第10話 招かれざる出会い
入院生活3ヵ月が過ぎた頃。
骨折が治った私はリハビリを兼ねて病院の庭で散歩をしていた。
私が男性恐怖症になった関係で庭は人払いがされている。
怪我の方は順調だったが、男性恐怖症の方は芳しくなかった。
話すことは少し出来るようになったが触れられるだけで手が出てしまうのが致命的だった。
このままだと普段生活に支障が出てしまうとのことだ。
少し疲れたので近くにあったベンチに腰を下ろす。
手や足の動きを確認していると看護婦さんの声が聞こえる。
「ちょっと、君! 入っちゃダメだよ!」
誰かが入ってきたようだ。看護婦さんの慌てようから男性──男の子のようだ。
警戒のため、精神を集中させる。
そこそこ入り組んでいるのに男の子はコチラに向かっていた。
このままなら私の前を走り抜ける程度で済むだろうと放っておくことにした。
予測通り、男の子は走って私の前を通り過ぎ──
「ここ立ち入り禁止なんだってよ、君も逃げないと捕まるよ!」
ずに立ち止まり私の手を取る。
視界が明滅しながらその男の子を殴り飛ばしてしまう。
──これが私と君、寺川君の最初の出会い。
***
「ごめん!」
頭を下げて全力で謝る。
しばらく後、男の子──寺川君は右腕に包帯を巻かれた状態で再び現れた。先程、私が殴った際に落ちていた石で右腕を切ってしまったそうだ。
「うん。ボクもその、ごめん」
治療してるときに事情を聞いたのか少し
納得していない感じがひしひしと伝わる。でも攻撃的な意志は感じない。
「わたし、ぶったのに、おこらないの?」
「ムカつくけど『女には手を出すな』っておとーさんに言われてるから。我慢してる」
唇を尖らせながら地面をけるような動作をする寺川君。
そんな様子になんとなく興味が出た。
「その名前は?」
「寺川。寺川きょう平」
「何年生?」
「3年生」
「なんで
「妹のお見まい」
矢継ぎ早に質問を浴びせるがちゃんと答えてくれた。
今度は寺川君の方が私に興味を持ったみたいで。
「次は君、君は何て名前なの?」
「白守。白守み雪。寺川君と同じ3年生」
「なんで入院した──は話さなくていいよ。」
やはり、少し事情を聴いていたのか深くは聞いてこなかった。
『なんとなく』という不確かなものに動かされ今度は看護師さんに声をかける。
「かんごしさん。わたし、寺川君とお話したいです」
「でも、彼は男の子だよ? さっき殴っちゃったじゃない」
「なんとなく大丈夫だと思う」
「う~ん……相談はしてみるけど……。寺川君は大丈夫なの?」
「ボク? え~っと……」
寺川君は腕を組んで考え始める。
たっぷりと考えた後、寺川君は息を吐いて顔をあげた。
「大丈夫。どうせ、おとーさんもおかーさんもマイにつきっきりでつまんなかったし」
「そうか。じゃあ、先生に──お医者さんに聞いてみるね」
「ありがとうございます」
そう言って看護師さんは寺川君を連れてその場を去ろうとする。
すかさずそれを制止した。
「待って。次はいつ来るの?」
「毎日来てるから明日」
「じゃあ、また明日ね!」
「お、おう」
大きく手を振って別れを告げる。寺川君は少し恥ずかしそうに小さく手を振って奥の方──妹さんの病室であろう所へ向かった。
***
次の日、病院の庭に寺川君がやってきた。
流石に昨日のこともあってか2人きりは難しかったようだ。
昨日よりは近い距離で向かい合っていた。
「こんにちは! 本当に来てくれたんだね」
「うん。やくそく、したからな。『やくそくは守るものだ』ってフレイムダンサーも言ってた」
「ふれいむだんさー?」
聞きなれない単語に首をかしげてしまう。でもクラスの男子がそんな単語を出してたなという記憶はある。
少し考えるとその単語が意味するものを理解した。
「マホ☆キラの後にやってるやつだ! 全ぜん見たことないな」
「なんだって?! カッコイイのに!」
「だって、男の子のやつってぶったりするじゃん!」
「そっちだってするじゃないか!」
「何で知ってるの?」
「そ、それはマイが見てるから……」
私の質問に寺川君が恥ずかしそうに答える。
寺川君が
少し意地悪な質問だったかなと思い、少し気まずくなる。
「そうなんだね。じゃあ、今度見てみるね」
「本当だな! やくそくだぞ」
「うん! ゆびきりげんまん」
指切りしようと手を近づけるとそれを看護婦さんに止められる。
私と寺川君は少し不満そうな態度を取ってしまった。
「ごめんね。約束するのはいいけど、他の方法でね」
「そうだった。そうだった……」
「どうしようか?」
別に口約束でも良かったはずなのに私達は何かしらの形で約束をしたくて頭をひねる。
何か思いついた寺川君は指切りの手を空に掲げた。
「こういうのなんだっけ? エラー?」
「エアーだよ」
「ありがとう、おねえさん。じゃあ、えあーゆびきりで」
「うん」
寺川君に倣って指切りの手を掲げる。
その時、不思議と寺川君との繋がりを感じた。寺川君も同じことを思ってくれたらいいなと思いながら約束の口上を唱える。
「「ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼんのます ゆびきった」」
看護師さんは私達の様子をニコニコしながら見ていた。
***
そこからほぼ毎日、寺川君と話した。
好きなものの話から始まったおしゃべり、次は学校の話、次は嫌いな食べ物、次はおもちゃ、多くのことを話した。
近付ける距離も段々近くなっていき、もうベンチの隣に座れる程だ
寺川君を知っていくうちに私の胸にかつて抱いたものと同じような感覚がした。
同時にそれに対する恐怖心が頭を悩ませた。
また同じ悲劇が繰り返されるのではないか? 気持ちを伝えることによって
そんな悩みを胸の内に秘めながら1ヵ月経った。
「白守、さん」
「どうしたの?」
いつものように話していると急に寺川君が改まった態度になる。
胸のざわめきを隠し、顔を覗き込むように微笑んで見せた。
「明日、マイがたい院するって」
「妹さん元気になったんだね」
「うん。でも──」
「そう、だね。もうお話しできなくなるんだね」
そう口にすると寺川君は寂しそうな顔をする。多分、私も同じ顔してる。
「こんなになかよくなれたのに」
「そうだな。でも仕方ない」
「わすれないでね?」
「それは分かんね。すぐまた会えるかもしれないけど、二度と会えないかもしれないだろ?」
寂しそうな笑顔は『忘れたくなくても忘れる時は忘れる』と言いたかったんだろうな。多分、こういう意味で捉えた方がいいのかもしれない。
「でも何年か後に会えたらどうする?」
「どうするも何もう~ん……」
寺川君は考え込む。私は次に出てくる言葉を心待ちにその横顔を見つめる。
少しすると寺川君は悩んだ表情のままで口を開いた。
「また話したい、かな?」
「しつもんをしつもんでかえさないでよ」
「いきなり言われても、すぐには思いつかないって。そういう白守さんは?」
「え~。う~ん」
私も寺川君と同じように悩んでしまった。
寺川君よりも時間を使って考え込んでいると──
「美雪ちゃん、そろそろ病室に戻る時間だよ」
「ごめん。えらそうに聞いておいて答えられなかった」
「じゃあ、明日までのしゅくだいな!」
「うん!」
何も合図もせずに私と寺若君は指切りの手を出す。
そしてそのまま手は触れさせず同じリズムで一緒に揺らし、最後に勢いよく引っ込めた。
「また明日!」
「おう」
***
私と寺川君が過ごせる最後の日。
看護師さんから寺川君のご両親に話をして最後に会う時間を確保してもらったみたい。
昨晩、作った物を大切にポケットにしまって寺川君が来るのを待つ。
「ごめん。マイがワケ分からないこと言い出して少しおそくなった」
「いいの。妹さんが元気そうでよかったよ」
「うん。そんで答えは出たか?」
「それはね──」
約束の内容は覚えてないけど、多分それは叶っているような気がするんだ。
私の答えに寺川君は少し困ったような恥ずかしそうな顔をしていた、気がする。
そしていつものようにくだらない会話をしているうちに別れの時間がやってきた。
「寺川く~ん、そろそろご両親が帰るって言ってるよ~」
「もう時間か」
看護師さんが遠くから手を振ってこちらに呼びかける。
寺川君はそれに軽く手を振り返した。
「また会うやくそくしよ。それとさい後に1回ためしたいことあるんだ」
「いいけど、なに?」
全てを語らずとも出てくる手。いつもならそれに触れずに約束を交わす。
「おい──」
驚きの声をあげる寺川君を無視して小指を絡める。一瞬、私と寺川君に緊張が走るが心配するような事は起こらなかった。同時に胸にある呪縛が解かれたような気がした。
雲間から太陽の光が差し込んだような気分に気分が舞い上がる。
「やった!」
「心ぞーが出るかと思った。いきなりはやめろよな」
「ごめんごめん。それと、これ!」
ポケットから昨日作った物を寺川君に手渡す。寺川君はなるべく触れないようにそれを受け取ってくれた。
「チューリップ? これは白守さんの名前?」
「そうだよ。わすれないでね?」
受け取った寺川君はそれを不思議そうに見つめそう呟く。私が作ったのは折り紙で作ったチューリップの名札。
私と寺川君が触れ合ったのを見たのか慌てて看護師さんが駆け寄り、私達の無事を確認して胸を撫で下ろす。
「じゃあ、またね!」
「ああ、また会えたら」
1度も振り返らずに病院の外へ向かう寺川君の背中を笑顔で見送った。
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