第15話 潮騒の呼び声

 入学からしばらく経ってクラスの中ではグループ形成が済んでいた。

 世間でいうところのカースト上位の集団やら、運動部で集まった集団やら特に変な集団がいないのが幸いだ。

 ちなみに俺はどこにも属していない。白守さんも女子とは話すけど特定のグループには属していないそうだ。

 最近、クラスメイト達にある種の結束が芽生えているように見えるのは気のせいだろうか。

 まぁ、気にしたところで俺には関係のないことだ。


 そんなある日。何をするのかよく分からなくなってきたLHR。


「月末、高校生活初の校外学習があるからな。基本的に自由行動の予定だが1人で行動するのだけはダメだからな」


 そんな担任の一言から始まった。

 ザっとかいつまんで要点をまとめると某港湾都市でオリエンテーリングをするそうだ。

 後半は自由行動なので時間内にバスに戻れば良いとのこと。驚いたことは服装は私服の点だ。ここまで自由が許されるとはな。

 自由といっても個人に裁量が任されている以上、責任もあるってことだ。同じ自由でも『フリーダム』ではなく『リバティ』の方だろうな。気をつけなくちゃな。

 最悪なのがそのしおりを放課後に作らなくてはならないことだ。早く帰って寝たい気分だったのに……。おのれ。


 もうクラス委員になってしまったことを恨んでも仕方ない。

 さて問題は誰と校外学習で行動を共にするか、だな。

 隣で目を輝かせながらこっちを見ている白守おとなりさんは一旦無視するとしよう。

 ん~っと適当に組んで自由行動の時、どさくさに紛れていなくなるのはどうだろうか。


「そういうわけでグループ決めは来週な。次は──」


 つまらない話、諸注意が始まる。言ってることはごく一般的なことで真面目に聞くまでもない。

 先生の話から意識を遠ざけ悪だくみの続きを再開した。


 ***


 放課後、先生に言われて俺達は1年学年室から紙の束を受け取って教室に運んでいた。

 一応、量としては俺が少し多く持った。白守さんの力なら持てるかもしれないがそれに任せたら男としてのプライドが傷つくような気がしたからだ。

 にしても紙でもこんなにあると重いんだな……。


「寺川君、大丈夫?」

「んあ? ああ、別に問題ない」


 俺の内心を知っての発言なのか、白守さんの不意の一言に間の抜けた声が出てしまう。

 確かに重いがふらつくほどのものではない。


「白守さんも持ってくれてるから大丈夫だ。全部持たされてたら分からんが」

「全部持ったら前が見えなくなるかもね」

「かもな」


 白守さんとケラケラと笑う。そんなことをしているうちに、教室に到着する。といっても学年室から1年2組クラスは1組を挟んですぐだ。

 自分の席にしおりのページを置くがやはりというべきか2人分の机じゃスペースが足りない。


「ごめんね。借りるね」


 今は使用者のいない机に白守さんがそう呟きながらゆっくりと動かす。

 俺もそれにならうように前の机を動かした。横に伸びた『田』のようになって広がったスペースにしおりのページを置く。

 少々ぎちぎちだが全てのページが並んだ。


「はぁ……一仕事すっか」

「なんでいやそうに言うの?」

「いや、面倒だろう」

「そうかな? こういう準備の時間も私は好きだけどな」


 そんなもんだろうか。別の人に任せた方が楽だとは思うんだがな。

 今ここで価値観の違いを話したところで意味はないので胸の内に秘めた。


「始める前に大きなホッチキスを借りないとね」

「そうだな。棚の中だっけ?」

「多分。そうだった気がするよ」


 冊子のサイズとなると普通のホッチキスじゃ真ん中に届かないのでそういう道具は教卓か黒板脇の棚に入っている。

 なかなか使わない珍しい道具もあるのでたまにクラスメイトが取り出して遊んでいることもあった。その後、先生に怒られてたけど。

 棚の中に手を突っ込むとそれっぽい感触がしたので引きずり出す。ってか少し整理しろよ先生……。

 ホッチキスを持って席に戻り、空いてるわずかなスペースに置く。


「とっとと終わらせて帰るか」

「え~、ゆっくりしようよ~」

「俺は帰ったら寝るのに忙しいからな」

「暇じゃん!」


 そんなやり取りをしながら作業を開始する。

 1枚目、2枚目と重ねていき、折りたためば1冊の本になる状態にした。状態にホッチキスの芯を刺して折ればしおりの完成というわけだ。

 しかし1冊作ってホッチキスの芯を刺すを繰り返していると効率が悪いの重ね終わったものは──

 スペースがギリギリだったんだ。


「後ろの席借りよっか」

「そうだな」


 またもや今は使用者が留守の机にL字になるように完成直前のしおりを置いていく。

 その後しばらく俺達は黙々と作業を進めた。


 持ってきたページを全部まとめ終えて一息つく。


「あとはホッチキスだな。ホッチキスは1つしかないし俺やっておくよ」

「ありがとう」


 白守さんの感謝を受け取り、俺はひとまとまりになった紙の山を1つ取ってまとめなおしてホッチキスを噛ませる。

 普通の物より大きい音を立てて芯がしおりへと刺さった。

 それを何度か繰り返していると白守さんがまだ残ってこちらを見ているのに気付く。


「あれ? 白守さん帰らないの?」

「寺川君の作業が終わるまで待つよ」

「と言ってもな」


 36人分のしおりに2回ずつ、計72回ホッチキスの針を刺すだけだ。

 集中すればすぐに終わる。と思う。


「いいからいいから続けて、ね」

「言われなくてもそうするさ。待つなら好きにしろ」

「じゃあ好きにするね」


 白守さんの視線は少々気になるが仕事は続行だ。

 人の少ない教室にホッチキスの音とクラスメイトの話し声そして──


「でさでさ校外学習、一緒に回ろうよ!」


 机にホッチキスではなく俺の頭が強くぶつかる。出来の悪い鐘のような音が教室の違和感として浮かび上がった。

 一瞬、他の生徒の視線を感じるが何事もなかったように振舞う。


「流石にそこまで一緒にいる必要はないだろ。よく話してるやつらもいるだろ? そいつと回ればいい」

「でも私は寺川君とがいいな。それに寺川君、私と回らないなら誰と回るの?」

「ぐ……」


 言葉に詰まった。適当に誰かと組めばいいとは思ったものの、白守さん以外のクラスメイトとは滅多に話さない。

 授業中は寝てるし、業間休みは教科書読んでるか白守さんと雑談をしてるだけ。

 昼休みはほとんど部室棟で白守さんと昼ご飯を食べたりしているだけだ。

 白守さん以外にはちゃんと自分の望んだ形の関係性にはなっているのだ。しかし、そうなると2人以上のグループになれと言われた時、今みたいになる。


「だから一緒に回ろ? 他の人は状況によっては入れるかもしれないけど、ね?」

「う~ん……」


 隠れ蓑にするグループがないのだから白守さんのお言葉に甘えるのも悪くないのか──いや、甘えるしかないのでは?

 そのうえで逃げて1人で行動を……。

 白守さんを1人にしたらまずいじゃねぇか。

 白守さんと2人で行動するのは校外学習だとなんか恥ずかしい。かといって白守さんを置いて逃げたら白守さんに何かあった時大変だ。

 かといって2人で行動するのは──


「寺川君! 寺川君! 手が止まってるよ」

「あ、ああ。すまんすまん。無限ループって怖いな」

「?? なんでそんな話になるの?」

「何でもない。仕事に集中しなくちゃな」


 誤魔化すように手を訳も分からず動かす。ほとんど指だけ動いてるだけに気付いて改めてホッチキスに手を置いた。


「だからね、一緒に回ろうよ!」

「がっ」


 また机に頭が激突する。ぶつかった個所はおでこだが流石に少し視界がぐらついた。


「いっつ~……」

「なんで毎回頭ぶつけるの? 痛いに決まってるよ」

「いや、だって白守さんが俺と回りたいっていうからさ」

「本当にそう思ってるもん。寺川君は嫌?」

「……」


 思考以外の全てが止まってしまった。俺は白守さんと一緒に行動するのは嫌、なのか?

 公衆の面前で恥ずかしいとは思うが嫌かだ追うかと言われると……。


「う~~~~~~ん」

「そんな考えることかな?」


 唸る俺に白守さんが小首をかしげる。そんな姿に少し可愛いと思ってしまった俺は1つの答えを出す。


「嫌、ではない」

「なら一緒に組もうよ」

「そう、だな」


 嫌ではないことに気付いた。そして白守さんと2人きりの状態がいけない事に気付く。

 それと同時に1つの企みが生まれた。


 ──白守さんと女子1人とあとは適当な1人と組んで逃げ出せばいいのでは?


「寺川君、少し悪い顔してない?」

「そ、そんなことない。仕事仕事っと」


 誤魔化しつつ、しおりを1つ1つ丁寧に仕上げる。

 完成したしおりを先生に提出して自転車置き場まで白守さんと帰った。


 ──俺の企みが成立しないことに気付いたのは家に帰った頃。

 無駄な考えに時間を費やしたことをただただ後悔した。

 こんなことなら白守さんの申し出を断るべきだったな……。

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