、なんだ。可愛い和服着てるから、さ。俺も着たくなってきてな」
「寺川君……」
泣きそうな声でこちらを見つめる白守さん。今にもこちらに飛んできそうな勢いなので落ち着くように言って一緒にごみを片付ける。
結局俺の置いたお金は使わないで自分のお金で飲食していたようだ。
お金を返そうとした白守さんを押し切って白守さんが飲食した分を渡す。
忘れ物がないか確認してから休憩所の外に出た。
「いや~、慣れないもんだな。自分の住んでる国の服なのに」
そう言って自分の着ている
急なのに対応してくれた店員さんには感謝しないとな。
「普段、着てないと慣れないからね」
「下手に動くと崩れそうで怖いや」
実際、急いで戻ろうとしたら着崩れそうになったしな……。
普段以上に気を付けなければ。
「大丈夫だよ。その時は私が直してあげる!」
「じゃあ、その時は頼む」
「うん!」
白守さんの花畑の端っこで控えめに咲く花のような笑顔についさっきまでの苦労は吹き飛んでいった。
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