第7話 初恋話
白守さんをなんとか保健室まで運ぶことができた。
保険の先生がすぐに空いてるベッドに案内をして白守さんを降ろす。
「まさか、2日連続でアンタ達が来るなんてね」
「その、すみません」
「いいのよ。サボってるわけじゃないんだし──ほら、これにでも座ってなさい」
「ありがとうございます」
話しながら先生が俺に丸椅子を用意してくれた。
それを白守さんの横たわるベッドの脇に置いて座る。
「最初に運ばれた時より顔色がいいわね」
「そうなんですか?」
「ええ、あの時は冷や汗で顔がぐしょぐしょで顔色も悪かったんだから」
「そうなんですね」
興味ない、といった感じを装って白守さんの様子を見る。
確かに先生が言ったような状態ではない。むしろ普段とほとんど変わりないように見える。
「ごめんなさいね。この後、会議があってね。良かったら1時間ほど見てあげて欲しいの」
「え? いや、俺、帰っちゃだめですか?」
「ダメに決まってるじゃない。保健室の鍵を開けっ放しで誰もいないのに誰があの子見るのよ」
「あー……」
確かに先生の言う通りかもしれない。
先生がいない間、事情も知らない人が来て白守さんに声をかけようとしたら──なんてこともあり得るかもしれない。
そう考えると俺が残る、べきか……。適当な女子を呼んで見てもらうなんてことは俺にはできない。
「どのくらいで戻りますか?」
「う~ん、少し面倒な内容だから1時間?」
「うっげ」
思わず顔が歪んでしまう。1時間はちょっと厳しいな……。
でも今回の事態は俺が引き起こしたといっても過言ではない。だからせめての罪滅ぼしに俺が残るべきだ。
「そんな顔しないの。あの子が起きたら帰っていいから」
「まぁ、それなら」
俺の心情を察したのか先生はバタバタと用意しながらそう言う。
そうだな、1時間以内に白守さんが目を覚ましてくれるなら問題はない。
「じゃあ、行ってくるからよろしくね」
「はい」
手帳と何かの資料を持って保健室の扉に向かう先生を見送る。
さて、白守さんが起きるまでに何しようか。
「あ、変なことはしないようにね。それ以外は自由にしていいから」
「な──し、しませんよ!」
先生の言葉に必死に返すがそれを受け流すように先生は保健室を後にする。
ったく……先生といい、クラスメイトといい、俺を獣か何かと思ってるのか。
横になってる白守さんと俺だけになり保健室は静まり返った。
とりあえず飲み物でも買うか。
白守さんも起きた時に欲しいだろうし、適当に買ってきてあげるか。
「白守さん、何飲む? なんつって──」
「私はお茶がいいかな」
「分かった買ってくる──って! 起きてるなら言ってくれ」
「寺川君と先生が真面目に話してるから、さ」
確かにそれは出づらいか、と考えつつもホッと息を吐く。この様子なら大丈夫そうだ。
「お茶だな。すぐ買ってくるから休んどけ、な」
「うん」
そう言って駆け足で保健室を出る。
胸に渦巻く罪悪感から逃げるように。
***
お茶と水を買って白守さんの元に戻る。
白守さんは上半身だけ起き上がらせて物憂げな表情でどこか遠くを見ていた。その絵画的な様相に数秒、目を奪われる。
俺が近づく音に気付いたのか小さく微笑んだ。
「おかえり」
「ただいま」
挨拶を交わして椅子に腰を掛ける。
買ってきたお茶を白守さんに渡した。
「ありがとう。貰うね」
「どういたしまして」
白守さんがどこか上の空の様子でお茶に口を付ける。そして息をついてふたを閉める。
俺も自分の水を開けて何口か飲み込んだ。
「まずはごめん。俺が逃げたから白守さんがこんな目に……」
「ううん。私も追いかけなければ寺川君も逃げなかったと思うから」
椅子から立ち上がって頭を下げて白守さんに謝る。
白守さんも頭を下げた。謝罪を謝罪で返すという少しおかしな状況になる。
「体調の方は大丈夫か?」
「うん。なんか寺川君に運んでもらったからかな? いつもより調子いいよ」
「なんだそれ」
「嘘じゃないよ!」
保健室に俺と白守さんの笑い声が響く。
「今度こうなったらまた運んでね」
「検討しておきます」
することはないだろうけど。いや、することになるか。そういうことは起きない方が嬉しいんだが。
「もう少し休んで落ち着いたら帰ろう」
一呼吸おいて提案すると珍しく白守さんが黙り込む。普段通りであれば『うん』やら何かしらのリアクションが帰ってきそうなものだが。
少し考え込むような動作をして俺の方を向く。
「寺川君はもう帰るの?」
「いんや。せっかくだから付き合う」
元はと言えば俺が逃げたせいだからな、と小さく付け足す。聞こえていたのか白守さんは少し嬉しそうにはにかむ。
白守さんが落ち着くまでとはいえ、このまま一言も会話がないのはなんか気まずい。どうにか話題を出そうと考える。
「寺川君」
「ん? どうした?」
「少し、昔話に付き合って欲しいな、って」
「別に構わないぞ」
すると白守さんが覚悟を決めたような表情になる。思わず唾を飲み込んだ。
「寺川君は初恋はいつ?」
「『恋』、ねぇ。そういうのはまだかな?」
簡単に思い出してみる物のそれっぽい記憶はない。異性に対して特別な感情を持った覚えもない。
俺が恋をしたらどんな感じになるのかな? 世間でいうところの『青春』というやつになるのだろうか。
「私はね、はっきりと覚えてる。幼稚園の頃」
「そんな前なんだ」
その頃は男女関係なく園庭を駆けまわってた記憶しかない。今思うとアリを口に入れたりしてたっけか。懐かしい。
ってか
「うん。今でもはっきり覚えてる」
内心で俺が自分自信にツッコんでいるとは知らず白守さんはしみじみとそう言って昔の記憶を語り始める。
それに俺は自然と聞き入った──
***
「やーいやーい。なきむししらもりぃ~!」
「なきむしなきむしぃ~」
「やめてよ~! うぅ~、うわぁ~ん!」
男の子3人に芋虫を近付けられたりしたり、驚かされたりして私は泣き出した。
昔はて反応が面白いかったのか、よく男の子にからかわれていた。幼稚園の先生に言えば収まるが3日も経てばいつものように意地悪される。そんな日々。
「ほらぁ! きもい むしこうげきぃ~!」
「いやだぁ! こわいからやめて!」
「やめねーよ! へへへ──ぐわ!」
木の枝で挟んだ種類も分からない虫を私の目の前に近づけようとした男の子が誰かに殴られて転ぶ。
誰が助けてくれたのかと見てみると1人の男の子が立っていた。
「おめぇー! じゃま すんじゃないぞ」
「このかっこつけやろう!」
残った男の子達は怒りをあらわにしてかばってくれた男の子に殴りかかる。
決着は一瞬だった。私をかばった男の子は不思議な動きで男の子たちの攻撃をかわす。
そして2人の男の子の頭に拳を叩きこんだ。
「くそ! せんせいに いいつけてやる~!」
「おぼえてやがれ!」
「くたばれ かっこつけやろう」
捨て台詞を吐いて園舎に向かって逃げる男の子達。それをかばってくれた男の子は涼しい顔で見逃す。
「だいじょうぶか?」
「う、うん。ありがとう」
「そうか、じゃあな」
そう言って私を背にして男の子は去る。ドキドキする胸を抑えながらそれを見送る。
これが私と──
初恋の相手、
同学年なので名前は知ってた。誰かと一緒に遊ぶことはなく、園庭のどこかでいつも何かしていた。
息を吸って吐いてたり、
当時は何やってるか分からなかったけど今思うとずっと彼は鍛錬をしていたのだ。
──何かに追われるように。
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