第14話 初招集2回目

 クラス委員会の初の試みが大人の事情にまみれていたことが露見してしまった次の日。

 流れで今日も招集が決まってしまった。

 念のためなのか今朝も昨日と同じく担任からクラス委員の招集の知らせを聞いた。

 冷静になった俺は自ら面倒なことに首を突っ込んでしまったことに気付く。

 未だに自分がやる気のありそうな──白守さんを気遣うような発言をしてしまったのか疑問でならない。


「はぁ……」

「寺川君、今日はため息しかしてないよ」


 焼きそばパンをかじって飲み込んでため息を繰り返していると見かねたのかそう声をかけてくる。

 今日ばかりは白守さんの距離感のおかしさにツッコミを入れる気にもならない。


「そりゃ、ため息も出るさ。昨日、自分からあんなこと言っちまって……。冷静に考えるとなんてことを……はぁ」

「またため息。でもね私は嬉しかったよ。寺川君が私のことを気遣ってくれて。だからね、ありがとう」

「う~、ん……どういたしまして──ええ!」


 素直に受け取れないので生返事を返すと白守さんが肩に頭を乗せてきた。

 戸惑いの声をあげるも白守さんは何も言わずに身体を預ける。抵抗して身でも引くと白守さんが怪我をしかねないので堪えた。

 白守さんと触れてる部分がじんわりと温かくなってくる。その感覚は悔しいが悪くない、と感じてしまった。


「まだ、怖い?」

「え?」


 白守さんの呟くような声に素っ頓狂な声が出る。少し考えて言葉の意味を理解して息を吐く。


「そう、だな。怖いのかもしれん」


 正直に答えるべきか誤魔化すべきか考えようとした時、口が勝手に動いた。

 不思議に思いながらも大切だった記憶が思い起こさる。

 俺は本当に前に進んでもいいのだろうか。迷いが黒い霧のように心に広がる。


「大丈夫。私がついてるからね。気遣ってくれたお礼、ってことでどう?」

「そうだな、そういうことにするか」

「うん。一緒に前へ──」


 お互いの鼓動が溶け合うようなそんな感覚に心地よさを感じた。

 な~んか忘れているような気がしたその時。


「──あ、そうだ。LANE、教えないと」

「あ、そうだった」


 すっかり忘れていた。今日の召集までにどうにかしないと俺だけ白守さん伝手づてで連絡が来ることになってしまう。

 それは白守さんに手間をかけてしまうし、今頃メッセージアプリも入れてないとないとバレればいい笑いものだ。


「ほら、携帯出して!」

「お、おう」


 急いでポケットから携帯を取り出し、ストアを開く目的のアプリを選択してインストールボタンをタップする。

 ダウンロードが完了するまで少し待たなければ。


「どうして入れてなかったの? って最初、あんな感じだったからなんとなく予想はできるけど」

「ご想像通り、あえて入れておかなければ『連絡先交換しよう』なんて言われても対処できるからな」

「徹底してたんだね」

「まぁな。色々予想してたよ。流石にこんなことになるとは思ってなかったが」

「ふふふ、私も寺川君と再会出来るとは思ってなかったよ」


 踊り場に俺達の小さな笑いが響く。改めて思い出してみると短い間に色々あった。

 何故かとてつもなく長い時間を過ごしたかのようだ。

 不意に携帯がから通知音が鳴る。どうやらアプリのインストールが済んだっぽい。


「入れ終わった。とりあえず登録からだな」

「そうだね。終わったら言ってね」

「おう」


 といっても入力するのは携帯のメールアドレスと電話番号くらいだ。

 んでメールアドレスの確認メールのURLをタップすれば……。


「とりあえずこれで終わりかな」

「じゃあ、交換しよっか」

「んー、そうだな」


 どうやら電話帳に登録されている人は自動的に追加されるようで連絡先一覧に──いや、今はどうでもいいか。

 アイコンとか設定できるようだが今はまだいいか。


「なぁに? なんかあった?」

「いや、大丈夫だ。白守さんを連絡先に入れるにはどこをどうすればいい?」

「えっとね、ここを押して──画面そのままね」

「おう」


 白守さんが一定の操作をすると俺の携帯画面にQRコードが表示された。

 少し待つと白守さんが携帯を俺の携帯画面に向ける。


「これでリクエスト送れたはず! なんか通知来てない?」

「んーっと……今来た。これで承認か。どう?」

「うん! ばっちり! これで今日の招集は大丈夫そうだね!」

「白守さんありがとう」

「どういたしまして! 寺川君の初めての連絡先交換いただきました」

「なんだその言い方?」


 満足げににやけながら俺のプロフィール画面? をこちらに向ける。

 作ったばっかりのアカウントになんの価値があるのやら。

 どうやら連絡先を交換した相手のプロフィールを見ることができるらしいのでなんとなく登録したての白守さんのアカウントをタップしてみる。

 すると俺と同じくまっさらな画面が表示された。


「白守さんは最初からアイコン変えてないんだな」

「いい写真無くてね」

「そうか」


 少し困ったように笑う白守さん。意外とアイコンに使うような画像なんて持ってないものなのかな。

 俺は始めた手だから仕方ないとして……。

 ボーッと考え事をしていると1つのアイディアが浮かぶ。


「そうだ白守さん。アイコン用の写真、今撮らない?」

「え?」

「画像も送れるんだろ? お互い写真撮り合って送ろうぜ」

「そうだね。初期アイコンじゃ不便かもしれないからね」


 そんなわけで始まったアイコン画像撮影会。まずはどうしたものかと考えていると白守さんが俺の横に位置取りをした。

 お互いを取るというのに何を、と思ったが自撮りをしたいのだろう。


「撮り合うのにそれじゃ意味なくね?」

「ん~こっちの方が効率よくない?」

「まぁ、それもそうか」

「ほらほら、撮るよ」

「はいはい」


 白守さんはグイグイと近付いてにっこりと笑う。俺は少し戸惑いながらも画角の収めるためと言い聞かせ気持ちを落ち着かせる。

 こうやって写真を撮る時、どんな顔をしたいいか考えているうちに白守さんが撮影ボタンをタップする。

 シャッター音とともに白守さんの携帯に笑顔の白守さんと不愛想な顔をした俺という構図の温度差のある写真が出来た。


「もう。なんで無表情なの?」

「いや、これでもどんな表情するか考えてたんだって」

「でも寺川君との初めての自撮りだし、私はこれでいいかな」

「撮り直さないのか? 次はマシな表情出来ると思うぞ」

「これでいいの!」


 白守さんがそう言うならいいか。なんて思うと自分の口の端が上がっていることに気付く。

 それがなぜかは分からないけど、これでいいか。


 そのあと、白守さんに写真を送ってもらって画像の切り抜きに苦労しながらアイコンの設定を終わらせる。──なぜか時間が経つのが早く感じた。


 ***


 放課後、昨日と同じようにクラス委員会が会議室に集まった。

 昨日より少し早い時間に由比先生が会議室に入って昨日とは何か違う声をあげる。


「また集まってくれてありがとう。今日は新生クラス委員会の会長を選びたいと思う。出来れば3年生にお願いしたいのだが、どうだ?」


 由比先生がそう言うとほぼ全員の視線が俺の隣の机──例の先輩へ向けられた。


「ボクかい? あまり目立つのは好きじゃないんだけどね」


 とかいいつつまんざらでもないように後頭部をかく。わざとらしい、と思った。しかし同時に納得してしまった。

 俺は裏があるな程度にしか思わなかったのに見事に見破った上にクラス委員が納得できるように、と事情を説明させるまでに至った。


「異論あるものはいるか?」


 先生の声に誰も異論を唱える生徒はいなかった。もちろん俺も賛成だ。

 ──ぶっちゃければ自分でなければ誰でもいい、という本音は内緒。


押谷おしたに、会長就任の挨拶を」

「はい」


 先輩──押谷先輩は席を立ち、由比先生の横にゆっくりと歩く。はにかんだその顔を会議室にいる生徒達を見るように動かした。


「3年2組のクラス委員の押谷です。出しゃばったせいでこんなことになるとは思わなかったよ。でも選ばれたからには職務を全うするよ。三年生ボクたち後輩達きみたちに何か残せるように頑張ってみるよ。よろしく」

「押谷、ありがとう。戻ってくれ続いてだが、LANEを利用した連絡網を作る──」


 そこからは先生の作ったグループ『第1期クラス委員会』に加入していき、グループに全員が揃ったのを確認して今回の招集は解散となった。

 終了直後は人の出入りが激しいので白守さんの事情を考慮して少し待つことにした。すると押谷先輩がこちらに歩いてきた。


「やぁ、えっと1年生の寺川君と白守さんだよね? よろしくね」

「どうも」

「会長さん、これからよろしくお願いしますね」


 軽く会釈で返すと先輩は携帯をいじり出し、俺のアイコン画像を画面に出す。

 さっきまでとは違い、穏やかそうなはにかみが少し意地悪っぽいものに変わった。


「寺川君のアイコン、っと」


 話しながら操作をして次は白守さんのアイコン画像を画面に出した。

 それがどうしたのか、と思い首を傾げる。


「これ、元は2人で並んでる画像だろう? ほら、お互いのアイコンの端にお互いの髪の毛が少しだけ映ってるよ」


 そりゃそうだろう。昼に2人で並んで撮ったものなんだから。


「こういうの『匂わせ』っていうんだよね? 1年生なのにお熱いね」

「いや、何言ってるんですか? そんなおかしなことなんですか?」


 からかわれる理由が分からない。ってか『お熱い』って、カップルに対する──

 ハッとなった表情をするとニヤニヤした顔のまま押谷先輩は白守さんを顎で指す。誘導されるがままに顔を真っ赤にしてうつむく白守さん。

 それを見てやっと事の重大さに気付く。俺も白守さんと同じように顔を真っ赤にして言葉を失った。

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