第13話 迷惑の理由

 由比先生の一言に全員がその視線を固定した。

 特典と期待し過ぎるとろくな目に遭わない。どうせ大人の事情がたっぷり入った子供だましだろう。


「まずは内心点だ。地域に貢献したとなれば印象はいいだろう」


 それはどうだろうか。生徒会であれば知名度的に問題はないだろうがたかがクラス委員程度で好印象が得られるか怪しい。

 期待は薄いと人知れずに息を吐いていると先程の先輩が手を挙げる。由比先生が発言を許可すると先輩は立ち上がった。


「内心点というのは聞こえはいいかもしれません。ですが生徒会役員だった実績と比べると印象が薄いような気がするのですがそこのところはどうでしょうか?」

「確かに生徒会役員という実績よりは力がないだろう。しかし無いよりはマシだ」

「でもそれでは生徒会役員との差が出てしまいます。それを『特典』と売り出すのはいかがなものかと」


 涼しい声で威圧感のある先生と言い合う先輩。俺が考えていた以上の意見に思わず感心してしまう。

 いや、後輩の俺が『感心する』ってのはおかしいか。


「落ち着け、他にもある。年度初め頃と年度終わり頃にそれぞれにささやかながら懇親会、慰労会を兼ねたレクリエーションをする。いい思い出作りになるだろう」

「内容は?」

「今のところバーベキューを予定している」


 これには会議室のところどころから『おおー』と言う声が聞こえてくる。俺の思わず魅力的に思ってしまったが、これも裏がありそうで怖い。


「予算はどこから出るのですか?」

「き、希望者から2~3000円ずつ集金するつもりだ」


 判定ひっくり返りました。所々から嫌そうな声が聞こえてまいりました。

 その様子に由比先生が疑問符を浮かべる。


「これでも安くしたはずだ。何が不安なんだ?」

「先生にとってははした金かもしれません。でもボク達学生にとっては大きい額です。そのくらいなら隣町のラーメン屋でラーメン4杯~6杯食べられます。そこら辺のファミレスなら2~3回は行けます。それをたった1回で消費するとなると参加するのを躊躇ってしまいますよ」

「こちらの配慮不足、か。しかし理解して欲しい。何も実績をあげないと学校から予算も何も降りない。だからこそ未来こんごのために投資して欲しい」


 そう言って先生が深く頭を下げる。どうやら事情があるのかかなり真剣な様子だ。

 先輩の方は少し考えるような仕草をする。


「なら中身がスカスカな『特典』なんかよりも事情を説明するべきではないでしょうか? 少なくともここにいるのはどうであれ各クラスの代表です。いくらか聞き分けはいいかと思いますよ」

「そうだな。すまない」


 諭すように先輩はそう言って席に座る。

 恐らく隠し通そうとしていたのか由比先生はじっくりと考え始めた。それに耐えかねたのか一部の生徒は雑談をする。

 しかし、先生はそれに構うことなく考えていた。しっかり説明することで誠意を示そうとしているのだろう。

 数分待つと先生が真剣な様子で全体を見回す。


「申し訳ない。今から説明するから聞いてほしい。質問は後で聞く」


 先輩がああ言ってしまった以上、こちらはちゃんと聞かなくちゃいけないわけだ。

 計ったなと一瞬、先輩を見ると先輩はこちらに手をひらひらと軽く振る。

 小さく息を吐いて先生の目を見て真剣に聞く姿勢を取った。


「実は毎年、柏藤うちの生徒が減っている。分かりやすい比較を出すと3年生が学年で198人いるのに対して今年の1年生は学年で179人」


 ここ数年問題になっているお国の問題も相まっているのだろうが、生徒の現象の本質はそこではなさそうだ。


「なにしろ柏藤うちにはこれといって特色がない。どこかの部活が特別強い訳でもなく、立地はまぁまぁ、制服のデザインはセーラー服と学ランから変更がない。うちには何もない。何もないんだ」


 世間には『特徴がない』ことが特徴だ、という言葉があるようだがそんな言葉は気休めにならないほどに深刻ということか。


「そこで我が校だけの特色を出そう、ということでボランティアで地域に貢献して柏藤高校に通わせたいと思ってもらおうというわけだ。どう考えても大人こちらの事情だ。本当に申し訳ない。もちろん、部活や生徒個人の事情には寄り添うつもりだ。だから出来るだけ協力してほしい」


 改めて先生が頭を下げる。俺達は黙ることしかできない。空気的に何も言えないというのが大きいのかもしれないが。

 生徒の減少はいうなれば遠からぬ未来に廃校になる可能性がある。ここで下手に反対すれば廃校への道をまっすぐ進んでしまう。

 母校が無くなるなんて寂しい。

 ──いや、なんで俺はそんなことを思っているんだ?

 そもそも中学時代の連中が入りたがらなかったから選んだ学校だ。将来的に無くなったって問題ないはず。

 そのはずなのに──

 ふと白守さんを横目で見てしまう。白守さんは先生の顔を真剣に見つめていた。そうだ、最初は白守さんがきっかけだ。白守さんと出会ったから俺の計画は破綻した。

 最初は訳が分からず鬱陶しかったのに、そんでかなり昔に出会ってることが分かって、色々思い出して──


「先生。俺からいいですか?」

「ああ、1年2組生徒か。なんだ?」

「彼女──白守さんは過去に色々あって俺以外の男子に触れられません。それも配慮してくれますか?」

「寺川君?」


 本当に俺は何を言ってるんだ? と不思議に感じる。白守さんも思わず声が出てしまった、と言った感じだが心なしかその声は嬉しそうだった。


「その事情についてはそっち担任から聞いてるからもとよりそのつもりだ。安心してほしい。だが、ワタシも付きっきりというわけにもいかない。だから基本的に任せてもいいか?」

「はい。それなら俺は問題ないです」


 まただ。俺は──なんでこんなにもやる気なんだ? クラス委員会ではない。白守さん絡みのことだ。

 よく漫画とかにある『身体が勝手に動いた』というのはこういうことなのかもしれない。

 不思議に思いながらも着席して考え込む。

 するとまた隣の先輩が手を挙げて発言の許可を得る。


「こうやって1年生もやる気も出してくれたんだからさ、他のみんなもやってみないかい? どちらかというと大変なことばかりかもしれないけどさ、この先の後輩たちに何か残してみたくはないかい?」


 会議室中を見回しながら先輩は言う。先輩こいつ、俺をだしにしたな。

 軽く睨んでいると先輩は俺を目を合わせてにっこりと笑った。

 しばらくの沈黙の後、誰かが拍手をする。それが呼び水となって会議室中を包み込んだ。


「ありがとう。本当に感謝する。概要を説明に入ってもいいか?」

『はい』


 一部は返事をした。あとは首肯したり、拍手で返したりとそれぞれだ。


「このクラス委員会だが生徒会直下の組織になることになった。歴史的に生徒会がやってたことを手伝うわけだから生徒会かれらの指示や知識が約立つだろう。人手が足りなかったら一般生徒からも人員を確保するつもりだから部活動や習い事、バイトをしている委員メンバーも気にしなくていい。ボランティアの出欠の確認だが基本的にメッセージアプリを活用しようと思う。みんな入れてるよな?」


 まばらに返事の声が聞こえる。おおよそここにいる全員がそのメッセージアプリを入れているらしい。

 ──俺を除いて。

 だって、誰とも繋がらないって決めたからそういうの入れて無くてだな……。それを今言うと俺が空気読めないやつみたいになってしまうの確実なわけで。


「寺川君、LANE入れてないの?」


 俺の様子から察したのか白守さんが小さな声で俺にそう聞いてくる。LANEレーンは件のメッセージアプリのことだ。

 偉そうに質問した手前、なかなか返答しずらい。


「教えてあげるから、ね?」

「……すまん。頼む」


 声を潜めながらそう答えると白守さんはパッと笑顔を浮かべた。

 その様子を見てたのかどうかわからないが由比先生は満足そうに頷く。


「じゃあ、次はクラス委員会会長を決めたいのだが──もう時間がない。明日もう1度召集をかけるから来て欲しい。その時に色々決めるとしよう」


 全員の返事をもって最初のクラス委員会の招集はお開きとなった。

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